第77話
「あ、起きた起きた」
俺が目を覚ますと、目の前にはウロボロスの顔があった。
視線を動かせば、左右には心配そうな表情を浮かべたアウラとイニャスも居た。
何か……凄い幸せな夢を見ていた気がする。
しかし、それが何なのかがまるで思い出せない……。
「あれ……俺は、
基本、寝る必要のない俺は自分の意思でそれに近い状態には出来るが、自分の意思とは関係なく寝落ちしてしまうという事は有り得ない。
「うん、気持ちよさそうにぐっすり寝てたよー。だから、多分……影響を受けちゃったんだろうねぇ」
俺の問いに対し、ウロボロスはそう答える。
周りを見渡すと、どうやら森の中のようだった。
俺は頭の中を整理し、どうしてこんな状況になったかを思い出す。
そう、あれは確か……偽ウロボロス――シグマリオンを村に引き渡した時の事だった。
◆
「イニャスを預かる……? それはまた、どういう事だ?」
急にそんな事を言いだすディオンに、俺は尋ねる。
「どこから話したものか……そうだな、イニャスの種族は知っているだろう?」
「ああ、まぁな」
今はフルプレートの鎧を着ているので分からないが、イニャスはエルフである。
とある事件をきっかけに正体を知ったのだ。
エルフはその美しい見た目から、今でもエルフ狩りの被害に遭っている為、余程自分の腕に自信が無い限り正体を明かしたがらない。
「それで、君にね。頼みたい事があるんだ」
「……内容によるな」
「彼女の種族は少々特殊なんだが……君は不思議に思わなかったかい? どうして、彼女が冒険者として我々のパーティに入っているのか」
「……ああ、そういえば」
ディオンに言われ、俺はそこで初めて気づく。
さっきも言った通り、イニャスの種族はエルフだ。
エルフは基本的に、深い森の中に集落を築き一生を過ごすと言われている。
もちろん、外に出てくるエルフも居るが基本的に冒険者になるなんて言うのは居ない。
例外で、外に憧れて……っていうのもあるらしいが少なくとも、イニャスの性格上冒険者になりたがるとは思えない。
「実は、彼女の住んでいた場所でとある問題が起きてね。彼女は出かけていたため難を逃れたらしいのだが……それ以外の住人が全て眠ってしまったらしいんだ」
「眠った……?」
俺の言葉にディオンとイニャスがコクリと頷く。
「え、えと……ほ、本当に急に皆が眠っちゃって……何をしても起きなかったんですぅ……。そ、それで……私もかなり眠くなってきちゃって……慌ててそ、その場から離れたんです……」
「それで、一人じゃどうにもできないから原因を探ろうとした彼女は、外に知識を求めに行ったんだ。そこから紆余曲折あって……ボク達と出会い、一緒に探してるって訳さ」
なるほど。そういう経緯で仲間になったのか。
「まあ、事情は分かったが……それが何で俺達が預かるという事になるんだ?」
「恥ずかしい話なのですが、我々ではそのイニャスの言う事象が何かを突き止められなかったんです。事情が事情だけに、ギルドに助けを求めるわけにもいきませんし」
ジルが眼鏡をクイッと上げながらバツが悪そうにそう言う。
……まあ、エルフの住む森っていうのはエルフ本人しか知らない情報だからな。
皆が皆そうだとは言わないが、悪だくみをする奴はいるし迂闊に頼れなかったんだろう。
「それで、君達なら原因が分かるんじゃないかと思ってね。ほら、彼女は……アレだろう? そういうのも詳しいんじゃないかと」
ディオンがチラリとウロボロスを見ながらそう言う。
ああ、確かにウロボロスなら叡智って呼ばれてるぐらいだし知ってそうだわな。
「命の恩人である君に頼める義理じゃないのは分かっているが……我々ではいつ解決できるか分からない。しかも、しばらくこの村から離れるわけには行かないから君達に頼みたいんだ」
「ふーむ……」
ディオンの言う通り、俺には彼女達の願いを聞き入れる義理は無い。
しかも、こちらには既に大きな貸しがあるわけだしな。
だが……。
「ねえ、ムクロちゃん。彼女の事、助けてあげましょうよぉ」
「そうだよ、ムクロ兄様! 可哀そうだよ!」
と、うちのお人好しコンビがそんな話を聞いて放っておけるはずもあるまい。
それに、周りには他の村人も居る。ここで断れば、俺はただの嫌な奴である。
……まあ、エルフに恩も売れると考えれば俺に損は無いか。
「分かった。そういう事なら引き受けよう」
「ありがとう、君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
「あ、ありがとう……ございますぅ……」
俺が頷くと、ディオン達は嬉しそうな表情を浮かべる。
……甘いねぇ、俺も。
◆
――とまぁ、こんな感じの事があったな。
それで、イニャスの住んでいたという森までやってきていざ村に近づこうとしたら俺が急に寝落ちしたため、急いで安全圏まで引き返したとの事だ。
「――で、何か分かったのか? ウロボロス」
「そうねぇ……村に近づいた時、確かに私も強烈な眠気に襲われたわね」
「わ、私も……です」
「私もだよ」
なるほど、全員か。
それで、俺だけ先に寝落ちたのは単純に誤差だろうか。
「これは、あくまで私の考えなんだけど……あれは『呪い』かしらねぇ。しかも、割と強力な奴」
だろうな。
そもそも、エルフは種族の特性上、呪いとか魔法に対する抵抗力が人間よりも高い。
それを集落一つ分落としてしまうと考えると、相当の物である。
しかも、俺やウロボロスどころか実体を持たないアウラにまで影響を及ぼすというのはかなりやばい。
これは、ディオン達が解決法を見つけたとしても解決できるかどうかは難しい所だったな。
「イニャスは、これに心当たりはないのか?」
俺が尋ねると、イニャスはフルフルと首を横に振る。
ちなみに、今は周りに人の目が無いので兜を脱いで顔を晒している。
何回見ても可愛らしい顔立ちだ。
「ほ、本当に急に……なんですぅ。た、頼れる人も居なくて心細くて……それで、こ、怖かったけど森の外に助けを求めに……」
当時の事を思い出したのだろう。
イニャスは、泣きそうな顔になってしまう。
「……安心しろ。俺達が何とかしてやるから」
俺としても、美少女の困った顔など見たくないので安心させるために、彼女の頭にポンと軽く手を置く。
「あ……」
「あ、すまん。嫌だったか?」
ほぼ無意識の行動だっため、短く声をあげた彼女に対し手を離しながら慌てて尋ねる。
「……大、丈夫ですぅ」
しかし、イニャスは怒るどころか首を横に振る。
……良かった。セクハラで訴えられたら俺は勝てないからな。
迂闊な行動は控えないと。
「…………で、何でウロボロスとアウラはこっちに頭を向けてるんだ?」
「私も撫でて欲しいかなーって」
「私もムクロ兄様に撫でて欲しいなーって」
アウラはともかくウロボロスは年齢を考えなさい。
◆
「よし、そんじゃ気を取り直してもっかい向かうぞ」
「何か対策とかあるの? ムクロちゃん」
一先ず落ち着いた後、俺がそう言うとウロボロスが尋ねてくる。
対策、というのは眠ってしまう呪いに対してだろう。
「対策って言ってもなぁ。そもそも、眠っちゃう呪いってくらいしか分かって無いしなぁ」
なにぶん、情報が少なすぎるのだ。
俺の魔法でも相手を昏睡状態にする『
集落一つ分で、長期間となると流石に魔法としては存在しない。
しかも魔法抵抗力が高い種族に対してとなると、大がかりな儀式を行ってようやく可能となるレベルだ。
「ウロボロスはなんか無いのか? 結界とか」
「一応、出来なくもないと思うよぉ? ただ、モノがモノだけにあんまり長続きしないから、短時間で原因を究明、解決する必要があるのぉ」
結界張れるのかよ。
ダメ元で言ったのに、流石はウロえもん。
「それと、結界さえ貼れば大丈夫だとは思うけど……ムクロちゃんは特に注意した方が良いかもしれないわよ~? なにせ、真っ先に眠っちゃうくらいだものぉ」
「いや、さっきは不意打ちだったから俺も寝ちゃったけど、今度はどういうのか分かってるから大丈夫な……はず」
それに、ディオン達に任せろと言った手前、何の役にも立てませんでしたじゃ恥ずかしすぎる。
「……まあ、それなら良いけどぉ。それじゃ、リベンジと行きましょうかぁ」
ウロボロスの言葉に全員が頷くと、俺達はもう一度イニャスの村へと向かうのだった。
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