第73話

「さて……まずは、誰から私の犠牲になるのかね?」


 偽ウロボロス……は、ちょっと長いな。豚で良いや。

 豚は、俺達を嘲るように見ながらそう言い放つ。


「ボクが相手になろう」


 と、そこへディオンが一歩前に出る。


「ディオン」


「すまない……勝手だとは分かってるが、ここはボクに任せてくれないだろうか」


 俺が声を掛けると、ディオンは真剣な表情を浮かべながらそう言う。


「こいつは……ボクが倒したいんだ。勿論、君達に掛かればすぐに倒せてしまう事も分かっている……」


 ふむ。

 ディオンが何を考えてそんな事を言い出しかは分からないが、俺やウロボロスに掛かれば瞬殺できるのは確実だ。

 なので、このままディオンに任せて失敗したとしても、こちらに痛手は無い。

 最悪ディオンが死んだとしても、蘇生できるしな。


「ウロ……ラミア、どうする?」


「そうねぇ、私としてはディオンちゃんが凄く真剣な顔してるし任せても良いと思うわよぉ」


 ウロボロスも特に異論はないようで、そんな事を言う。


「――という訳だ。あいつは、ディオンに任せるよ」


「恩に着る」


「話はついたかな?」


 俺達の話がまとまった頃、豚が余裕たっぷりの表情でそう言う。


「ああ、お前はボクが倒すと決まったよ」


「クックック、愚かだねぇ。身の程を知らないというのは、罪だ」


 豚は、大仰な動きで天を仰ぐとディオンに対し憐みの目を向ける。

 

「ぬかせ! 七罪を騙る愚かな奴に言われたくない!」


「ほお? この私が偽者だと? ならば、身を持って知るがいい……偽者か否かを!」


「言われなくても!」


 いや、偽者だけどな?

 本物が俺の隣に居るし……と凄くツッコみたかったが、なんかすごく盛り上がって居て水を差すのも憚られたので、空気の読める俺は黙ってる事にした。


「ねぇ、ムクロちゃん……これって」


「ツッコむのは野暮だから黙ってよう」


「そうだね……」


 ウロボロスも同じ気持ちだったのか、何とも微妙な表情を浮かべたまま頷く。


「喰らうがいい、聖銀の矢セイント・アロー!」


 先に攻撃を仕掛けたのはディオンだった。

 魔法を発動させた事により、空中に数本の光の矢が現れ豚に向かって飛んでいく。


「……」


 しかし、豚は特に慌てた様子はなく自分に襲い掛かる光の矢を見つめてたかと思うとガパリと大きく口を開く。


「な……」


 その光景にディオンだけでなく、俺やウロボロスも思わず驚いてしまう。

 豚は、あろうことかディオンの放った魔法を食べた・・・のだ。

 まるで料理でも味わうかのように口を動かし、ゴクリと飲みこむ。


「ふむ……中々洗練された味だね。ただ、惜しむらくは綺麗すぎる味なのが勿体ない」


「馬鹿な……魔法を食べるなんて、聞いたことが無い!」


「知らなければ否定する……人間の悪い癖だな。だが、これは事実だ。ちなみに……私は魔法だけでなく、あらゆるものを食べることが出来るのだ。それが私の特性……『悪食』だ」


 特性。それは、とある条件を満たすことで使えるようになる固有能力だ。

 その能力とは……魔人となる事。

 つまり、目の前の豚はあんな見た目で魔人だという事になる。

 なるほど、悪食という特性に加えて魔人となれば、暴食を名乗っても疑われにくいだろう。

 ただ、気になる事はある。

 俺やウロボロス、師匠も魔人なので、魔人自体はそう珍しい事じゃない。

 だが、この豚は最近になって出没するようになった。

 という事は、それまでは魔人じゃなかった可能性もある。

 

「おい、豚。少し聞きたい事がある」


「ぶ……!? ま、まあいいだろう。私はオークだからね。それで、何だね?」


 豚は、青筋を浮かべながらも紳士的な態度で俺の質問に応じる。

 これも強者故の余裕って奴か。


「お前に力を与えたのは誰だ?」


 俺の質問に対し、豚はピクリと反応する。


「……何のことか分からないな。これは、私の生まれ持っての力だ」


 豚は訳が分からないという風に首を横に振り、そう言う。

 だが、特に心理学とかに詳しくない俺でもそれは嘘だと分かった。

 こいつは、明らかに何かを隠している。


「ムクロ君、どういうことだい?」


「こいつの力は、元々他人から貰った可能性があるって事さ。そう……例えば、九本の狐の尻尾を持つ男とかな?」


「何故それを……!?」


 俺の言葉に、豚は驚愕の表情を浮かべながらそう口を滑らせるが奴はすぐに自分の口を慌てて塞ぐ。

 ……ビンゴ。

 まさか、こんな所であいつの痕跡を見つけられたのは僥倖だった。


「ムクロちゃん、それって……」


「ああ。多分、あの豚はタマモから力を貰っている。つまり、仮初の魔人ってわけだ。前にも似たような奴を相手にしててな」


 要は、俺やウロボロスが天然物の魔人なら目の前の豚は養殖……人工物の魔人だ。

 他人から力を与えられておいて魔人を名乗るとか、分不相応にもほどがある。


「だ、黙れ黙れ! これは、正真正銘、私の力だ!」


 豚はいきり立つと、こちらへと突進してくる。


「お前の相手はこのボクだ! 光刃翼!」


 突進してくる豚の前にディオンが立ちはだかると、光り輝く無数の羽が豚に向かって降り注ぐ。


「ええい、鬱陶しい!」


 しかし、その降り注ぐ羽達もまるで何かに吸い寄せられるように豚の口の中に入っていってしまう。


「ムクロ君達を倒したければ、まずはボクを倒すんだね」


「人間の……癖に……!」


 先程の図星が効いたのか、余裕たっぷりだった態度は消え失せ青筋が浮かび上がりまくっていた。


「ムクロ君……後で、詳しい話を聞かせてもらえるかい?」


「ああ、これが片付いたらな」


 俺の答えを聞いて、ディオンは満足そうに頷く。


「なら、ますます彼を倒さないとな」


「はっ! 貴様の魔法は全て俺によって無効化されるのに、どう戦おうというのだ? 言っておくが、その剣すらも俺は食えるのだぞ?」


 ついに素が出て、一人称が私から俺に変わった豚はそう言い放つ。

 確かに、豚の言った事が本当ならディオンの攻撃は通じない。

 が、方法はあるにはある。

 それは、奴が食べる速度を上回ればいいのだ。

 問題はそれをディオンが出来るかどうかだが……。


「そこの取り巻き二人。君達も一緒にかかってくるがいい」


 俺が考えていると、ディオンはそんな事を言いだす。


「何……?」


「全員で掛かってきていいと言っているんだ。それとも……全員で挑んで負けるのは怖いのかい?」


 ディオンらしくない挑発だが、豚には効果覿面だったようだ。


「くく……はははは! 良いだろう、貴様のその兆発……受けてやろう! そして、後悔するがいい!」


 豚は、見た目に反して俊敏な動きで動き出すと手下も同時にディオンに襲い掛かる。

 対してディオンは、慌てた様子はなく剣を正眼に構え呼吸を整える。


「神速……聖刃!」


 瞬間、ディオンの姿が掻き消える。


「あ?」


 キンと金属音がしたかと思えば、豚共の上半身と下半身が別れを告げていた。

 そして、重力に従ってズシャリと嫌な音を立てて地面に転がる。

 ディオンは、豚共を一瞥すると剣を優雅に鞘に納める。


「君は、ボクを侮った。それが敗因さ」


 ディオンは一言そう言い放つと、ぐらりと倒れるのだった。

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