第72話

「ラミア、奴らの位置は?」


「うーんとねー、私達に気づいた様子は無いみたい。熱源は、そのまま普通に南に進んでるよぉ」


 馬車で偽ウロボロスの部下の尾行中、ウロボロスに尋ねると彼女はそう答える。

 ちなみに、人目が無いので俺は人間形態を解除している。

 ここ最近、ずっと人間形態だったからマジで疲れた。


「信じられん……本当にこの距離で分かるんだな……」


 ウロボロスの返事に、ディオンは首を横に振りながら言う。

 まあ、普通は信じられないわな。

 文字通り有効範囲が桁違いなんだから。

 ちなみに、ウロボロスが熱源と言ったのには理由がある。

 蛇には、口付近にピット器官と呼ばれるものがある。

 地球でも、サーモグラフという技術に利用されているもので対象の温度が分かるのだ。

 ウロボロスの探知魔法は、人間と違ってこのピット器官で熱源を捕捉するというものなのだ。

 だが、普通の蛇なら口元の辺りだがウロボロスは上半身は人間である。

 少なくとも彼女の口元辺りにはそれっぽいものはない。

 ピット器官がどこにあるかを聞いたら「やだもー、ムクロちゃんったらそれはセクハラだよー?」と言われてしまったのだ。

 是非とも、ピット器官がどこにあるか教えてほしい物である。

 いや、エロい意味でなくてこう学術的な意味でね? 他意はないよ、うん。


「ムクロちゃん、またなんかいやらしい事考えてる?」


「か、考えてないよ!?」


 考え事をしていると、突然ウロボロスに話しかけられたため思わず声が裏返ってしまう。

 ていうか、“また”ってなんだよ。それじゃまるで、俺が四六時中エロい事考えているみたいじゃんか。失敬な。

 そんな考えてないよ。


「ムクロ君……エッチなのはいけないと思うよ……」


 ディオンからも冷めた視線で見られながら言われてしまった。

 くそう、清純派どもめ!

 だが、レムレスが居なかったのは不幸中の幸いである。

 もしあいつが居れば、ゴミ虫を見るような目で蔑まれていた事だろう。

 レムレスの吐く毒によって俺の心は粉々に砕け散ってしまっていたに違いない。

 それを見越した俺の神采配は流石だと言わざるを得なかった。



「……マスターが、またスケベな事を考えている気がします」


「は? どうした急に」


 私がポツリと呟くとカーミラさんが怪訝な表情を浮かべます。


「あ、いえ……なんだかそういう電波を受信しまして……」


「あー、そっかお姉ちゃんとお兄ちゃんはラブラブだもんね。だから、愛の力で分かったんだよ」


 私の言葉に対し、アグナさんがそんな事を言います。


「アグナさん……もっと言ってください」


 主にラブラブという部分を強調して。


「はっはっは、君達は相変わらず愉快だねぇ。ていうか、レムレス君はそうだったのか……。彼に対してあまりにもつっけんどんだから嫌いなんだと思ってたよ」


 私達が会話をしていると、インフォさんが笑いながら入ってきます。


「お姉ちゃんはね、ツンデレなんだよ。お兄ちゃんの前では冷たくしてるけど、すっごい愛してるんだって」


「なるほどねぇ……まあ、確かに彼には不思議な魅力があるからね」


「……あげませんよ?」


「はっはっは、そんな心配しなくても取らないよ」


 どうでしょうか。マスターは美人が好きですからね。

 インフォさんにその気は無くても、マスターから……という事もありえます。

 あと、アグナさん。私はツンデレじゃなくてクーデレですのでお間違えなく。


「やはり、私もついて行くべきでしたかね」


 流石にアウラさんには手を出さないと思いますが、ウロボロスは立派な大人です。

 そういう関係になっても不思議ではありません。

 そんな考えが頭をよぎると、途端に不安になってきます。

 私をこんな不安にさせるなんてマスターの癖に生意気です。戻ったら極刑に処すべきでしょう。

 ……そうですね、膝枕の刑あたりで許してあげましょうか。

 とにもかくにも……まずは、マスターからの命令をこなしてから……ですね。



「う……っ」


「ムクロちゃん、この先だよ……ってどうかしたの?」


「あ、いや……ちょっと悪寒が走ってね」


 俺の様子を見て、ウロボロスが不思議そうな顔をしながらこちらを見てくる。

 

「何か……この先で嫌な気配でも感じ取ったのかい?」


 対してクソ真面目なディオンは、辺りを警戒しながらそんな事を聞いてくる。


「いや……そういうのとは違うんだ。なんというか、上手く説明できないんだけど俺だけに何かトラブルが起きそうな予感がしてさ」


 俺の言葉に二人は不思議そうにする。

 まあ、俺だって何を言ってるか分からんしな。

 これ以上混乱させるわけにもいかないので、二人にはただの戯言だから気にしないようにと言っておく。


「さて、そんな事よりも問題はこっちだよ」


 俺は、目の前の洞窟を眺める。

 ウロボロスによると、奴らはこの洞窟の中へと入っていったらしい。

 そこから移動する気配が無いので、おそらくはここが偽ウロボロスの拠点だろう。


「ラミア、中に奴らの他に誰か居るか?」


「うん、一際大きいのが居るかなぁ。……ちょーっと強いかもね」


 まあ、七罪を名乗るくらいなのだからそれなりに強くないとやってけないわな。


「それは……ボクでも勝てる強さ、なのだろうか?」


「えーと……」


 ウロボロスはどう答えたものか迷うようにこちらをチラリと見る。


「大丈夫だ、言ってくれて構わない」


「うーんとね、多分勝てると思うわよぉ。でも……ギリギリって所かなぁ……」


「そう……か」


 ウロボロスの言葉に、ディオンは少し悲しそうな顔をする。


「あの……」


「いや、大丈夫だ。ボクは一等級の中でも弱い部類だというのは重々承知している。逆に考えれば、まだまだ強くなる余地があるということだ。何事もポジティブ思考だよ、うん」


 ウロボロスが何かフォローを入れようとすると、ディオンは明るくそう言い放つ。

 だが、俺から見ても無理をしているというのは明白だった。

 以前出会った時に話を聞いたら、今まで負けなしで異例の速さで一等級まで登りつめたという。

 だが、占星十二宮アストロロジカル・サインや俺達に出会い……色々ぶっ壊されたらしい。

 まあ、ディオンはまだ若いし伸びしろがある。

 今は弱くてもいつかは強くなれるさ。


 なんとも微妙な空気を纏いながら、俺達は洞窟の中へと入っていく。

 洞窟の中は入り組んでいて複雑だったが、ウロボロスの魔法のお蔭で迷うことなくスイスイ進めていける。

 そして、最奥らしき場所にやってくると木製のお粗末な扉が立て掛けられていた。

 ウロボロスは少しと言っていたが、割と強い魔力を感じる。

 ……ディオンがギリギリ勝てないくらいには。


「ディオン、大丈夫か?」


 ディオンも魔力を感じているのか、少し青ざめていたので俺は尋ねる。


「あ、ああ……ボクは大丈夫だ。行こう」


 ディオンは気丈にふるまいながらもドアノブに手を掛けると、そのまま開いて中へと入っていく。


「……誰だ?」


 中に入れば、重々しい男の声が聞こえてくる。


「お前がウロボロスか?」


 俺の問いに対し、クックックとおかしそうに男は笑う。


「いかにも、私が七罪の王セブンス・ロードの一人、暴食の王ロード・オブ・グラトニーのウロボロスだ」


 やはり、こいつが偽ウロボロスだったか。

 しかし……こいつがウロボロス、ねぇ。どう見てもそんな外見では無い。

 隣に居る本物のウロボロスも固まってるし。


「貴様らは私を狩りに来たのか? くくく、おそらくは金か名誉か……」


「そんな低俗な物ではない! 貴様は、人々に危害を加えている! 討伐する理由はそれで充分だ!」


 正義の塊であるディオンは、偽ウロボロスに剣を向けそう叫ぶ。


「クハハハハ! 私を討伐? 七罪の一人であるこの私を? 人間の分際で面白い事を吠えるな。……良かろう、このウロボロスお相手をしてやろうじゃないか」


「ウロボロス様、ここは我らが……」


「よい、奴らには身の程を思い知らせる必要があるからな」


 前に出ようとする部下を制し、偽ウロボロスがのっそりと立ち上がる。

 体長は三メートル程、でっぷりと太り脂肪の鎧を身にまとった醜いオークがこちらをジロリと見下ろす。


「人間にスケルトンにナーガか……なんとも異様な組み合わせではあるが……余興にはなるか」


 巨大なオーク……偽ウロボロスは口を歪ませ醜い笑みを浮かべるのだった。


「…………違う、私はこんなんじゃないもん」


 そして、ウロボロスの心からの呟きは誰にも聞こえることは無かった。

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