第69話

「ムクロちゃーん、お腹すいたー」


「次の街までまだだから我慢しなさい」


「ムクロ兄様ー、遊ぼうよー」


「はいはい、今は馬車を運転してるから後でね」


「ムクロちゃーん」


「ムクロ兄様ー」


「だーもう! 二人共、さっきからうるさいよ!」


 馬車の操作で忙しいにもかかわらず、ウロボロスとアウラが絡んでくるので全然集中できない。


「「だぁってー」」


「だってじゃありません」


 まったく、アウラならともかくウロボロスまで子供みたいに駄々をこねるもんだから大変だ。


「さっきから言ってるだろ? 次の街に着いたら食事もするし、遊んでやるって」


 ああ、レムレスとアグナの二人と一緒に居た頃が懐かしい……。

 まあ……この面子では、こう分けるのが一番いいのだから愚痴っても仕方あるまい。

 アルケディアから出発して三日が経ったが、レムレス達は上手くやっていけてるだろうか?

 師匠は、戦闘さえ始まらなければ手が掛からないし何とかなるだろうが……戦闘が始まると本当に手がつけられないからなぁ。


「……お?」


 そんな事を考えながら馬車を進めていると、小さな村が見えてくる。


「二人共、村が見えてきたからいったんあそこで休憩しようか」


「わーい、ご飯ー!」


「わーい、ムクロ兄様と遊ぶー!」


 俺が馬車内に声を掛けると、二人は同じ反応をして無邪気に喜ぶ。

 まったく……これで片方は七罪の一人だっていうんだから、世の中分からないものである。

 

「あ、でもウロボロスは馬車内で留守番だぞ?」


「えー! なんでなんでー!?」


 俺の言葉を聞いたウロボロスは、不満そうに叫ぶ。


「何でって……出発する前に説明したじゃんか。ウロボロスの下半身は色々目立つんだって」


「下半身が目立つとか……ムクロちゃんやらしー」

 

 そういう意味じゃねーよ!


「ほら、ウロボロスの下半身は蛇だろ? だから、不必要に住人をビビらせるわけにもいかないじゃん」


 ただでさえ、七罪の中でも特徴的な外見をしているのだ。

 いつどこで賞金狙いで襲いにくるかも分からないしな。


「ぶーぶー!」


「その代わり、たらふく飯を用意してやるから」


「……甘い物も食べたい」


「あったらね」


 街ならともかく、小さな集落に甘い物が売ってる場所があるかどうか微妙な所ではあるが、ウロボロスを大人しくさせるためにとりあえず口約束をする。

 

「えへへー、村についたら何して遊ぼうかなぁ」


 一方、アウラは俺となにして遊ぶかを考えていた。

 ……アウラは手が掛からないから良いなぁ。

 ウロボロスも少しは年齢に見合った行動をしてほしい物だ。

 って、よく考えたら七罪のほとんどが年齢と見合った行動してねーな。

 俺? 俺はちゃんと、年齢に見合った落ち着いた行動を心がけてるよ。

 ……本当だよ?


「ねぇねぇ、ムクロちゃん」


「どうした、ウロボロス」


 俺が七罪の現状について嘆いていると、ウロボロスが話しかけてくる。


「なんかさ……あの村、少し寂れてない?」

 

 ウロボロスの言葉に村の方をよく見てみれば……なるほど、確かに寂れているようにも見える。

 なんというか、空気というか雰囲気というか……そういうフワッとしたあれが沈痛な空気を纏っているのだ。


「これはまた……厄介事の匂いがするなぁ……」



 村に入ると、その異様さは際立っていた。

 人が居ないのだ。

 ……いや、厳密に言うと居るには居るのだが、それは家の中に……であって外には人っ子一人居ない。

 確かに人の気配は感じるのだが、村に入ってから誰ともすれ違わない。


「なんか、嫌な感じがする……」


「そうだねー。私達を警戒してるというか殺気を感じるというか」


 村の中を進む中、アウラとウロボロスがそんな事を言う。

 確かに、敵意のようなものを感じるが俺には恨まれるような心当たりがない。

 そもそも、この村へは初めて来たわけだしな。

 

「……さっさと、村を抜けるか」


 ウロボロスやアウラには悪いが、嫌な予感がひしひしと伝わってくるので巻き込まれる前にさっさと通り過ぎることにする。


「えー! ご飯はー!?」


「遊びたかったのにー!」


「しょうがないでしょうが。とてもじゃないけど飯食ったり遊んだりできる雰囲気じゃ……」


「死ねー!」


 ――ない。そう言い終える前にそいつは現れた。

 酷く痩せ細った壮年の男が、鬼気迫る表情を浮かべながら鍬を振りかぶって襲い掛かってきたのだ。


「ムクロ兄様、危ない!」


 凶刃(鍬)が俺に襲い掛かろうとしたところで、アウラが叫ぶ。


「ぐわっ!?」


 瞬間、男は見えない何かに弾かれたように吹き飛ばされた地面を転がる。

 これはアウラの力だ。

 長い年月を経て魔人となったアウラは、それほど強くは無いがこのように念動力のようなものが使えるのだ。

 モンスターとかにはあまり効き目は無いが、普通の一般人くらいには効く。


「ありがとう、アウラ」


ぶっちゃけ当たっても最悪死ぬくらいだったので平気だったのだが、折角アウラが守ってくれたのでお礼を言う。


「えへへー、ムクロ兄様に褒められちゃった~」


 お礼を言われたアウラは、両頬に手を添えて嬉しそうに笑う。可愛い。


「ムクロちゃーん。一体、何したのー?」


「何もしてねーよ! こいつがいきなり襲ってきたんだよ」


 まったく、失礼しちゃうぜ。ウロボロスは、俺が恨みを買うような人物だとでも思っているのだろうか。


「おい、お前」


「ひいいい! い、命だけはお助けを!」


 俺が倒れている男に話しかけると、男は日本人もびっくりな綺麗な土下座をして情けなく命乞いをしてくる。

 命狙っといて自分は命乞いとか、こいつは舐めてるのだろうか?


「良いか? 命を狙っていいのは、狙われる覚悟がある奴だけなんだよ……」


「あ、あわわわ……」


「もう、ムクロちゃん! 脅かしちゃダメじゃない」


 ちょっとムカついたので、イタズラ心でビビらせていたらウロボロスに怒られてしまった。


「大丈夫? ごめんなさいねー、うちのムクロちゃんが怖がらせちゃって。本当は良い子なのよ?」


「……ひゃ、ひゃああああ! ナ、ナーガだああああああ! た、助けてくれえええ!」


 ウロボロスが優しく話しかけた事で、一瞬気が緩みかけるも彼女の下半身を見た男は腰を抜かしながらその場から逃げようとする。

 

「…………そんなに驚かなくてもいいじゃない……くすん」


 いじけてしまった。

 なんか地面に“のの字”を書いてるし。本当にああやっていじける奴って居るんだな。


「……なーんて、感心してる場合じゃなさそうだな」


 気づけば、俺達を取り囲むように殺気立った村人たちが立っていた。

 手には農具が握られており、何かのきっかけがあれば今にも襲い掛かってきそうだった。

 俺達の戦力をもってすれば一瞬で殲滅する事も容易い。しかし、事情も分からないのに相手を殺す訳にもいかないので困ってしまう。

 俺、手加減出来ないしな。殺さずにっていうのは厳しい。

 蘇生魔法も疲れるから、あんまりやりたくないし。


「ムクロ兄様……怖い」


 魔人とはいえ、精神年齢は子供のアウラにとっては殺気立った大人達……というのは恐怖らしく俺の後ろに隠れてしまう。


「皆の者、その人達は違うぞ!」


 この状況をどう打開したものか悩んでいると聞き覚えのある声が響く。


「ディオン様!」


 人垣が割れて姿を現したのは、白銀の鎧に身を包んだイケメン……に見える実際は美少女の戦乙女の行進ヴァルキュリアのリーダー、ディオンだった。


「他の二人は初めて見る顔だが、この人はムクロといってボクと同じ一等級の冒険者だ」


 ディオンの言葉を聞いて、村人達からどよめきが起こる。

 まあ、ディオンと同じ等級だと聞けば驚きもするだろう。


「久しぶりだな、ムクロ君」


「ああ、ディオンも元気そうで何よりだ。……それで? 事情を説明してもらってもいいか?」


 おそらく、ディオンも事情を知っているだろうと思い俺は彼女に尋ねる。


「構わないとも。ボク達戦乙女の行進ヴァルキュリアはとある依頼を受けて、この村にやってきたんだ」


「依頼?」


 戦乙女の行進ヴァルキュリアが受けるとなると、相当厄介な予感がする。

 もしかしたら、占星十二宮アストロロジカル・サイン関連かもしれない。


「うむ。依頼の内容は……最近、この村を襲っている七罪の王セブンス・ロードの一人……暴食の王ロード・オブ・グラトニーの討伐だ」


 ……暴食の王ロード・オブ・グラトニーだと?

 ディオンの言葉にウロボロスの方をチラリと見れば、彼女も何が何だか分からないという顔で首を横に振るのだった。


 うーん……どういうこっちゃ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る