第64話

「はむっはぐはぐはぐはぐっ!」


「なんていうか……凄いね」


 目の前にある大量の料理を凄まじい勢いで平らげる光景を見て、引きつった表情でインフォが呟く。


「流石に……もぐもぐ……三日もぐもぐ……ご飯を食べてなかったらもぐもぐ……こうなるよ」


 目の前で次々と料理を平らげているウロボロスが咀嚼しながら答える。

 胃袋を満たしてきているお蔭か、血色がよくなり元の綺麗な姿に戻ってきている。

 彼女は暴食を司っているので、飯さえ食べれば回復が異常なまでに早いのだ。

 その分、飯を抜いた時のダメージもやばいが。

 それから一時間……ウロボロスは、ただひたすらに食べ続けた。


「っぷはー……あー、生き返った気分だよぉ」


「うわー……これ全部でいくらくらいするんだろぉか……」


 満足げに腹をさするウロボロスとは裏腹にインフォは積み上げられた皿を見ながらぼそりと呟く。

 別に、そんな心配しなくても俺や師匠が払うから問題ないんだけどな。

 アリの魔人を討伐した時の金もあるし。

 ちなみに、俺達は現在街の隅の方にある食堂を貸し切っている。

 ウロボロスの姿は目立つからどうしても目立たない場所となってしまうのだ。

 店主にも金を握らせて、ここで見たことは黙っておくように言い含めておいたし、大丈夫だろう。

 心なしか、ウロボロスの食事を作った事で満足げな表情を浮かべているし、わざわざ自分からバラすような事もしないと思う。


「さて……改めて、私を助けてくれてありがとね? ムクロちゃん、カーミラちゃん。それに、ムクロちゃんのお仲間ちゃんも」


「いや、アンタを助けるのは当然だよ。昔は、俺が助けられたんだし」


「ワシも大して気にしてないぞ。むしろ、暴れるきっかけが手に入って礼が言いたいくらいじゃ」


 俺と師匠の言葉に、ウロボロスは笑顔でウンウンと頷く。


「もう、相変わらず皆優しいんだからぁ。お姉さん、嬉しすぎて困っちゃうぞ」


「なんだか……ホワッとした方ですね。七罪の一人というから……もう少しこう、個性的な方をイメージしていました」


 いやまぁ、ウロボロスもある意味個性的と言えば個性的なんだけどな。

 アクの強さで言えば、確かに一番弱いかもしれないが。

 

「それで? 私に会いに来た理由はなぁに?」


「ウロボロスは……魔導国家は知ってるか? 昔から噂だけが独り歩きしてて、肝心の国の所在が分からなかったって言うあれだ」


 俺がそう尋ねると、ウロボロスは腕組みをしながら少し考え込む。


「……ああ、そういえばそんな国も聞いたことあるわねぇ。流石の私も実物を見たことは無いけど。どうしてそんな事を……ってもしかして」


「流石はウロボロス。察しがよくて助かるよ」


 ウロボロスが何かを察したような表情を浮かべると、俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 こういう察しの良さは話が早いから有りがたい。


「ああ、俺達はその国を見つけた。残念ながら、とっくの昔に滅んじゃってたみたいだけどな」


 俺は、かつての魔導国家について話し、今は俺達の国として盛り上げていくという説明をする。

 そして、その為にウロボロスの力を借りたいという事も。


「なるほどねぇ……確かに、私なら農業とかも結構分かるから力になれるわねぇ」


「信じられない……。てっきり噂だけの眉唾物だと思っていたが実在していたんだな」


 納得するウロボロスに対し、インフォは信じ難いとばかりに首を横に振る。


「なんならインフォも来るか? アンタの情報収集能力は是非とも欲しいんだが」


「マスター、そんな簡単に誘って良いのですか?」


 俺の提案に対し、レムレスが苦言を呈してくる。

 まあ、レムレスの心配も分からなくもない。

 師匠とかならまだしも、会って間もない人物を簡単に引き入れるのは得策とは言えないだろう。

 特に、魔導帝国のような伝説クラスの国となれば尚更だ。

 その存在を知れば、失われた技術欲しさに戦争を吹っ掛けてくる国もあるかもしれない。

 だが、だからこそインフォという人物が必要なのだ。

 生憎俺達は、戦闘能力に関してはトップクラスだと自負している。

 だが、情報収集に関しては素人の域を出ない。

 インフォの情報収集力は、この短期間でも充分に分かったし是非とも欲しいのだ。

 

「ふむ……見返りは?」


「俺達の国を好きなだけ調べて良いぞ。ただ、他に情報は売らないでもらえると助かるけどな」


 多分だが、インフォは知的探求心の塊だ。

 未知の情報をや知識を蓄えるのが単純に好きな人物だと思われる。

 まあ、特に根拠は無いのだが俺の直感がそう告げていた。


「……ちょっとすぐには決められないかなぁ。君の国に行くって事は、そこに住まないといけないわけだしね。三日くらい時間を貰えるかな?」


「別に急いでるわけじゃないし、俺は構わないぞ」


 インフォの提案に俺は素直に頷く。

 これが一ヵ月とかになれば流石にアレだが、三日くらいなら大したことは無い。

 

「えっとね、アウラっていう幽霊の女の子も居るんだよ。私、友達になったんだよ?」


「まぁ、それは凄いわねぇ。私も是非仲良くなりたいわぁ」


 俺達がインフォと会話をしている横で、何やらアグナとウロボロスが仲良く話していた。

 うん、和むなぁ。

 ウロボロス本人の性格が温和な為、よっぽどの事が無い限りは基本的に誰とでも仲良くなるのだ。

 

「あ、そうだ。なぁ、ウロボロス」


「ん? なぁにぃ?」


「……タマモの馬鹿が、今どこに居るかって知らないか?」


「タマモちゃん? うーん……どうだろう。大戦の後、どこかに姿をくらませたってのは知ってるんだけどぉ……」


 大戦、というのはタマモが世界に対して宣戦布告したやつだろう。

 しかし、ウロボロスでも知らないのか。


「タマモちゃんの事を探してるの?」


「ああ、あの馬鹿は一回ぶん殴らないと気が済まないからな。それに……」


「それに?」


「……いや、何でもない」


 首を傾げながら尋ねてくるウロボロスに対し、俺は首を横に振って誤魔化す。

 タマモがそこら辺のモンスターに力を分け与えて魔人にしてるってのは、ここでは言わない方が良いだろう。

 これについては、アルケディアで話すことにする。

 インフォもまだ俺達の仲間になるって決まって無いし、あまり広めるわけには行かない。

 倒した筈の諸悪の根源がまだ生きているって話が広まったら、混乱を招くだろうしな。


「ふーん……変なムクロちゃん。……っと、お話してたらお腹空いてきちゃった。すみませーん、おかわりくださーい!」


「まだ食うのかい!?」


 俺や師匠にとっては見慣れた景色であったが、初めてそれを目の当たりにするインフォを始めとしたレムレス達は、ウロボロスの底なしの胃袋に驚愕と畏怖の念を覚えるのだった。

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