第63話

「……あれ? ちょっと待ちたまえ」


 俺がいざドラックにお仕置きかまそうとしたところで、インフォが引き留めてくる。


「なんだよ、このジジイを庇う気か?」


「そうじゃないんだ。ただ、少し気になる事があってね」


「気になる事?」


 俺が問い返すとインフォはコクリと頷きながらドラッグの方を見て口を開く。


「いやね、さっき彼は三日間食事を抜いたと言っていた。これは間違いないね?」


「いかにも。一ヵ月前に捕まえてから、何度か行っているよ」


 インフォの問いに対し、ドラッグは悪びれもせずにそう言う。

 くそ……このド外道がっ!


「うん、つまりね? 私が気になっているのはそこなんだよ。食事を抜いたなら痩せこけるのは分かる。だが……歯や服、下半身の鱗がボロボロになるのはおかしいんじゃないかと思ってね」


「なるほど……つまり、君はこう言いたいんじゃね? ワシらが彼女に暴力をくわえたのではないか……と」


 ドラッグのその言葉を聞いて、俺は殺気を漲らせる。

 もしそれが事実ならば、俺はジジイを死ぬよりも辛い目に合わせてやる。


「おっと、そんな怖い顔で睨まんでくれ。ワシは食事を抜いたこと以外はやっておらん。これは純然たる事実で嘘はついていない」


「なら、なぜ彼女はボロボロなのかな?」


「それは……食事を抜いたことで彼女がそこら辺の石やらなにやらを食べようとしたり暴れたりしたからじゃよ」


「あー……」


「え、そんなあっさり信じちゃうのかい!?」


 俺があっさり納得したのを見てインフォが驚く。

 いや、だって……なぁ?

 ウロボロスの事を知ってれば、納得できてしまうのだから仕方ない。

 よく見てみれば、そこら辺に転がっている大きめの石や手首に付いている枷に歯形がついている。

 ウロボロスは暴食を司るが悪食だったり、どんなものでも食べられるわけではない。

 空腹で気が狂いそうになっていて、無我夢中だったのだろう。


「どうやら信じてもらったようじゃな。……信じてもらったついでに提案があるんじゃが」


「…………話だけでも聞こうか」


 俺がそう答えるとドラッグは嬉しそうに頷く。


「うむうむ。提案というのはじゃな……ワシらの仲間にならんか? ということじゃよ」


「なんだと?」


 ウロボロスにここまで非道なことをしておいて、どの口がそんな事を言っているのだろうか。


「ワシとしても、彼女を苦しめるのは本望では無いんじゃ。もし、おぬしが仲間になってくれるのであれば彼女は解放しよう。そして、おぬしが彼女に協力してくれるよう説得してくれれば、全てが丸く収まると思わんかね?」


「……俺を誘う理由は?」


「七罪の一人じゃから……というのではダメかの? 七罪が戦力に入ったというだけで他の組織の抑止力になるからのう。勿論、おぬしには望むだけの金をやろう。冒険者をやってるくらいなんじゃ。金は欲しいじゃろう?」


「ふむ……」


 俺は腕組みをしながらジジイの言葉を脳内で反芻する。


「ちょっと、もしかして話を受けたりしないよね?」


 隣ではインフォが心配そうにこちらを見ている。

 一方、ジジイの方は事が上手く運びそうだと思っているのかニタニタと笑っていた。

 一応、ポーズとして考えるフリこそしたが答えなんぞ最初から決まっている。


「答えは決まったかの?」


「ああ……もちろん、お断りだ馬鹿野郎」


「理由を聞いても?」


「俺が望んでるのは金じゃねえ。静かな生活なんだよ。そして、俺の恩人をこんな目に合わせた奴の仲間になんて絶対なりたくない!」


 俺はチラリとウロボロスの方を見ながらそう叫ぶ。

 組織を壊滅させる事はあるかもしれないが、仲間になるなど絶対に有り得ない。


「そうか……是非とも戦力に欲しかったんじゃが残念じゃのう」


 ジジイは、やれやれと首を横に振りながらわざとらしく溜め息を吐く。


「……やれ」


「「はっ」」


 ジジイの言葉で、両脇に居る男達が一歩前に出る。


「おいおい、たった二人で七罪を相手にする気か? 一番戦闘力が低いウロボロス相手にも半数がやられたんだろ?」


「ふぉっふぉっふぉ、そこら辺はぬかりないわい。おぬしは、いわゆる魔導士じゃろ? それも肉弾戦が苦手な典型的なタイプじゃ」


「それがどうかしたか?」


 確かに俺は肉弾戦はからっきしだ。もし魔法が使えなければ一般人に普通に負けるレベルである。


「もしも……今、この部屋が魔法が使えない状態だったとしたら……どうするかね?」


「なに?」


 ジジイの言葉に俺は片眉を上げつつ、魔法を発動しようとする。

 しかし、魔力の流れこそ感じるが魔法が発動する気配が無かった。


「……何をした?」


「なぁに……ちょっとばかし細工をさせてもらったんじゃよ。もちろん、飢餓の叡智様お手製の結界じゃから、七罪相手にも効果抜群じゃよ?」


 くそ、ウロボロス製の結界かよ。多分、ウロボロスを助けた辺りで発動させたのだろう。

 彼女お手製となれば、流石の俺もどうしようもない。

 結界というのは基本的に魔法陣を軸に展開される。

 俺の結界破り(物理)は魔法陣に直接ダメージを与える技だ。

 見た所、部屋には魔法陣らしきものがない。

 という事は、結界が破れないという事になり俺はただの役立たずである。

 ……詰んだかなぁ。


「ふぉっふぉ、どうやらその顔を見るに効果覿面のようじゃのう? どうじゃ? 今から仲間になっても遅くは無いんじゃぞ?」


「誰がなるか馬鹿野郎」


「ふむ……殺せ」


 ジジイの言葉に男が動く。

 俺の命はストック制なので何度も殺せば、完全に殺すことが可能だ。

 俺が完全に死ぬ前に師匠達がここへ来れば助かるだろうが、それは希望的観測に過ぎない。

 どうっすかなぁ……せめて、ウロボロスとインフォだけでも逃がしたいんだが。

 と、そんな事を考えていると隣に居たインフォが突然腕を勢いよく振る。

 すると、彼女の袖から投げナイフが飛び出してジジイの頬を掠めて壁へと突き刺さる。


「……ふぉ、ふぉっふぉっふぉ。どこを狙っているのかね? 惜しかったのう、今のでワシを殺せていれば活路を見いだせたかもしれんのに」


 ジジイは冷や汗を掻きつつも強がって笑うと、男の一人を呼び戻して壁役にする。


「ああ、それなら心配いらないよ。だって……ちゃんと狙い通り・・・・だったからね」


「何……? しまった!」


 インフォの言葉に眉をひそめるジジイだったが、何かに気づくと慌てながら振り返る。


「ムクロ君! あのナイフが刺さってる場所に結界の魔法陣がある!」


「くそ、なんでバレたんじゃ! 巧妙に隠していたはずなのに!」


「ふふ、私の目は特別製なんだよ。私の前では、全ての魔法が丸裸さ」


 そうか、インフォの右目にある魔眼が結界の魔法陣の場所を見抜いたのか。

 場所が分かればこっちのもんである。


「させるかよぉ!」


 俺が魔法陣に向かってダッシュをすると、それを阻止しようと男が剣を振りかぶり俺の頭を叩き割る。


「馬鹿者! 殺してはならん!」


「へ?」


 ジジイの急な意見の翻しっぷりに困惑する男だったが、もう遅い。

 一度死んだ俺はすぐに蘇生する。……魔法陣のすぐそばで。

 魔法が使えないという事は人化も出来なくなるので、復活した時には骨の姿に戻っていたが今は気にしてる場合ではない。

 まんまと男をやり過ごした俺は右手に魔力を込める。

 魔法は使えないが魔力は操れるので直ぐに右手に魔力が集まるのを感じる。


「でりゃぁっ!」


 気合一発。魔法陣があると思わしき場所に拳を叩きこむと、パキンと何かが割れる音が聞こえる。

 

「この野郎がぁ!」


 出し抜かれた事で怒り心頭の男は、こちらに向かって襲い掛かってくるが俺はすぐに魔法を放つ。


万物貫く漆黒の矢ディザスト・アロー


「あ?」


 今度はきちんと魔法が発動し、襲い掛かってきた男の脳天を一本の矢が貫く。

 即死した男は、そのままグラリと地面に倒れ込み、床に真っ赤な血を広げていく。


「ひ、ひいいいいいい!?」


「あ、待たんか!」


 俺が再び魔法を使えるようになったと知るや、ジジイの壁になっていた男は情けない叫び声を上げながら逃げ出していく。


「ぐげっ!?」


 ジジイの制止を聞かず逃げ出した男は、何やらうめき声あげた後倒れる音が聞こえてきた。


「ちっ、こいつも雑魚だったか。おい、ムクロ! ここの奴ら、雑魚ばっかりだぞ!」


 男の代わりに入ってきたのは、漆黒の巨大な斧を肩に担いだ師匠とレムレス達だった。


「マスター、上の方は殲滅完了いたしました」


「お兄ちゃん、私頑張ったよー!」


「馬鹿な……ワシの支部が全滅じゃと!?」


 短時間で全滅したという情報を聞いて、ジジイは驚愕の表情を浮かべる。

 まあ、師匠達にかかれば当然の結果と言えよう。


「ん? おい、ムクロ。そこに倒れているのはもしかして……」


「はい、ウロボロスです。そこのジジイに三日間も飯抜きにされてたみたいです」


「なんだと? 貴様、よくそんな非道な真似が出来るな!」


「あひいい……」


 師匠が恫喝すると、ジジイはだらしなく尿を漏らしながらペタンとへたり込んでしまう。

 まあ、師匠の殺気を真正面から受けたら普通はそうなるわな。


「おや? よく見れば、昼の食堂の店主ではないですか」


 レムレスの疑問に、俺が奴の正体を教えてやる。


「ほお? という事は、悪人なわけだな? うんうん、悪人に人権は無いよなぁ? しかも、ワシの仲間に非道な事したわけだから情状酌量の余地もない。そうだろ、ムクロ」


「仰る通りでございます」


 俺がそう答えると、師匠は至極嬉しそうな顔をする。


「た、助け……助けて! 命ばかりは!」


「大丈夫だ……安心しろ」


 涙や涎を垂らして顔をぐしゃぐしゃにして命乞いをするジジイに対し、師匠は慈母にも似た笑みを浮かべて肩に手を置く。


「死んでもムクロが完全蘇生してくれるから……とりあえず、百回ほど……死のうか?」


  

 ――この日、一つの麻薬組織が壊滅した。

 都市のお偉いさん達は首をひねる事になる。

 何故なら、麻薬に関わっていた人間が全員、死に物狂いで自首してきたからだ。

 誰がやったかも語ろうとせず、ひたすらに悪魔が来るとしか呟かず要領を得なかった。

 そして……麻薬密売の元締めであるドラッグからは何も情報を聞けなかったという。

 理由は、彼の精神が完全に崩壊しておりもはや人格らしい人格が残っていなかったからだ。

 依頼をした情報屋のインフォも真相は黙して語らず、今回の事は謎の壊滅事件として後に語られることになった。

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