第62話
「やぁ、ムクロちゃん。何か食べ物は無いかな?」
――ウロボロスは、一言で言うと親しみやすい人物だった。
暴食を司っているだけあって、常にそんな事を聞いてくる。
彼女は非常に心が優しく、怒るとか疑うとかそんな感情が欠如してるのではないかと疑いたくなるほどのお人好しだ。
……そんな優しく綺麗だったウロボロスが、
「あう……あぁ……」
今では見るも無残な姿で捕えらえている。
目は焦点が合っておらず虚ろで、時折うめき声をあげるだけだった。
そんな彼女の姿を見て、俺はふつふつと怒りが湧いてくる。
ウロボロスをこんな目に合わせた奴を死ぬほど後悔させてやりたい。
殺しては蘇生を繰り返し、永遠の苦しみを与えてやりたい。
それだけの事を、犯人はやったのだ。
「ムクロ君? 顔が怖いよ?」
「あ……ご、ごめん」
インフォに声を掛けられ俺は我に返ると、素直に謝る。
「いや、君が怒るのも無理はないさ。……これは、あまりにも人として非道すぎる。許してはおけないさ」
インフォの言葉を聞いて、俺は少しだけ冷静になる。
同調してくれる人間が一人でも居るだけで違うものだ。
俺は、まずウロボロスを助けることにする。
彼女を繋いでいた鎖にも魔法的な何かが掛かっていたが、無理矢理ぶっ壊す。
手枷という支えが無くなった事で、ウロボロスはグニャリとそのまま地面に倒れ伏してしまう。
「大丈夫か、ウロボロス? ……っ!」
彼女に声を掛けながら抱え上げると……驚くくらい軽かった。
「ム……クロ、ちゃん……?」
「っ! ウロボロス! そうだ、俺だ。ムクロだ!」
ようやくまともな反応を示したウロボロスに、俺は嬉しくなり声を荒げてしまう。
「ひ……さし、ぶり……だねぇ」
「ああ、久しぶりだ……! 後で、沢山話そう……! だから、今は安静にしてるんだ」
俺は、嬉しさで泣きそうになりながらもなんとかそう言う。
今はウロボロスに無理をさせるわけにはいかないからな。
俺の言葉を聞いて、ウロボロスは静かに頷く。
「さぁ、ウロボロスを連れてさっさとこんな所から出よう」
レムレス達とは途中で合流すれば良いしな。
「――すみませんが、彼女を連れていかせるわけにはいかんのぅ……」
「誰だ!」
俺達がいざ部屋から出ようとしたところで、入口に三人の人影が現れる。
真ん中には小柄な白髪の老人。左右には屈強な男達が立っていた。
「……って、アンタは確か情報屋の事を教えてくれた……」
「はい、昼ぶり……ですな」
そう、俺の前の前には食堂の店主だったはずの爺さんが立っていたのだ。
「なんでここに……って聞くのは野暮なんだろうな」
爺さんがここに居る時点で、俺は大体の予想がついていた。
少なくとも、ここに迷い込んでしまったただの一般人……では絶対に無いと言える。
「まさか、いきなり親玉が現れるなんてねぇ……。ねぇ、ドラッグ・ナーコティックさん?」
「ふぉっふぉっふぉ、やはり凄腕の情報屋じゃのう。ワシの顔を知っておったか。……いかにも。ワシは
インフォの言葉に、ドラッグは愉快そうに笑う。
……やっぱりそうだったか。
「んで、なんでその幹部とやらが食堂なんかを?」
「あれは、ワシの趣味みたいなもんじゃよ」
「何が趣味なんだか……あの食堂が、麻薬流通の隠れ蓑のくせして」
ドラッグの答えに対して、インフォが吐き捨てるように言う。
「ムクロ君。彼はね、麻薬流通の統括だ。表向きはただの食堂かもしれないけど、地下にある食糧庫には様々な麻薬が眠ってるんだよ」
「ほほう、そこまで調べておったのか。警備は厳重にしてたはずなんじゃが……」
「ふふん、私を見くびらない方が良いよ。私に隠し通せるものなんか存在しないんだからね」
インフォは、その豊かな胸を強調するように体を逸らして自慢げな表情を浮かべる。
ありがとうございます。
「なあ、もしかして南の森で俺達を囲んでたのは……」
「ワシの指示じゃよ。おぬしらの正体が気になったんで、他の部隊から隠密に長けた者達を借りたんじゃ。ついでに戦力も見極める様にと言い含めてな」
なるほどな。そして、情報を漏らさない為にも、俺達に敵わないと判断したあいつらはすぐに身を引いたわけか。
「いやいや……それにしても驚いたよ。まさか、おぬしがあの七罪の一人なんてのう……。あの銀髪のお嬢ちゃんもそうみたいじゃし、まさか一気に三人に出会えるなんて思いもせんかったわい」
「そんな事はどうでも良い。お前、何でウロボロスをさらった? ていうか、どうやって捕まえたんだ。それに、一体何をやったんだ」
「まったく、たくさん質問せんでくれ。ワシは年寄りじゃから、そんな一気に堪えられんよ」
ドラッグは、やれやれと首を横に振りながら呆れたように言う。
正直、今すぐぶっ飛ばしたかったがウロボロスを捕まえた手段を聞かない限り迂闊な事は出来ない。
もしかしたら、俺も同じ手で捕まってしまうかもしれないからだ。
「さらった……というのは少し語弊があるから訂正するが、あくまで同行してきてもらったんじゃよ。知恵を借りる為にのぅ」
「知恵を?」
「おぬしも仲間なら知っておるじゃろう? 彼女は『飢餓の叡智』と呼ばれており、その知識量は膨大じゃ。より安価な材料で、より高値で売る為の麻薬を作ったり、安全なルートの確保のためにも彼女の知識が必要だったんじゃ」
……確かに、ウロボロスならばそれくらい容易い事だろう。
こいつがウロボロスを欲した事にも納得がいく。
「だけど、それをウロボロスが聞いて素直に言う事を聞くはずが無い」
彼女は心が優しい人物だ。そんな平和を乱すような行為に絶対に手を貸さないはずだ。
「もちろん、そこら辺口八丁手八丁で誤魔化したよ。彼女がお人好しというのは分かっていた事じゃからのう。……のう、インフォ?」
「なっ!?」
ドラッグの言葉を聞いて、俺は思わずインフォの方を見る。
彼女は何やらバツの悪そうな顔をしながら口を開く。
「し、仕方ないじゃないか……依頼されたらこちらとしてもやるしかないんだから……ただ、本来の目的を知った後で後悔してたんだ。だから、君達が私の所に来たのは、ある意味助かってたんだ」
……とりあえず、インフォを責めるのは後にしよう。
「後は、ほれ……ちょっと美味しい物を食べさせたらあっさりついて来たぞ」
「……あ」
「ふぉっふぉっふぉ、どうやら心当たりがあるようじゃの?」
そ、そうだった! 基本的に頭の良いウロボロスだが、そんな彼女にも欠点がある。
人を疑わないというのは欠点でもあるが美徳でもあるので良しとしよう。
だが、食べ物が絡むとウロボロスは……とても頭が良いとは思えない程非常に残念な人になってしまうのだ。
知らない人から食べ物を貰ってはいけませんという、小学生でも知っている常識も彼女の前では無意味だ。
ウロボロスにとって、食べ物をくれる人はもれなく良い人認定されてしまうというわけだ。
「そして連れてきた後、本来の目的を知って彼女は帰ろうとしたよ。いやぁ、流石は七罪の一人じゃ。捕まえるのに苦労したよ。おかげで、こちらの半数以上が戦闘不能じゃ」
ドラッグは困った困ったと言わんばかりの表情を浮かべながらそう言う。
「それで……ウロボロスに言う事を聞かせる為に何をやったんだ? それが、今彼女がこうなってる原因なんだろう?」
俺は、ボロボロになっているウロボロスをチラリと見ながらそう言う。
彼女は、動く気力もないのかこちらを見ることなくグッタリしたままだ。
「なぁに……簡単な事じゃよ。これをするだけで、彼女は面白いようにワシらの言う事を聞いてくれた。じゃから、反抗するたびに同じ事を繰り返したんじゃ」
ドラッグは愉快そうに唇を歪めながら語る。
なんとも反吐が出そうな程性格が歪んでいるジジイだ。
「それで、何をしたかというとな……飯を三日間抜きにしたんじゃ」
「き、貴様……! 悪魔か!」
「えー……?」
憤慨する俺の横で、インフォが何やら拍子抜けしたような顔をしている。
ウロボロスに対して三日間飯を与えない。
それはもはや、彼女にとって死の宣告に等しかった。
そりゃ、こんなにボロボロにもなるわけだ。
「俺は……お前だけは……お前のような外道だけは絶対に許さない!」
俺はそう叫びながら、ドラッグに向かって指を差すのだった。
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