第61話

「侵入者だ! 殺せぇ!」


「うらぁ!」


 師匠の叫び声と共に、人の形をした何かが宙を舞う。


「さぁ、次こい次ぃ!」


「ひ、ひぃぃぃぃ! 化物だあああぁぁぁ!」


 すっかり戦闘モードになった師匠に圧倒され、武装しているにもかかわらず男達は我先にと逃げていく。

 まあ、見た目が美少女でも中身がバーサーカーならば普通は逃げるしかない。


「あのー……ちょっといいかい?」


「どうした?」


 巻き添えをくわないように少し離れた所から師匠無双を眺めているとインフォが話しかけてくる。

 いつも不敵な笑みを浮かべている彼女が珍しく困惑しているようだ。


「私さ、入る前に言ったような気がするんだけどね? あんまり騒ぎは起こさないでねって言ったと思うんだよ」


「そんな事言ったっけ?」


「言ったよ? 道中で」


 そうだったかな? あんま覚えてねーや。

 そもそもが、俺ならまだしも師匠にあんまり騒ぎを起こすなというのは無理な話である。

 生粋の戦闘狂である師匠が暴れないはずが無い。


「まぁ……師匠が居る時点で諦めるしかないね」


「…………どうやらそうみたいだね。憤怒がかなりの戦闘狂だと聞いてはいたけど、まさかここまでとは予想外だったよ」


 俺の言葉を聞いて、インフォは諦めたように溜め息を吐く。


「溜め息吐くと幸せが逃げるぞ」


「誰のせいだと思っているんだい……」


 うーん……師匠のせいかなっ。


「死ねぇぇ!」


 俺とインフォが話をしていると、師匠の猛攻から逃れた剣士風の男達がこちらへ襲い掛かってくる。


「甘いです」


「そっちが死んじゃえっ」


 しかし、男達の攻撃は届くことなくレムレスとアグナにより叩き潰される。

 いやぁ……うちの女性陣は本当に強いなぁ。


「レムレス、アグナ。その調子で周りの奴らもサクッと全滅させちゃおうか」


 どうせここに居る奴らは碌な奴らではないのだ。全滅させてしまった方が、おそらく世の中の為になるだろう。

 

「かしこまりました」


「分かったよ、お兄ちゃん!」


 二人はコクリと頷くと、二手に分かれて敵を殲滅し始める。


「えげつないね、アンデッドだけあってやっぱり命とかは君にとって軽いのかい?」


「どうだろうなぁ……悪人に容赦しないって言うのは師匠の教育のせいもあるけどね。まあ、アンデッドになったっていう影響もあるだろうね」


 とは言っても、リッチなりたての頃は割と人を殺すというのには抵抗があったから、単純に慣れかもしれない。嫌な慣れではあるが。


「そういうものなのかねぇ。……ていうか、君は動かないのかい?」


「だってめんどくさ……じゃなかった、俺はほら。ウロボロスを探しに行かないと」


「今、めんどくさいって言いかけなかった?」


「気のせいだよ。ほら、あんたの依頼もこなさないといけないしさっさと行こうか」


「報告する前に壊滅しそうだけどね……」


 そんなインフォの呟きを聞き流しながら、俺と彼女はウロボロスを探す為に動き出すのだった。



 あれから俺達はウロボロスを探して地下へ地下へと進んでいた。


「なぁ、本当にこっちにウロボロスが居るのか?」


「彼女本人だと断定はできないけど……地下に大きい魔力の反応はあるね」


「それも魔眼の効果か?」


 俺がそう尋ねると、インフォは「まぁね」と軽く答える。

 便利だなぁ、魔眼。

 魔眼の入手方法はいくつかあり、儀式、魔族との契約、魔導具のどれかになる。

 どうやって手に入れたか聞きたいところだが、もし万が一重たい事情だったりしたら申し訳ないので聞くに聞けない。

 こう見えて、そういう空気は読めるのだ。レムレス辺りにそれを言ったら鼻で笑われそうだが。


「っと、また罠だな」


 そんなこんなで進んでいると、カチリと音がした地面から数本の槍が飛び出してくる。

 体を貫かれて死にはするが、すぐに復活できるので罠なんてあって無いようなものだ。


「しっかし、地下に進むほど罠が多くなってくるなぁ」


「君、ここに来るまでの間にあった罠全部に掛かってるもんね……」


 罠は全て古典的な物で魔力も通っていない為、インフォの魔眼でも捉えられない。

 そして、俺もインフォも罠を感知するための魔法を持っていない。

 だから俺が全部の罠に掛かってしまうのも仕方ないのだ。

 ……何回死んだんだろう、俺。


「最初はあっさり死んだから驚いたけど、すっかり慣れちゃったよ」


「人の死は……慣れてしまったら悲しいもんだぜ?」


「いや、カッコいい事言ってるつもりだろうけど、もうギャグでしかないからね?」


 呆れられてしまった。何故だ?


「っと、この先からだね。大きな魔力があるのは」


 腑に落ちないまま進んでいると、インフォがそんな事を言ってくる。

 目の前には鉄製の頑丈そうな両開きの扉があり、魔法陣が大きく描かれていた。

 大分仰々しいが、これは中の何かを外に出さない為の結界だ。

 術者と許可を得た者しか出入りが出来ないという代物だ。

 しかも、結構強力な結界で、並大抵の奴では破る事は出来ないだろう。


「まあ、俺にとっては無意味なんだけどな」


 俺は、右手に魔力を纏うとアウラを縛っていた結界を破った時と同様に殴りつけて解呪(物理)を行う。

 結界は、パキンという小気味良い音を立ててあっさりと壊れてしまう。


「えー……」


 一部始終を見ていたインフォは、何やら納得のいかないといった表情を浮かべていた。

 人生ってのは、納得のいかない理不尽の連続なのさ。

 ……あれ? 俺って今、良い事言ったんじゃね?

 後で、レムレスとアグナに教えてやろう。街に帰ったらアウラに教えてやらなきゃな。


「よし、とりあえず開けるぞ」


 教えるのは一先ずおいておいて、まずはウロボロスを助けることが先決だ。

 両開きの扉を力一杯押すと、金属特有の嫌な音を立てながらゆっくりと開いていく。


「うっ……!」


 扉を開けた瞬間、部屋の中から悪臭が漂ってくる。

 何かが腐ったような臭いに、インフォは鼻を摘まんで顔をしかめていた。


「……あ……う……」


「っ! 誰か居るのか?」


 微かに聞こえた誰かの声に、俺は話しかける。

 部屋は薄暗く、中が良く見えないが少し離れた所から金属をひきづるような音が聞こえる。

 聞こえてきた音を頼りに進むと、ぼんやりと人影のようなものが浮かび上がってくる。

 そして、それをはっきり視認できる距離まで近づいた所で俺とインフォは息を呑んだ。


「……だ……れ……」


 そこには、両手を鎖に繋がれた女性が居た。

 以前は綺麗だったであろうボサボサの青色の髪。

 頬は痩せこけ、落ち窪んだ瞳だけは異様にぎらついており歯はボロボロになっていた。

 腕や上半身も骨と皮ばかりになっている。そして……下半身は蛇になっており、こちらも鱗が所々剥がれ落ちていて痛々しさを感じさせた。

 辛うじて服は着ているが、これもボロボロに擦り切れており、もはや服としての体裁は保っていなかった。


「酷いな……どうやったら、ここまで酷い事が出来るんだ」


 捕えられている目の前の彼女を見て、インフォは苛立ちを隠そうともせず嫌悪感たっぷりにそう言い放つ。


「ウロ……ボロス」


 俺は彼女の姿を見て、怒りとも驚きとも似つかない何とも複雑な心境の中、なんとか彼女の名前を呼ぶ。

 そう……変わり果てた姿になってはいたが……彼女は、俺の命の恩人である……ウロボロスだった。


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