第60話

 インフォとの商談が成立した後、彼女曰く時間的にまだ早いから夜にまた来てくれと言われたので、俺達は一旦街へと帰る事にする。


「ムクロ」


「何です? 師匠」


 帰る道すがら、師匠がふいに話しかけてきた。


「あいつは、信用できると思うか?」


 あいつ……というのは、まあ十中八九インフォの事だろう。

 確かに、インフォの纏う雰囲気はちょっと信用し難い何かを放っていた。


「まあ、簡単に信用しろって言われたら難しいところではあるんですが……俺は、信用しても良いと思いますよ」


 特に根拠は無いが、彼女は裏切るとかそういった事はしないと思う。


「……なるほど、おっぱいですか」


 俺と師匠の会話を聞いていたレムレスは、何やら妙に納得した顔で頷く。


「あの人、胸大きかったもんねぇ」


 レムレスに続いて、アグナまでそんな事を言いだす。

 まことに心外である。


「だぁから、俺は特におっぱいは興味ないって。そりゃ、大きいと少し見ちゃうけど」


 それは、男の性ってもんでもはや本能に近い。


「前にも言ったが、俺はどっちかというと尻派だ。レムレスの尻とか、普通に好み……あ」


 しまった。弁解するつもりが、無意識にセクハラ発言をしてしまった。

 レムレスからの攻撃を警戒して反射的に防御態勢を取る俺だったが、いつまで経っても攻撃が来ない。


「……?」


 恐る恐るレムレスの方を確認すると、彼女はそっぽを向いてしまっていた。


「レムレス?」


「……何ですか?」


 俺が話しかけると、レムレスはワンテンポ遅れて返事をする。

 うーん、やっぱ怒ってるのかなぁ?


「怒ってる?」


「…………怒ってませんよ」


 さらにワンテンポ遅れた。うん、これは怒ってるわ。

 こういう時は、触らぬ神に何とやらという奴で静まるまで放っておくに限る。


「うん、それならいいんだ……うん」


 俺は適当に話を切り上げると、そのまま街へと歩き出す。


「……なぁ、アグナ。ムクロって、いつもああなのか?」


「うん、お兄ちゃんはいつもあんな感じだよ」


「師匠、アグナ、どうかした?」


 何やら俺の後ろでコソコソと俺の事について話してるようだったので振り向いて話しかける。

 もし、俺にデリカシーが無いとかそういう話だったら、是非とも弁解したい所だ。


「何でもないからムクロは気にするな。ほら、さっさと前向け」


 師匠に、シッシッと犬かなにかを追い払うかのように手で払われてしまった。

 下手に突っ込んで、余計な怒りを買いたくない俺は素直に前を向くことにした。

 その後、俺達は昼とは違う場所で夕食を取り待ち合わせの時間まで暇を潰すのだった。



 夜、時間になったので俺達は再び、あの隠す気のないインフォの仕事場までやってくる。


「お、来たね」


 到着すると、既にインフォの準備は出来ていたのか入口の所に立っていた。


「あれ、恰好はそのままなのか?」


 見れば、インフォの恰好は昼の時と変わらずにディアンドルっぽい服装のままだった。

 とても、ほぼ確実に戦闘が起きるであろう場所に赴く恰好には見えない。


「こう見えて、この服には色々仕込んであるんでね。大丈夫、君達の足を引っ張るような真似はしないさ」


「まぁ、それなら良いけど。万が一死んでも蘇生できるし。あ、死んだら蘇生して良いんだよな?」


 俺は、一応その事を尋ねる。

 闇属性を隠さなくては良いのかと言われそうだが、どうせインフォの事だ。

 俺や師匠が闇属性を使える事を知ってるだろう。七罪の王だって事も知ってたくらいだしな。


「へぇ、蘇生まで使えるのかい。流石は七罪の一人」


 俺の言葉を聞いて、インフォは感心したように頷く。


「そうだね……死ぬようなヘマはしないつもりだけど、その時は頼むよ。貴重な蘇生魔法がどういう感覚かも知りたいしね」


「……言っておくが、わざと死ぬなよ?」


 インフォの不穏な発言に対し、俺は釘を刺す。

 蘇生魔法は確かに使えるが、色々面倒なのだ。わざと死なれるのは困る。


「…………善処しよう」


 それはしない奴のセリフだ。


「ああ、ほら! そんな事よりも、急ごう。君達も、早くお仲間に会いたいだろう?」

 

 俺の視線に耐えられなくなったのか、インフォはわざとらしく話題を変えると先を歩きはじめる。

 その後、わざとかどうかは分からないが人気の無いルートを進み、とある洋館に辿り着く。


「ここが……?」


「ああ、ウロボロスが幽閉されている場所さ」


 俺の問いに、インフォはコクリと頷く。


「って、ちょっと待て幽閉だと? ウロボロスがか?」


 師匠がインフォの言葉に反応し、驚きの表情を浮かべる。

 そりゃ驚くわな。俺だって驚いてるもん。

 仮にも七罪の一人がそんな簡単に人間なんかに捕まるだろうか?

 

「流石にどうやって捕まえたかまでは、私でも分からないよ。ただ、ここに連れて来られたって事くらいだね」


 詰め寄る師匠に対し、インフォは困ったようにそう言う。


「……ここは、一体何なんですか?」


「そうだね、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな」


 レムレスに尋ねられると、インフォはもったいぶったような感じで言葉を続ける。


「――占星十二宮アストロロジカル・サイン


 インフォの口から出たその単語に俺達は体をびくりと震わせる。

 師匠だけは、子供みたいに目を輝かせていた。


「ここは、その組織の支部の一つで……主に麻薬を取り扱っている。ここ、グルメディアでも流通し始めてて、とある場所から依頼されていたんだ」


 なるほど。この街は食道楽都市……麻薬の流通もしやすいだろう。

 適当に誤魔化して、いくらでも紛れ込ませられるからな。

 だが、そうなると益々分からない。なぜ、そんな所にウロボロスが捕まっているのかが。


「ちなみに、占星十二宮アストロロジカル・サインの誰だ?」


 もし、ウェルミスなら色々楽なんだが。


「えーとね、確かここの管轄は麻薬部門の白羊宮アリエスでリーダーは、ドラッグ・ナーコティックっていう老人のはずだよ」


 どうやら、そう上手く話はいかないようである。全く知らない名前だ。


「なるほど、ならそのジジイをぶっ飛ばせば良いわけだな?」


 中身ババアが、何やら物騒な事を言いながら拳を鳴らしている。

 年で言えば、師匠の方が確実に年上の癖に。


「何か言ったか、ムクロ」


「何も言ってませんよ」


 思いはしたけど。


「いや、出来れば生け捕りが良いそうだよ。私の役目は、中の構造を調べる事。それを依頼先に教えれば、あとは彼らがやってくれるって訳さ」


 なら、俺達はあくまでウロボロス救出を最優先にしておけば良いわけか。


「そんじゃまぁ……ウロボロス救出へと向かいますかね」


 俺達はお互いに頷くと、目の前の建物へと入っていくのだった。

 ――表から堂々と。

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