第59話

 謎の襲撃があった俺達は、掘立小屋を後にしてグルメディアへと戻ってくる。

 ちなみに、まんまと逃がしてしまった俺は当然説教(物理)を喰らって何度か死んでいる。

 まったく……条件付きとはいえ、俺が不死身じゃなかったらどうするんだ。


「さて、これからどうしたもんか」


 とりあえず街には戻ってきたものの、手掛かりが何もない。


「そういえば、食堂のジジイがスラム街には情報屋が居るって言ってなかったか?」


「ああ、そういえばそんな事言ってましたね」


 師匠の言葉に、俺は食堂での会話を思い出す。

 

「なら、スラム街の方に行ってみましょうか? 他に手がかりも無い事ですし」


 レムレスがそんな事を言ってくるが……うーん。


「正直、面倒なんだよなぁ。スラム街とかもう厄介事しかなさそうだし」


「良いじゃないか、厄介事。ワシは好きだぞ。つまらん平和よりはよっぽど」


 そりゃ、師匠はそうだろうよ。

 戦うの大好きだし。……これは言ったら怒られそうだが、よくタマモ側に付かなかったなと思う。

 まあ、戦闘大好きではあるが曲がった事が嫌いな師匠だから、だろうな。


「そんじゃ、気は進まないけどスラム街に居るっていう情報屋の所に行ってみますかねぇ……」


「はーい!」


 やる気なく言う俺に対し、アグナは元気よく返事をするのだった。



「よぉ、兄ちゃん……綺麗どころ侍らせて良いご身分じゃばらっ!?」


「へっへっへ、痛い目にあいたくなきゃ金目のものべるさいゆ!?」


「なんと! 今、この幸運の壺を買うともう一個付きます! そして、気になるお値段はたったのーとるだむ!?」


 ……うざい。これ以上無いくらいうざい。

 スラム街に入ってから、数分おきに厄介事が向こうからやってくる。


「つーか、いくらなんでも治安悪すぎだろ」


 新興都市と聞いてたが、表とえらい違いだ。

 まあ、そういう急激な成長を遂げた都市とか国の裏側にはそれだけ闇が広がるとも言うしなぁ。


「うう……」


「どうした、アグナ」


 スラム街に入ってから、アグナが苦しそうな顔をしながら鼻をつまんでいるので尋ねる。


「うんとね……ここ、悪意の臭いが凄いの」


「悪意の臭い?」


「さっきの奴らの事じゃないか? 邪神だから、そういった人の感情に敏感なんだろう」


 ああ、なるほどな。

 ていうか、そういう場所は今までもあっただろうに、アグナがここまで露骨に反応するなんてよっぽどだな。

 アグナの為にも、さっさと用事を済ませて出よう。


「それにしても……その情報屋というのはどこに居るんでしょうね?」


 スラム街を進んでいると、レムレスが話しかけてくる。

 そこら辺のごろつきを捕まえて聞いてみたのだが、職業上恨みとかも買いやすいから特定の居住は持たないらしい。

 なので、奴に用事があるなら根気よく探すしかないそうだ。

 ……うん、超めんどくせぇ。


「MASTER。へい、MASTER」


 めんどくささに俺がげんなりしていると、ローブの袖を引っ張りながらレムレスがやたら流暢な発音で呼んでくる。

 たまに、レムレスの行動が読めなくて困惑してしまう。


「……で、何だよ。俺は今、情報屋を探す面倒さに辟易していた所なんだが」


「アレをルックしてください」


 お前はどこのルー〇柴だ。

 そんな事を内心でツッコみながら、俺はレムレスが指差した方向を見る。


『インフォの情報屋! 情報欲しい人はこちらまで!』


 と、顕示欲丸出しのド派手な看板が建物の入口に立て掛けられていた。


「……えー」


 なんというか……なんだろう。

 あまりのアレっぷりに、俺は言葉が出てこなかった。



 あからさまに何かの罠なんじゃないかと疑いたくなる看板に引きながらも建物の中に入り、これまた派手な案内板に沿って進むととある部屋に辿り着く。


「ようこそ、インフォの情報屋へ。私が所長のインフォだ」


 出迎えてくれたのは、二十代半ばくらいの金髪の女性だった。

 右目が前髪で隠れており、左目は三白眼でクマが酷い。

 色白な肌が不健康な生活を送っていると予想できる。

 服装は、ドイツの民族衣装であるディアンドルに似た感じで胸元が強調されている。

 凄く……眼福です。本当にありがとうございました。


「所長……という事は、他にもいらっしゃるんですか?」


「いや? 私一人だが」


「……? ならば、なぜ所長と? 一人しか居ないのであれば、普通に名乗ればいいのでは?」


 レムレスの疑問ももっともだ。他に部下なりなんなりが居るなら良いが一人しか居ないなら肩書きは必要ないように思える。


「ふん、愚問だね」


 インフォは、ヤレヤレと肩を竦めつつ首を横に振る。


「良いかい? 所長と名乗った方が……カッコいいだろう?」


「なぁ、ムクロ。こいつ、ぶっ飛ばしてもいいか?」


「やめてください、死んでしまいます」


 ウザいのは確かだが、師匠がぶっ飛ばしてしまったらあっさり死んでしまう。

 蘇生魔法こそ使えるが、殺されたという事実は変わらないのでへそを曲げられて仕事を受けてもらえなかったら困る。


「……ちっ、なら後でそこら辺のごろつきを絞めて憂さ晴らしするか」


 師匠は、俺の言葉に舌打ちしながらそう答える。

 ごろつきの皆さんはご愁傷様である。


「ははは、賑やかな人達だね」


 そして、当の本人であるインフォは凄く楽しそうに笑っている。

 

「さて、この愉快なパーティのリーダーは君でいいのかな? 骨のお兄さん」


「ああ、一応俺がリーダーに……って、今なんて?」


 インフォの質問に答えようとしたところで、俺は違和感に気づき尋ね返す。


「骨のお兄さんと言ったんだよ。ハーレムで羨ましい限りだ」


 インフォは、ニヤニヤと楽しそうな表情を崩さないままサラッとそう言い放つ。

 俺は、もしかして気づかない内に人化が解けてしまっていたのかと焦って自分の体を確認する。

 しかし、俺の体は人化したままだった。


「ああ、骨のお兄さんの恰好は人間だよ。ただ、私の右目・・は少々特殊でね」


 インフォはそう言うと、前髪で隠れている自分の指差す。

 

「……なるほど、魔眼か。それも、魔法看破系の」


 インフォの言葉に、師匠が納得したように頷く。

 

「ご名答。職業柄、命を狙われることが多いんでね。この魔眼は重宝するんだよ。ちなみに、そこのメイド服の子はフレッシュゾンビ。ゴスロリの子は……うーん、ちょっと分からないな」


 まあ、アグナはそう簡単に分からんだろうな。

 邪神を知らないといけないしな。


「その割には、入口の看板とか物凄く目立っていましたが」


「うん、すっごく目立ってた」


 レムレスとアグナの言葉に、インフォはフフッと笑う。


「あれは、私の趣味だから気にしないでくれたまえ」


 嫌な趣味だ。


「それで? 依頼を聞こうじゃないか。君達は、どういった用件で私の所へ来たんだい?」


 ああ、そうだった。

 インフォのキャラが濃いせいで、すっかり忘れていた。


「実は、南の森に居たという……」


「ナーガ……いや、七罪の王セブンス・ロードの一人であるナーガの魔人、暴食の王ロード・オブ・グラトニーのウロボロスの居場所かな?」


 俺が全て言う前に、インフォは全てを察したような顔でそう言う。


「なんで、分かった?」


「分かるさ。南の森はごく平凡な森だ。わざわざ、そこに居た存在を探しにここまで来るとなれば、一ヵ月くらい前まで噂になっていたナーガくらいしか居ない。そして、ギルドは掴んでいないがそのナーガはウロボロスという事まで分かっている。確か、飢餓の叡智とも呼ばれていた博識な魔人だったね」


 ――驚いたな。流石、情報屋は伊達じゃないという事か?


「大方、昔の仲間を探しに来たという事かな? 憤怒と怠惰の王様・・・・・・・・


 そして、続けて発せられたインフォの言葉に俺は思わず身構える。

 こいつ……そんな事まで把握してるのか!

 隣を見れば、師匠も臨戦態勢に入っていた。


「おっと、勘違いしないでくれ。私は、別にどうこうするつもりはない。そもそも、私に戦闘力は無いからね。そこら辺の一般人と変わらないよ」


 俺達の態度を見て、インフォは軽く手を振りながら答える。

 ……少なくとも、嘘を言っているようには見えない。


「そもそも、手配書は大陸中のギルドに貼られているんだ。私のように情報を商売にしてるなら、すぐに気づくさ」


 そうか……俺はともかく、師匠は変装とかまったくしてないからな。

 それでバレないのも、それはそれでどうかと思うが。


「さて、話が少し脱線してしまったね。結論から言おう」


 インフォはそう言うと、コホンと軽く咳払いをする。


「ウロボロスの所在は大体掴んでいる。勿論、君達に教えてあげても良い。……ただし、条件がある」


「金か? 金なら、一応払えるが」


「いや、金じゃない。ああ、まぁ金もそうなのだが、ウロボロスが居る場所というのが問題でね……実は、他からも依頼されていてそれが関係してるんだ」


「うーん? それって、どういうことなの?」


 いまいち言わんとしていることが分からないのか、アグナが疑問符を浮かべてしまっている。


「ああ、ごめんね。依頼人については話せないが、私はその依頼によってその場所へと赴かなければならない」


 ああ、なるほど。そういう事か。


「つまり、ウロボロスの場所を教えてやるから自分を連れていけ……って事だな


「そういう事だ。さっきも言った通り、私は腕っぷしに自信が無い。とはいえ、一度受けた依頼を断るのもしのびない。そこへ、君達が現れたという訳だ。七罪の二人が居るパーティなんて、これ以上ないくらいの戦力だろう」


 まあ、俺と師匠が居れば大抵はどうにかなる自信がある。


「私を連れて行かないというのなら、ウロボロスの居場所は教えられない。どうだろうか?」


 ふむ、まあ俺としては一人二人増えた所で変わらない。

 死んじゃっても蘇生させればいいし。


「俺は別に良いけど」


「ワシも構わんぞ。枷は多い方が燃えるからな」

 

 なんとも師匠らしい答えである。


「私はマスターの指示に従うまでです」


「私もお兄ちゃんが良いなら良いよ! 人がいっぱいいた方が楽しいし!」


 どうやら、満場一致でインフォが入るのに賛成なようだ。


「――という訳だ」


「おーけー、商談成立だね。よろしく頼むよ」


 インフォはそう言うと、楽しそうに笑うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る