第58話

「という訳で、南の森へとやってきました」


「誰に言っているんですか? マスター」


「変なお兄ちゃん」


 俺の唐突の行動にレムレスとアグナが怪訝な顔でこちらを見てくる。


「いやほら、俺達が今どこに居るかを分かりやすく説明しないと」


「誰にだよ」


 誰にだろうか。


「まあ、バカは放っておいてウロボロスの痕跡を探すぞ」


 師匠が、呆れたようにこちらをチラリと見ながらそう言うとさっさと先に行ってしまう。



 その後、俺達は襲い掛かるモンスター達を瞬殺しながらウロボロスを探す。

 なんでもこの森は、二等級以上がパーティを組んで来る場所らしいが、俺達にかかればここのモンスターなど雑魚に等しい。


「……ちっ、ここのモンスター共、弱すぎるぞ……!」


 俺は、楽で良いと思ったのだが師匠は不完全燃焼らしく物凄くイライラしていた。


「まずいな。何とか気を逸らせないと爆発してしまう」


「そんなに危険なんですか?」


 俺の呟きが聞こえたのか、レムレスがこっそり耳打ちしてくる。


「ああ。師匠は憤怒を司るから、怒りの沸点がかなり低い。一度爆発すると、俺でも止めるのに何回死ぬのか分からない」


「なるほど。マスターが何回か死ぬことで収まるなら大丈夫ですね」


 どういう意味だおい。


「あ、お兄ちゃん! あそこに何か小屋みたいなのがあるよ!」


 俺がレムレスにツッコもうとしたところで、アグナが指を差す。

 指を差された方を見れば、そこには確かに小屋があった。

 特に何の変哲もない普通の掘立小屋だ。


「師匠師匠。もしかしたら、あそこがウロボロスの住んでた家かもしれませんから行ってみましょう」


「あ? ……ああ、本当だな。なら、行ってみるか」


 俺が話しかけると、師匠はジロリと殺気満点の視線でこちらを睨むが小屋に気づくとすぐに怒りをおさめる。

 師匠は怒りの沸点も低いが、爆発さえしなければおさまるのも早い。

 こうやって違う方に気がいけば、あっという間に静まる。ちょろい。


「今、何か失礼な事を考えなかったか?」


「滅相も無い」


 グリンと首を回して尋ねてくる師匠に、俺は心外だとばかりに首を横に振って否定する。


「……」


 しばらく疑わし気にこちらを睨む師匠だったが、時間の無駄と分かったのか再び小屋の方を見て歩き出す。

 ……良かった骨で。骨には表情が無いからこういう時は凄く便利だ。


「中は……誰も居ないな」


 師匠が背伸びをしながら、窓から小屋の中を覗き込んで呟く。

 背伸びする師匠にちょっと萌えたのは内緒だ。


「鍵も掛かっていませんね」


 レムレスが扉に手を掛けると、何の抵抗も無くすんなりと開く。

 俺達は、お互いに顔を見合わせて頷くと小屋の中へと入る。

 小屋の中には木製のテーブルとベッド。あと、何故か調理器具が無駄に充実していて最新器具ばかり揃っていた。

 あ、もちろんこの世界の中での最新という意味だ。


「変だな」


「何がですか、師匠」


「椅子が、無い」


 師匠の言葉を聞いて、俺はそういえばと思う。

 テーブルやベッドがあるのに、なぜか椅子だけが無い。

 考えられる要因としては、椅子を必要としなかったか壊れたかのどっちかだろう。

 もし、椅子を必要としなかったのであれば……、


「やっぱり、ウロボロスの住んでた小屋……ですかねぇ」


「だな」


「どうしてそう言い切れるの? 他のナーガだったりとかしないの?」


 俺と師匠が断言するのを見て、アグナが不思議そうに尋ねてくる。

 確かに、他のナーガという可能性もあるだろう。

 だが、彼女を知っている俺達ならではの断言できるポイントがある。


「調理器具がね、充実しすぎてるんだよ」


 フライパンにまな板に包丁に……調理器具と言えるものは全て揃っていると言って良いだろう。

 そして、どれも小まめな手入れをしてあるのかぴかぴかだ。

 もっとも……ここしばらく使用してる雰囲気は無かったが。

 よく見れば、他の家具にも埃が積もっている。

 少なくとも一ヵ月近く、誰も居なかった証拠だ。


「ウロボロスは暴食を司る王。暴食だけあって料理を作るのも好きでな。調理器具の手入れには、かなり力を入れてたんだよ」


「……なるほど、確かに調理器具が凄く丁寧に手入れされていますね」


 俺の言葉を聞いたレムレスは、納得したように頷きながら調理器具を繁々と眺める。


「そして、多分ウロボロスは何らかの厄介事に巻き込まれた」


「何故分かるんですか?」


「そこに調理器具があるのが証拠さ。ウロボロスは、どんな理由が有っても調理器具だけは絶対に手放そうとしない。そして、ここしばらく小屋に帰ってきた形跡が無い。ギルドとかでも一ヵ月前からぱったりと目撃しなくなったって言ってたしな」


 手放すはずの無い調理器具を置いてどこかへ消えたウロボロス。

 まず、間違いなくトラブっている。


「だが、どこに行ったかまでは分かりそうにないな」


「そうですね」


 小屋の中は争った形跡も何も無い。

 何かの厄介事に巻き込まれたのは分かったが、それまでである。


「師匠って探索の魔法とか持ってませんでしたっけ」


「あいにく、ワシは持っていないな……そこの嬢ちゃん達はどうなんだ?」


「私は肉弾戦専門ですので、魔法は専門外なんです」


「私も邪神だから、攻撃魔法くらいしか分かんない……」


 ふーむ。こりゃ、完全に行き詰ったな。

 当然ながら、俺も闇魔法しか使えないので探索魔法などという便利な魔法は持ち合わせていない。


「…………」


 俺達が悩んでいると、師匠が無言で手招きをする。

 何事か尋ねようとしたら、ジェスチャーで黙るようにと指示されたので、俺達は無言で師匠のもとへと集まる。


「どうしました、師匠」


「外に誰か居る……」


 俺が小声で尋ねると、師匠も同じように小声で尋ねる。

 師匠に言われて気配を探ってみると、確かに数名が取り囲んでいるようだ。

 

「言われるまで気づかなかった……」


「どうやら、奴らは気配を隠すのに長けているようだからな。ワシでさえも、ついさっき気づいたくらいだ」


 師匠でさえも気づくのに遅れたという事は、かなりの手練れという事になる。

 周りを囲んでいる奴らは、何やら殺気を放っていて穏やかじゃない雰囲気を漂わせていた。


「お前ら、心当たりはあるか?」


「まあ……ありすぎますね」


 まず、俺と師匠は賞金首だしアグナは邪神だし。

 狙われるには充分すぎる。


「あ、でも……もしかしたら」


「何だ?」


「ほら、師匠に説明したじゃないですか。因縁がある組織があるって」


占星十二宮アストロロジカル・サインか」


 師匠の言葉にコクリと頷く。

 ウェルミスが、隠密活動に長けた部隊があると言っていたが恐らくは、今俺達を囲んでいる奴らがそれだろう。

 そう考えれば、気づくのに遅れたのも納得がいく。

 俺達は、確かに気配を探る事が出来るが、気配を消す事に長けた奴には勝てない。

 それぞれの専門があるからだ。


「……よし、ならば潰すか」


「いえ、師匠は大人しくしていてください」


「あ゛?」


 怖い怖い。

 師匠、頼みますから睨まないでください。


「ほら、師匠って爆発すると手加減できないじゃないですか。流石に、跡形もなく消し飛ばされたら蘇生できませんもん」


 蘇生は、あくまで器があって初めて使える。存在そのものが無くなってしまえば、蘇生させて情報を聞く事も出来ない。


「ぐ……否定できん……」


 俺の言葉に、師匠はぐうの音も出ないようだった。

 怒りの沸点が低い人ではあるが、話が通じない訳では無いのだ。師匠は、意外と自分を客観視できている部分がある。

 そこら辺が、傍若無人なのに嫌いに慣れない理由だ。


「という事で、俺が行きます。万が一、罠だった時の為にレムレスとアグナも待機」


「了解です」


「わかったー」


 奴らの狙いが分からない以上、保険はかけておいた方が良い。

 最悪、俺だけ罠にかかっても後は師匠達が何とかしてくれるだろう。

 この後のやり取りを決めると、俺は人化する。

 もしかしたら、どこかに伏兵が居て俺がリッチだという情報を広められるかもしれないからな。

 ……まぁ、森に入った時からつけられていれば無駄になってしまうんだが、その時はその時だ。


無限棘槍ゲイ・ボルグ!」


 タイミングを見計らい、小屋から出ると同時に魔法を放つ。


「ぎゃああああっ!?」


  全長一メートル程の漆黒の槍が飛んでいき、対象の一人に突き刺さると体内で三十のやじりに爆散する。

 まずは一人。とりあえず死体は残るので蘇生は使えるだろう。


「さぁ、次の……っ!?」


 他の奴らも続けて殲滅しようとしたところで、俺は思わず呆気に取られる。

 先程まで俺達を囲んでいた殺気が跡形もなく消え去ったのだ。

 そして、その一瞬の隙を突いたのか死体も消えていた。

 どうやら、俺が攻撃してきたことで不利を悟り撤退したようだ。


「それにしても、早すぎるな……」


 一人を倒して次の攻撃に入るまで数秒も無かったはずだ。にもかかわらず、全員が一瞬で撤退。

 まるで、最初から撤退することが決まってたかのような動きだ。


「……なんだか、すんげぇめんどくさそうな事が起こりそうだなぁ」


 俺は、これから起こるであろう厄介事にげんなりする。

 そして、奴らをまんまと逃がしてしまった事で、師匠から盛大にどつかれる未来も予想できたので、俺はより一層げんなりとするのだった。

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