第55話
「お、やっと見えてきた」
師匠との戦闘を終えて、俺達は村へと戻ってきていた。
なんとか勝った俺だったが、師匠が理性ぶっ飛んでいたせいであれから鎮めるのにえらい時間が掛かってしまった。
もはや、何回死んだか分からない。
「いやー、すまんのな。ムクロが存外強くなっていたから、つい我を忘れてしまった」
「勘弁してくださいよ、まったく。憤怒を司ってるから仕方ない部分はありますが、少しは自重してもらわないとこっちだって大変なんですから」
軽く謝ってくる師匠に対し、俺は非難の視線を向けながら文句を言う。
「うむ。善処しよう」
師匠は、俺の言葉にコクリと頷くがそのセリフは結局何もやらない奴のセリフである。
「さて……ワシは村長の所に行くが、ムクロはどうするのだ?」
「俺の連れが村長の家に一緒に行ってるはずなので、ついていきますよ。案内してください」
「分かった。ならば、ワシについてくるがいい!」
師匠は、その小さな胸を叩き自信満々にそう言い放つ。
――が、これは予想できたのだが師匠は方向音痴であるので、当然そう簡単に辿り着かない。
結局、それから三十分くらい歩き回った所で、見回りに出ていたレムレスとばったり出会い、そのまま村長の家へと一緒に向かったのだった。
◆
「――さて、改めて自己紹介しよう。ワシの名前はカーミラ・エルゼベエト。真祖の吸血鬼で職業は
村長の家に行き、落ち着いた所で師匠が自己紹介をする。
ちなみに村長さん達はもう寝てしまっているので、起こしていない。
わざわざ起こすのも可哀そうなので、明日改めて報告しようと決めたのだ。
「お初に御目にかかります。マスターの従者をやっているレムレスと申します。以後、お見知りおきを」
「アグナキアだよ。えっとね、私は邪神アグナキアの一つで無垢を司ってるよ」
レムレスとアグナの自己紹介を聞いて師匠はピクリと反応する。
「……おい、ムクロ」
「何ですか?」
「レムレスの嬢ちゃんの方は分かる。だが、邪神って……あの邪神か?」
「ええ、あの邪神です」
俺は、アグナの経緯を師匠にかいつまんで説明する。
「……なんともまぁ、面倒な事に巻き込まれているな」
「まったくです」
「だが、すごく楽しそうだ。
師匠はそう言うと、子供のような無邪気な顔をして舌なめずりをする。
……うん、
なにせ、師匠に目を付けられてしまったのだから。
まじご愁傷様。
「それはそうと、アグナとやら」
「ん? なぁに? カーミラちゃん」
「カ、カーミラちゃん……。ま、まあいいか」
外見年齢が近いせいか、アグナが師匠をちゃん付けで呼ぶと少し驚きつつも受け入れる。
多分、俺が同じように呼んだらぶっ殺されるな。
「それで、アグナよ。お前は邪神の一部と言ったな?」
「うん、そうだよ。私は七つに分かれた内の一つなの。だから、力も七分の一くらいしかないから、そんなに強くないよ」
とアグナは言うが、それは邪神としては弱いというだけであって一般人からすれば充分に驚異的な強さだ。
「ふむ……よし、ならばワシと戦ってみんか?」
「……師匠」
「だ、だって! 邪神と戦う機会なんてないから戦いたいんだもん!」
もん! じゃねぇよ、年考えろよ師匠。
その口調が許されるのは正真正銘の少女だけだ。決して、ロリババァが使って良い言葉では無い。可愛いが、年を考えるとかなりきつい。
「…………」
「う……わ、分かった分かった! 戦わん! 戦わんからそんな目でワシを見るな!」
俺がジーッと無言で見つめていると、居心地が悪くなったのか師匠は腕組みをしながら不満そうにそう言う。
「アグナも、変な事聞いたりして悪かったな」
「ううん、気にしてないよ。カーミラちゃん」
謝る師匠に対し、アグナは天使のような笑みを浮かべながら首を横に振る。
「師匠は、いつもの事だから流すとして、もう夜も遅いし今日は寝てしまおうか。レムレス、部屋とかって割り当てられてたりする?」
「はい。村長さんから是非にと客間を割り当てられています」
おお、良かった良かった。どうやら、すぐにでも寝れそうである。
師匠との戦闘で精神的に疲れてるから、寝て精神を回復させたかったのだ。
「……ですが、その前にカーミラさんに聞きたいことがあります」
「ん? なんだ、何でも聞いてみい。ワシに答えられることがあれば答えるぞ」
レムレスがキラリと目を光らせながら尋ねると、師匠は鷹揚に頷きながらそう言う。
レムレスは、一体師匠に何を聞くつもりなんだ……?
「…………ずばり」
レムレスは、どこか緊張したような面持ちで沈黙した後、口を開く。
「カーミラさんとマスターは……その……恋仲だったのでしょうか?」
「ぶふぅ!?」
レムレスの予想外の質問に、俺は思わず吹き出してしまう。
この子は、師匠に一体何を聞いてるんだ!
「レムレス、そういうのはちょっと……」
「マスター、黙っていてください。これは、非常に大事な事なんです」
レムレスに注意しようとしたが、彼女にかつてない程の真剣な顔で睨まれてしまったので、俺は押し黙るしかなかった。
「……ははぁ、なるほどの」
腕組みをしながらレムレスの真意を探っていた師匠は、何かが分かったのかニヤリと笑う。
「レムレス、と言ったか? ちょっと、こっちへ来い」
「……はい」
師匠が何やらレムレスを手招きすると、彼女はチョコチョコと師匠の元へ近づき耳を近づける。
何を話してるのか気になり、俺も近づこうとしたら師匠に押し留められてしまった。
「レムレス……で……か?」
「……はい」
小声で話しているせいで、師匠の言葉が断片的にしか聞こえない。
くそう、滅茶苦茶気になる。
「くっくっく、やはりそうか」
レムレスとの会話を終えた師匠は、どことなく嬉しそうに笑う。
「レムレス。安心せい。ワシとムクロはそういう関係では無い。……もっとも、出会った当初はムクロはワシに惚れてたみたいじゃがな?」
「ちょ、師匠! それは言わないって約束じゃ……」
「ほう……?」
内緒にしてくれと頼んでいた事をあっさりと話してしまう師匠に慌てていると、地の底から響くような声に俺はピタリと止まる。
「マスター?」
そこには鬼が居た。いや、見た目はレムレスだが纏うオーラは間違いなく鬼や悪魔の類だった。
「あ、いや……違うんだよ。レムレス。惚れてたって言っても、それはもう何十年も前の話で……」
俺は、まるで浮気がばれた彼氏のように慌てながら弁解をする。
「大丈夫ですよ、マスター。私は分かってますから」
言葉ではそう言っていても、纏う雰囲気が分かって無いと主張している。
「……カーミラさん」
「なんだ?」
「その話……詳しく聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、私も聞きたーい」
レムレスに便乗するように、アグナが元気よく手をあげる。
「あの……レムレスさん?」
「マスター。私達は客間でマスターの話を聞いてきます。ですので、ここで一晩大人しくしていてください」
「え……でも」
「良いですね?」
「はい」
何故かレムレスから並々ならぬ気迫を感じた俺は、情けないながらもそう答えるしかなかった。
「よーし、それじゃあワシがムクロに出会った頃からの話を赤裸々に語ってやろう」
そして、師匠は嬉々としてそんな事を言っている。
……俺、明日まで生きてるかなぁ?
基本的に不死身である俺は死の予感に震えながら一夜を過ごすのだった。
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