第54話
「お兄ちゃん……遅いね」
「そうですね」
コボルト退治に向かったまま戻ってこないという冒険者の話を聞いたマスターは、何やら焦ったような様子でその冒険者を探しにコボルトの巣へと向かいました。
すれ違いになったり、私達が居ない間にコボルトにこの村を襲わせるわけにはいかないという事で、私とアグナさんが村長さんの家で留守番する事となりましたが、あれから既に二時間程経過しています。
「何か……あったのかな」
アグナさんは、先程からこのようにマスターを心配するような事ばかり言っています。
こんな風に他人を心配する少女が邪神だなどと、誰も分からないでしょうね。
そんな事よりも……私やアグナさんをここまで待たせるなんて、マスターは何様なんでしょうか。
これは、何か罰を与えないといけないかもしれませんね。
まあ、その前にアグナさんの心配を取り除いて差し上げるのが先決でしょう。
「大丈夫ですよ。マスターは、腐っても七王の一人です。まず大丈夫でしょう」
もしマスターをどうにかできる存在が居るとすれば、不死殺しの武器かマスターが師匠と呼んでいる方だけだと思います。
「そうかな? そうだと良いけど……」
私の言葉が効いたのか、アグナさんは若干表情を和らげます。
「お嬢さん方。今夜はもう遅いから、寝てはどうかね? 連れの方もきっと、先に行った一等級の冒険者様を探すのに手間取っているのじゃろう」
私達が今で雑談をしていると、村長さんが話しかけてきます。
「いえ、おかまいなく。私達の役目は、この村をマスター達が戻るまで守る事です。護衛が寝てしまっては意味が無いですから」
「そんなもんかのう……。ワシとしては、若い
「お気遣い感謝いたします。ですが、これが私達の仕事ですのね……」
「ふむ……。なれば、せめて温かい飲み物でも用意しよう。少し待ってなさい」
村長さんはそう言うとキッチンの方へ行き、なにやらゴソゴソしていたかと思うと二つのティーカップをお盆に乗せて戻ってきます。
「ほれ、ココアじゃ」
「ありがとうございます」
私は、お盆ごと受け取りアグナさんと私の前にティーカップを置きます。
ティーカップからは湯気が立ち込めており、甘い匂いが鼻腔をくすぐります。
「では、ワシは申し訳ないが寝室に居るでの。何かあったら、遠慮なく声を掛けておくれ」
「了解いたしました。おやすみなさいませ」
私は、就寝するという村長さんに深く頭を下げて見送りいたします。
村長さんを見送り振り返れば、アグナさんがココアを冷ましながら飲んでいる所でした。
私も、椅子に座りカップを持ち上げ一口飲みます。
程よく甘いココアがとても美味しかったです。
「……」
「……」
さて、困りましたね。
ココアを飲んで一息ついたのは良いですが、会話のネタが無く沈黙してしまいました。
普段は、マスターという緩衝材が居る為に賑やかでしたが、元来私は話すのが得意ではありません。
一度話の流れが切れてしまうと、再開するのは至難の業です。
こういう時は、空気を読まずに話を続けられるマスターを素直に尊敬いたします。
「…………ねえ、お姉ちゃん」
どういう話をしたものか悩んでいると、アグナさんが話しかけてきます。
「何でしょうか?」
「お姉ちゃんは……どうしてお兄ちゃんと一緒に居るの?」
「それは、私とマスターが契約しているから……」
「ううん、そうじゃなくて」
私が理由を答えようとすると、アグナさんは首を横に振ります。
はて、どういう事でしょうか?
「えっとね、どうして契約することになったのかなって。ほら、お兄ちゃんって完全蘇生が使えるでしょ? なのに、なんでお姉ちゃんはずっとゾンビのままなのかなって思って」
なるほど。確かに……完全蘇生が使えるのに使わないというのは他人から見れば不思議ですね。
ふむ……良い機会ですし、話しても良いでしょう。マスターが居たら絶対に話せませんし、こんな事。
「そうですね……では、まずは私とマスターの出会いから話しましょうか。聞きたいですか?」
「うん! 聞きたい!」
私の問いに、アグナさんは満面の笑みを浮かべて答えます。
私はそれに頷きながら、過去の事を思い出しつつ話し始めます。
「……生前の私は、奴隷というものでした」
「お姉ちゃんが?」
「ええ。家の家計が苦しくて口減らしに売られるという、よくある理由ですね。と言っても、実際に奴隷として何かをしたことはありません」
私の言葉にアグナさんは不思議そうに首を傾げます。
「奴隷商人に売られた奴隷は、まず奴隷市場がある街まで運搬されるんですよ。それで、私も他の奴隷達と運ばれていたんですが……途中で、私は当時の風土病に罹ってしまったんです」
詳しい病名は忘れてしまいましたが、確か空気感染するもので一度罹ればまず助からないと、当時は言われていました。
「当然、商人としても使い物にならなくなった商品は要りません。私が病気になったと知るや、街道に打ち捨てていったんです」
「ひどい! お姉ちゃんは、何も悪くないのに!」
私の説明を聞いて、アグナさんはドンとテーブルを叩きながら憤慨します。
ますます邪神らしくない方です。
「もう過去の事なの、で気にしてないから大丈夫ですよ。それでまぁ……当然ながら、私が助かるはずもなくその後すぐに死んでしまったわけです」
あの時は絶望しか無かったですね。体中が痛くて、呼吸も満足にできない。
誰も助けてくれないしで、あの時はこの世の全てを怨みました。
――どうして、私がこんな目にあわなくてはいけないのかと。
「そして、死後に私はあの人と出会ったんです」
「もしかして、それが……」
「ええ、マスターです」
◆
「……ここは?」
私が目を覚ますと、そこは見知らぬ小屋の中でした。
「お、目が覚めたか?」
「え? ……ひぃっ! モ、モンスター!?」
声を掛けられそちらを向くと、そこにはボロボロのローブを来たスケルトンが立っていました。
見た目は貧弱でしたが、私には充分脅威な存在です。
「おいおい、助けてやったのにそれはないだろ」
スケルトンは、まるで人間みたいに肩をすくめて呆れたように言います。
助けた……? このモンスターが?
「って、あれ……苦しくない……」
ふと我に返ると、あれだけ苦しかったものが綺麗さっぱり無くなってます。
もしかして、治ったんでしょうか?
「お前はな、一度死んで俺の魔法で蘇ったんだ。アンデッドとして、だけどな」
「アンデッド……私が、ですか……?」
にわかには信じられませんでした。死んだ人をアンデッドにしてしまう魔法など、禁止されている闇魔法くらいしか無かったからです。
「ああ。本当は、完全な状態で人間として蘇生する事も出来たが……あえてやらなかった」
「どうして、ですか?」
見た目はモンスターで怖かったですが、話したところそんなに悪い人にも見えなかったので、私は恐る恐る尋ねます。
「まあ、これは完全に俺のワガママになるんだが……話し相手がな。欲しかったんだ」
モンスター……いえ、スケルトンさんはそう言うと恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きます。
「それに、あの状況を見るに、お前は奴隷だったが捨てられたんだろ? そこへ人間として蘇生させても、不幸にしかならないと思ってな」
……確かに、私は奴隷として売られました。
生き返ったとしても行く先などないし、働く術もありません。
もちろん、私を売った両親の元にも帰れません。
生活が苦しくて私を売ったのに、私が戻れば意味が無くなってしまうからです。
「それで……私は、どうすればいいんですか?」
「意外と冷静なんだな? もっと取り乱すかと思ってたぞ」
「多分、これ以上無いくらい苦しい死に方をしたからだと……思います。あれに比べたら、今の状況なんて天国です」
もしかしたら、今からこのスケルトンさんに惨たらしく弄ばれるかもしれませんが……不思議と、そう言う事はしない人だと感じました。
「その年でもう悟りの境地に達したのか……」
スケルトンさんは、なんだか呆れたようにそんな事を言います。
「こほん。まあ、あれだ。さっきも言った通り俺の話し相手になってほしいんだ。一人で過ごすってのが、案外寂しくてな。こう言っちゃあれだが、タイミングが良かったよ」
スケルトンさんはそこまで言うと、何かに気づいて慌てながら付け足します。
「あ、もちろん無理強いはしないぞ? 君が望めば、完全に蘇生してあげるしこのまま死にたいというのなら安らかに死なせることもできる」
「……私は、人間に戻っても行くアテがありません。それに、折角生き返った? のに、また死ぬというのも嫌です」
勝手に蘇らせて勝手に私の思いを代弁する悪いスケルトンさんに、私は少しだけ意地悪を言います。
「だから……ちゃんと最後まで私に対して責任を取ってください。そうですね……話し相手にでも、なってくれますか?」
私の言葉に、スケルトンさんは驚いた様子でしたが嬉しそうに笑ったような感じがしました。
骨なので表情はありませんが、なんとなくです。
「そう……か。それじゃ、よろしくな。あっとそうだ。俺の名はムクロウ・シカバネ。皆からはムクロって呼ばれてる。君は?」
「私は……レムレスです。よろしくお願いします。ムクロさん」
それが私ことレムレスとムクロさんの出会いでした。
◆
「……とまぁ、こんな感じですね」
あの頃の私はまだ純粋でした。
しかし、マスターは基本的に怠け者で誰かが発破をかけないと何もしませんでした。
なので……私は、心を鬼にしてマスターに接しているのです。
彼は全然分かってくれませんが。
それから二十年……他にライバルが居ないからと安心してたのですが、急にマスターが旅に出ると言い出して私は焦りました。
マスターの事だから、確実にモテます。特にあの人間形態はマスターの理想の外見なのでハーレムなんて余裕です。
ですから私は、マスターが人前であの姿になるのは好きではありません。
私のマスターが誰かに取られてしまうかもと不安になりますから。
ですが、私にはマスターを止める権利はありません。
旅に出てからは、私なりにマスターにアプローチしてるのですが全く気付いてくれません。
……なんだかムカムカしてきましたし、やはり帰ってきたらマスターに何か罰を与えましょう。
「お姉ちゃん……色々あったんだね」
アグナさんは、感心したような表情でウンウンと頷きます。
「……お姉ちゃん、ちょっと聞いていい?」
「何ですか?」
「お姉ちゃんってさ、お兄ちゃんの事……」
「ええ……大好きですよ?」
アグナさんの問いに対し、私は自信を持ってそう答えるのでした。
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