第52話

「師匠」


「なんだ?」


 師匠の相変わらずっぷりに半ば呆れながらも話しかけると、師匠は首を傾げながらこちらを見る。

 人形みたいに整った顔立ちのせいで、動作の一つ一つが絵になる。

 もし、師匠の本性を知らなければ今も惚れたままだっただろう。


「あのですね。師匠はコボルト退治の依頼を受けてここに来たんですよね?」


「うむ」


「それで迷ったから出れなくて困っていた、と」


「そうだ」


 俺が一つ一つ状況を確認していくと、師匠はその度にコクリと頷く。


「そして、俺が迎えに来たんで一緒に帰りましょうと言いました」


「その前に戦いたいとワシが言った」


「だから、なんでだよ!」


 相手が師匠という事も忘れ、俺は全力でツッコむ。

 どこをどうやったら帰る前に戦うって発想が出るんだよ!

 馬鹿なのか? 師匠は馬鹿なのか? ……戦闘馬鹿だったわ。


「ムクロよ、ワシを見くびるでない。ワシだって、そういつも戦闘の事ばかり考えている訳では無いぞ?」


 俺の心情を察したのか、師匠はそんな事を言ってくる。


「過去の事とはいえ、ムクロはワシの弟子。久しぶりに会ったのなら、弟子の今の力を知りたいというのは当然の事だろう?」


 ……まあ、確かに百歩譲って納得できなくはない。だが、


「本音は?」


「コボルトが弱すぎて、全然発散できてないから暴れたい」


 俺の問いに対し、師匠はそうきっぱりと答える。

 うん、知ってた。


「……分かった。分かりましたよ。戦えばいいんでしょ、戦えば」


「ふははは! そう来なくてはな!」


 俺がため息交じりに答えると、師匠は心底嬉しそうな顔をしてテンションを爆上げする。

 ああもう、いい年して無邪気に喜んで可愛いんだから。


「それで、戦うのは良いとして条件はどうするんですか?」


 不死同士の戦いというのは、基本的に勝敗をつけるのが難しい。

 なにせ、どちらも死なないのだから。

 明確な実力差があれば別だが、俺と師匠の実力差は僅差と言える。

 

「ふむ、それなんだがな。ムクロよ、貴様は今どのくらいストック・・・・がある?」


 ストックというのは、俺の残機の事だ。

 師匠は、正真正銘の条件の無い不死身だが、俺は残機制の不死身だ。


「冒険者として、結構モンスター狩ってきたんで少なくとも三桁はありますね」


「ふむふむ」


 俺がそう答えると、師匠は顎に手を当て何事か思案する。


「よし、あまり長引いてもアレだからな。これでどうだ?」


 師匠は、指を一本立てて俺の前に差し出す。

 

「十回。十回、先に死んだ方が負けという条件で問題ないな?」


 まあ、それなら勝敗もつきやすいし良いだろう。


「分かりました。それで大丈夫です」


「よし! なら、早速始めるぞ!」


 師匠は、スキップしそうなほどの軽い足取りで俺から距離を取る。

 右手には、全体が真っ黒な細長い棒が握られている。


「それじゃ、このコインが地面に落ちた時が戦闘開始の合図だ」


 師匠は、懐からコインを一枚取り出すとそれを弾く。

 コインはくるくると回転しながら地面へと落下し、チャリンと音をたてる。


「まずは、ワシのリードだな」


「っ!?」


 目の前に居た師匠から目線を外したつもりは無かった。

 しかし、気づけば師匠は俺の後ろに居り、黒く巨大な斧を振りかぶっていた。

 

「く……っ!」


「遅いわ」


 俺は、慌てて魔法を発動しようとするがそれよりも早く、斧により両断されてしまう。

 死んで靄状になった俺は、距離を取って離れた場所で復活をする。


「くそ、相変わらず早いな……つーか、師匠! 何ですか、それ!」


 師匠が持っている黒い武器は、今度はロングソードの形へと変化していた。

 どう見ても普通の武器ではないのは確かである。


「ああ、これはワシが一人旅をしてる時に見つけたものでな。名を無貌なる闇フェイスレスという。千の武器に変化する伝説級の魔導具じゃ」


 ……鬼に金棒とはまさにこの事である。

 師匠は、魔法も使えるには使えるが基本的に物理特化である。

 中でも武器の扱いに長けており、どのような武器でも自分の手足のように扱える。

 そんな師匠が、状況に合わせて変化する武器を手に入れたとか絶望以外の何物でもない。


「師匠! 流石にそれは反則だと思います! ハンデを! ハンデをください!」


「やかましい! ワシは、貴様をそんな情けない事を言う奴に育てた覚えはないぞ!」


 俺の切実な訴えを、師匠は一喝する。


「そんな……それじゃ、俺に勝ち目は無いじゃないですか……」


 俺は、そのままズシャリと膝をつきこうべを垂れる。


「と、見せかけて影喰シャドウ・バイト!」


 俺は落ち込んだと見せかけて魔法を発動すると、師匠の影から真っ黒な獅子の巨大な顔が現れて師匠の頭を噛み砕く。

 頭を噛み砕かれた事により、一瞬脱力する師匠だったがすぐに復活したのか、再び体に力が入ると獅子の頭を吹き飛ばす。


「ムクロー……貴様、中々卑怯に磨きがかかったんじゃないか?」


「正攻法だと、師匠には絶対に勝てないですからね」


 勝てばいいのだ勝てば。

 しかし、師匠は思いっきり卑怯な手を使った俺に対し、怒るどころか嬉しそうに口の端を歪める。

 自分を楽しませてくれるならば、どんな手を使おうと構わないというのが師匠だ。

 それはさておき、今の残機は九対九。師匠をどう攻略したものか……。


「うだうだ考えるよりも……まずは、攻撃だな。針千本!」


 かつて、ホワイトアント共を串刺しにした魔法を放つ。

 無数の黒曜石の針が四方八方をぐるりと囲むように現れると、俺の手の動きに合わせて師匠に向かって凄まじい速度で飛んでいく。


「はっはー! 中々小癪な事をするじゃないか、ムクロォ!」


 黒曜石の針は、師匠の体のあちこちを削っていくが、どれも紙一重でギリギリを避けている為致命傷にはなっていない。

 あれだけの数の針を避けるとか、つくづく異常な身体能力である。


「……あー。そろそろ、うぜえぞオラぁ!」


 絶えず黒曜石の針を撃ち続けていたが、痺れを切らした師匠が無貌なる闇フェイスレスを全長二メートル程の大剣に変化させると、そのまま体ごと回転し針を振り払う。

 まずいな……師匠がキレた・・・

 憤怒を司る師匠は、文字通り怒りやすい。そして、怒れば怒るほどに師匠は強さを増す。

 いわば、ここからが本番と言えよう。


「これでも喰らえやぁ!」


 回転していた師匠は、まるでハンマー投げ選手のように巨大な剣をこちらぬ向かって投げてくる。

 今度は距離がある為、俺は闇の障壁を張り剣を防ごうとする。

 だが、剣は勢いが衰えることなく、まるで豆腐でも斬るかのように障壁をあっさり突破すると俺の右半身を吹き飛ばす。


「魔法を断ち切る剣だ、馬鹿め!」


 そんなものにまで変化するのかよ。チートにも程があんだろうが。

 しかし、なんとか右半身だけで済んだ俺はどうやら死なずに済んだようだ。

 一方、針を防ぐ手立てが無くなった師匠は、全身を串刺しにされ地面に倒れ伏していた。

 これで二回目……か。


「……がああああああああ!」


 そして……怒気を含んだ叫びをあげながら師匠が立ち上がる。


「あ゛ー……ムクロ。覚悟はいいな?」


 全ての針を叩き落とし、首をコキコキと鳴らしながら青筋を額に浮かべた師匠が呟く。

 怒る度に身体能力が上がる師匠ではあるが、もちろん欠点がある。

 それは、判断力が下がるというものだ。

 さっきのを見ると分かるが、普通俺を殺すためとはいえ武器を手放したりはしない。

 それだけ、師匠の判断力が下がっているという訳だ。結局、俺は無事で師匠が死んでるしな。

 とりあえず、あれだ……。


「やーい、師匠のロリババア」


 怒らせるだけ怒らせよう。

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