第40話
「兄貴いいいい!」
アントクイーンを倒した後、麻雀トリオが感極まった顔してこちらへ走ってきたので俺はそれを華麗に避ける。
「あぶふっ!?」
「避けるなんて酷いですよ!」
「そうっすよ!」
麻雀トリオが、何やら文句を言ってくるが知った事ではない。
男に抱き着かれて喜ぶ奴がどこにいるというのだ。……まあ、これが可愛らしい男の娘とかだったら、無きにしも非ずだが。
「ま、まあでも流石兄貴でさぁ。兄貴なら、魔人くらい倒せると思ってやしたが、まさかあっさり倒しちまうなんて」
「そうっすね、俺達もう兄貴に一生ついて行くッす!」
「兄貴、最高!」
ふははは、もっと褒めたたえるがいい。そして、その話を街で広げてくれ。
そうすれば、俺は楽して名声を得ることができるからな。
「あ、でも……」
先程まで俺を褒めたたえていたチーが、ふと真面目な顔になる。
「何だ?」
「兄貴が使ったあの魔法って、空間魔法すよね?」
「…………ウン」
俺は正直に言うか葛藤した後、このまま勘違いさせておくことにした。
ディオン達と違って、こいつらはあっさり手のひらを返す奴らだ。迂闊に本当の事を話すわけには行かない。
「多分、どっか異次元にでも放り込んだと思うんすけど、あれってちゃんとカードに討伐記録が登録されるんすかね? いや、俺も空間魔法を詳しく知らないからあれなんすけど」
確かに、あれは倒したとは言い難い。だが、俺がそんな事も考えずに
無駄な労力が嫌いなこの俺が!
勿論、
ファストの街に居た時に、
ニ〇ラムとは違うのだよ、ニ〇ラムとは。
「まあ、そこら辺は心配いらん。お前らは、黙って俺の活躍を広めてくれればいいんだよ。トンチンカン」
「ポンでさぁ!」
「チーっす!」
「カンです!」
どっちも似たようなもんじゃねーか。関係ないけどチーの語尾も相まって、奴だけ挨拶してるみたいになってるな。
ていうか、最後は合ってるじゃんよ。
「どっちでもいいよ。ほら、さっさと帰るぞ。確か、アントクイーンが居なくなったら他のホワイトアント共も死ぬんだろ?」
「本当なら、一週間近くかけて討伐するのを一日終わらせちまいましたし、多分混乱は必至っすね」
あー、後先考えずに倒したけどそうだよなぁ。
他の奴らの稼ぎを横からかっさらっていった形になるから、下手したら恨まれるかもしれん。
面倒だが、何か手を考えんとなぁ。
「なあ、レムレスや」
「何です?」
「これさ、絶対他の冒険者に恨まれるよな?」
「まあ、人の稼ぎを奪ったので当然でしょうね」
「俺達は気にしませんよ。兄貴の凄い活躍見れましたし」
お前らには聞いてないんだよ。
しかし……やっぱそうなるよなぁ。
「めんどくせぇなぁ……」
俺は、これから起こりえるトラブルを想像して、憂鬱な気分になるのだった。
◆
俺達は、洞窟の入口まで戻ってくると、ギルドの出張所に向かい報告をする。
「アントクイーンを倒したんですか!?」
丸眼鏡を掛けた若い男性のギルド職員が、俺の言葉を聞くと盛大に驚く。
長年討伐できなかったモンスターをたった一日で討伐したのだから、当たり前といえば当たり前か。
「そうでさぁ! しかも魔人!」
「物理攻撃や魔法なんかも無効化する特性を持ってたっす!」
「それをあっさり倒したんですよ!」
驚く職員に対し、麻雀トリオが興奮気味に話す。
うん、これなら俺がわざわざ言わなくても勝手に広めてくれるな。
麻雀トリオの声に釣られて、他の職員や冒険者達も集まってくる。
急にホワイトアントが居なくなったので、冒険者もかなりの数が戻ってきていた。
「しかも魔人ですか!? ちょ、ちょっと流石にそれは信じられないんですが……カードを拝見してもよろしいですか?」
職員の言葉に俺は頷くと、素直にカードを差し出す。
カードを受け取った職員は、他の職員を数名連れてテントの奥へと入っていく。
おそらくは、あのテントの中に何かしらの確認するための魔導具かなんかがあるのだろう。
毎回思うが、戦っただけで記録されるとか不思議なカードである。
まあ、地球でもどういう原理で動いているかとか分からないのもあるし、そんなもんか。
「おい、アントクイーンを倒したんだってよ……」
「ポン達がか? あいつら、確か四等級だろ? とても倒せると思えないんだが……」
「いや、あそこの銀髪と赤毛のメイドがやったらしい」
「真偽はどうであれ、倒したってのは本当なんだろ。なんせ、ホワイトアント共が急に倒れ始めたしよ」
職員を待っている間、周りからはそんな声が聞こえてくる。
中には、俺達を褒める言葉も聞こえる。何故か、麻雀トリオがドヤ顔を披露してたが。
「お、お待たせいたしました」
十分くらいすると、先程の男性職員が戻ってくる。
「結論から言いますと、確かにアントクイーン……しかも魔人を討伐したという確認が取れました」
その言葉に、周りのどよめきが一層強くなる。
まあ、魔人といえば一番弱くても二等級が束になってようやく勝てるレベルなのだ。
しかも、今回の相手は完全無効化持ち。一等級でもよっぽど強い奴じゃないと無理だろう。
もしくは、俺みたいに空間系魔法を持ってるやつとかな。
「それで、ですね。魔人を倒したとなると、報酬も提示したものでは足りなくなってしまうんです。等級に関しては、本部に戻って相談しないと駄目ですが……金銭については二倍……いや、三倍出すことに決まりました」
「ほう……」
確か、普通のアントクイーンを倒すだけでも結構な額が貰えたはずだ。
それが三倍。別に金に困ってはいなかったが、それだけの金額を提示されるとやはりテンションが少しばかり上がる。
「ですので、お手数ですが一緒に本部に来ていただけますか? 本部の方にはもう連絡しているので、金銭はすぐに受け取れます」
うは、あれだけの金額がもう受け取れんのかよ。
儲けてんだなぁ……冒険者ギルド。
だが、ふむ……それだけの金がすぐに貰えるなら、良い手を思いついた。
「マスター、また碌でも無い事思いついたんですか?」
「お兄ちゃん、また悪い顔してるぅ」
失敬だな、君達。俺はいつも、どうすれば平和に暮らせるかしか考えていない人畜無害な男。略して人畜男だぞ。……あれ?
「お兄ちゃんって……結構おバカさん?」
「ええ、そうですよ」
俺の心を勝手に読んだアグナが、物凄い憐みの表情をこちらに向けてくる。
つーか、レムレスも肯定すんなや。心折れるぞ、この野郎。
「こほん! えーと、すみません」
「は、はい」
俺が声をかけると、職員は体を強張らせて返事をする。
そんな緊張しなくてもいいんだけどなぁ。
「マイクがあったら貸してもらって良いですか?」
「マイク……ですか? す、少し待っててください」
職員はそう言うと、近くに居た別の職員に指示を出してマイクを持ってこさせる。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺はマイクを受け取ると電源を入れ、ちゃんと音が響くことを確認する。
そして、集まった冒険者達の方を向いて口を開く。
「えー、皆さん。初めまして、八等級のムクロです」
その言葉に、冒険者達は再びざわつく。魔人を、たかが八等級が倒したのだから当然だ。
「聞いた話によると、本来はもっとじっくり時間を掛けて討伐するそうですね。狙った訳では無いですが、皆さんの稼ぎを奪ってしまったのも事実です」
「そうだそうだー! どうしてくれんだ! 本当なら、もっと稼げたんだぞー!」
俺の言葉に、少し離れた場所からヤジが飛んでくる。
それを皮切りに、あちこちから不満が噴き出る。まあ、ここまでは予想通りだ。
「ですので!」
俺は、それに臆せず大声を出す。ハウリングを起こして、ちょっとノイズがやばかったが、静かになったので結果オーライだ。
「今日は、皆さんの食事を全て奢ります! 魔人討伐記念パーティです! もちろん、最高級の店を貸し切り、皆さんには好きなだけ食べてもらいます! 今日、討伐に参加した人限定です!」
「…………う、うおおおおおおお!」
最初はシンと静まり返っていた冒険者だが、すぐに割れんばかりの拍手と歓声が広がる。
「予想通り……だな」
冒険者っていうのは、例外を除けば大抵が金や名声目当てといった俗物的な連中だ。
不満が溜まってる中で、美味いものが食べ放題だと提示すれば心が靡くのは当然の事だ。
そこへ、ダメ押しで貴方達限定と言ってやる。人間は、特別な扱いを受けたり限定という言葉に弱い。
奴らは文字通り美味しい思いが出来るし、俺の評価も上がる。まさにウィンウィンである。
「相変わらずマスターは人の心を弄ぶのが上手いですね」
「人心掌握に長けていると言ってくれ」
まあ、ここに参加してるやつらが単純だったってだけだけどな。
「そういう訳で、一番広くて尚且つ一番高い店をピックアップしてもらえますか?」
「わ、分かりました!」
俺の言葉に職員はコクリと頷くのだった。
――それからの話をしよう。
結果から言えば、金額に関しては三倍と言っていたが、実際はそれ以上の金を受け取った。
魔人を倒したのだから当然という事だった。参加者全員の飯を奢っても半分以上残るほどだった。
「兄貴にかんぱーい!」
「キャー! ムクロ様、素敵ー!」
ギルド職員の紹介で貸切った店内では、酒で上機嫌になった冒険者達で溢れかえっている。
どいつもこいつも、楽しそうに飯を食べ俺を褒めたたえる。
うむうむ、余は満足じゃ。
「はむっ、はぐはぐ……マフファー」
「食うか喋るかどっちかにしろよ、レムレス」
「…………」
口の中に物を詰め込みながら喋るレムレスに注意すると、彼女は食べる方を優先にしたようで無言になる。
「喋らんのかい!」
「んぐ……その質問ってあれですよね。二択与えておいて、実際は一択しかないとか性格の悪さが伺えますよね」
「やかましい。それで何だよ?」
「料理がおいしいです」
それだけかい! ああもう、こいつはもう!
「お兄ちゃん! これ、とっても美味しい!」
俺がレムレスに対して、内心ツッコんでいると天使アグナが本当に美味しそうに料理を食べながら満面の笑みを浮かべてくる。
「ああ、それは良かったねぇ。好きなだけ食べていいんだよ?」
「うん!」
「マスター。アグナさんと私で態度違いませんか? ねえ、マスター? こっち向いてくださいよマスター」
だってお前……変な事ばっかり言うんだもん。
さて、レムレスの事は放っておいてもう一つ。
ギルドの方も散々悩んだらしいが最終的に俺の等級は……ディオンと同じ一等級となったのだった。
一等級は目立ちすぎるから嫌だと辞退しようとしたのだが、それがイケなかった。
一等級に昇級と聞いて断る奴なんて、普通は居ないものだから「なんて謙虚な人なんだ!」といたく感動されてしまい、半ば強制的に一等級となってしまったのだ。
俺としては三等級辺りで止めとこうと思ったのに……どうしてこうなった。
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