第39話

「タマモ? タマモっていやぁ……昔、世界征服を企てた魔王じゃないですかい」


 タマモの名を聞いて、入口待機していたポンが口を開く。

 やっぱ有名なんだな。まぁ、世界征服しようとしてれば当たり前か。


「兄貴、もしかしてタマモと知り合いなんすか?」


「まぁ、ちょっと……な」


 チーの問いに、俺は笑って誤魔化す。

 奴の仲間ですなんて、素直に言える訳が無い。二つの意味で。


「ま、そういう訳だからさ。タマモの行方知ってたら教えてくんねーか?」


「そんなもんは知らんぞえ。奴め、妾に力を与えたと思ったらふらりとどこかへ行ってしまったからのう」


 アントクイーンの言葉からは嘘が感じられない。

 元々、神出鬼没な奴だったし仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 奴がどういうつもりでこいつらに力を与えたかは気になるが、とりあえず後回しにして、今は目の前のアントクイーンだな。


「なあ、アントクイーン」


「何じゃ?」


 今のアントクイーンは、魔人になって知能が上がり話が通じるようになった。

 ならば、別に無理して戦わなくても良いのではないだろうか。

 いやほら……別に面倒になったとかじゃなくてね? 人語を喋る相手だと、何となく倒しにくいじゃん?

 

「お前さ、このままどっか人気の無い所に住む気とかない? そうすれば、俺もお前を倒したりしないし」


「はっ、笑止! うぬのような人間如きが妾を倒せると思うてか? それに、妾の目的は世界を掌握する事じゃ。大人しく暮らすなどありえぬ!」


 俺の提案に対し、アントクイーンはきっぱり言い放つ。


「兄貴ー! 何、モンスターなんかに情けかけてんすか! もしかして、魔人だからって怖気づいてんすかー!」


 うるさいな、チー。俺が進化したばっかりの魔人なんかに怖気づくわけないだろ。

 俺が恐怖する存在はただ一人。師匠だけだ! 師匠に比べたら、レムレスでさえ菩薩に見えるほどだ。


「ゆけい、我がしもべよ! 無礼なソヤツらを殺してしまえ!」


「「はっ!」」


 アントクイーンが指示を出すと、両脇に居たホワイトアント兵達が動き出す。

 ……うーん、やっぱこうなるかぁ。


「マスター、どうしますか?」


 仕方ないな……。


「レムレス、本気を出していいから奴らに力の差を見せつけてやれ。俺はアントクイーンを相手にする」


「お兄ちゃん、私は?」


「アグナは、麻雀トリオの護衛を頼む。もし後ろから攻撃されたら守ってやれないからな」


 奴らは大事な観客である。なので、死なせるわけには行かない。


「うん、了解!」


 俺の言葉を聞いたアグナは、満面の笑みを浮かべて頷くと麻雀トリオの方へと向かう。


「それではお二方。僭越ながら私がお相手させていただきます」


 一方、こちらへ向かってきたホワイトアント兵の前にレムレスが立ちはだかると、スカートの裾を手で持ち優雅にお辞儀をする。


「ほざけ、小娘! 魔人となった我らに敵うはずがぱぁ!?」


 哀れ。側近の一人が口上を最後まで言うことなくレムレスにぶっ飛ばされる。

 壁に叩きつけられたホワイトアント兵の腹部には風穴があいており、ズルズルと地面に崩れ落ちそのまま絶命する。

 

「ば、馬鹿な! 我々は、ただのホワイトアントよりも格段に装甲が硬くなっているのだぞ! 並大抵の攻撃で、我らが装甲を敗れるはずが……」


「ならば、並大抵では無かったのでしょう」


 拳を突き出したままの姿勢で、レムレスは静かに言い放つ。


「あ、ありえん……ありえええええん!」


 もう一体のホワイトアント兵は、そう叫びながらレムレスへと飛びかかる。

 馬鹿だなぁ、レムレスに肉弾戦で挑むなんて。


「……瞬光烈火」


 レムレスが闘技を発動した瞬間、彼女の肘から先が掻き消える。

 パパパパパと小気味いい音が響いたかと思うと、ホワイトアント兵の全身に無数の拳跡が現れる。


「断罪の鎌」


 そして、レムレスは息つく暇もなく次の闘技を発動する。

 レムレスがふわりと優雅に飛び上がり、目にもとまらぬ速さで後ろ回し蹴りをすれば、細い木の枝でも折るかのようにあっさりとホワイトアント兵の首を吹き飛ばす。

 首を失くしたホワイトアント兵は、緑色の血を首から噴き出しながらズシャリと地面へと倒れ込む。

 流石はレムレス。物理耐性が高い相手に物理でねじ伏せるとか理不尽にもほどがある。

 だが……だからこそ、実力の差が浮き彫りになり、麻雀トリオにも凄く見えるだろう。


「ば、馬鹿な……妾の側近が瞬殺……じゃと?」


 アントクイーンは、目の前の光景を見てワナワナと震えつつ首を横に振る。


「相手が悪かったな。降参するなら今の内だけど……どうする?」


「愚問! いくら側近がやられようと、妾は決して屈さぬ!」


 ……これが美人なお姫様とかだったら、ウ=ス異本の良いネタになりそうなんだけどなぁ。見た目は、完全に人型のアリだしなぁ。

 一応、申し訳程度に女性型だけどそれだけだし……。


「仕方ない、アンタを倒させてもらうよ」


「ふん、妾にダメージを与えられるものなら与えてみるがいい!」


 おお、随分強気だな。大方、ホワイトアント兵と同じ“特性”で物理防御が高いのだろう。

 特性というのは、魔人になった際に必ず付く恩恵みたいなものだ。

 『お茶を淹れると必ず茶柱が立つ』特性や俺のような『不死身』の特性など様々だ。

 ちなみに、不死身にも色々条件があったりするが……これは、今は良いだろう。

 特殊な条件なしの完全な不死身は、おそらくは師匠だけだ。


「そんじゃまぁ、遠慮なくいかせてもらおう……かね!」


 俺は、アントクイーンの言葉に甘えてやや不意打ち気味に魔法を放つ。

 ホワイトアントを殲滅する時に使った『針千本』の一本バージョンだ。

 本数を少なくする代わりに威力が上がるので、多少装甲が硬くなった程度では意味が無い。

 黒曜石の針は、そのままアントクイーンの頭部に突き刺さる……はずが、金属音をたてて弾かれてしまう。


「……なんだと?」


 割と本気で魔法を放っただけに、予想外の結果に驚いてしまう。


「クハハハハハ! だから言ったであろう! 妾に攻撃は効かぬ! 妾の特性は『完全無効化』! ありとあらゆる攻撃を無効化するのじゃ!」


 なにそれずるい。

 完全無効という事は、当然呪い系の魔法も効かないだろう。

 特性は、基本的に種族やそいつの能力に合ったものが付与されるがランダム性が強い。

 俺のような例外を除き、そんなチートクラスの特性を得るとはアントクイーンも運が良い。

 ある意味では不死身と言っても良いだろう。


「さて、絶望したか? ならば、その絶望を胸に抱いたまま後悔して死ぬが良い!」


 アントクイーンはそう言うと、凄まじい速度で俺の方へ向かってくる。


影喰シャドウ・バイト!」


「ぬぅっ……効かぬと言っておろう!」


 魔法を発動すると、俺の影が獣の頭の形になりアントクイーンへと食らいつくが、奴を押し戻しただけでダメージは与えられていない。

 さて、どうしたものか……なんて普通の奴なら困るところだろう。

 だが俺には闇魔法があるのだ。

 不死身を殺すには、不死殺しと呼ばれる属性が付いた道具や武器で攻撃するしか方法が無い。

 だが、殺さずに無力化する方法ならいくらでもある。

 特に一番手っ取り早いのは、やはりこの魔法だろう。


虚無なる寙ブラック・ホール


「な、なんじゃこれは!?」


 言わずと知れた最強の吸引魔法。

 吸い込んだ相手を異空間へと放り込んでしまう問答無用の魔法だ。

 ダメージが通らないというのなら、別の空間へと閉じ込めてしまえば良い。

 戻る事は叶わず、方向感覚も時間の感覚も無い……死に絶えるまで、永久の無を味わうのである。

 本当なら、苦しまずに殺したかったのだが、完全無効化などというなまじ強い特性を持ってしまった自分を恨むがいい。

 あとついでにタマモも恨んでおけ。俺が仇討ってやるから。


「ひぃ、す、吸い込まれる! い、嫌じゃ嫌じゃ! 妾は死にとうない!」


 アントクイーンは必死に抵抗するが、当然虚無なる寙ブラック・ホールの吸引力の方が強く、徐々に吸い込まれていく。

 

「あやつが……あやつさえ、妾を唆さなかったらこんな目には……ええい、口惜しや……っ」


 アントクイーンは、恨み言を叫びながら虚無なる寙ブラック・ホールの中へと消えていく。

 ……やっぱ、気分は良くないなぁ。

 タマモさえ居なければ、こんな恐怖も味わう事も無かっただろうに。


「あの馬鹿……一体、何を考えてるんだ?」


 俺のつぶやきは、誰に聞こえることなく風に乗って消えていった。

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