第41話

 冒険者達とどんちゃん騒ぎをしていると、向こうから見覚えのある四人組がやってくる。

 色々世話になったし、招待するのが礼儀かと思って俺が招待したディオン達である。


「やぁ、ムクロ。ギルドから突然招待を受けた時は驚いたよ。まさか、冒険者を始めて一ヵ月も経たない内に追いつかれるとは思わなかったよ」


 ディオンが肩を竦めながらそんな事を言う。


「まったくだ! 俺達だって、結構時間を掛けて二等級になったっていうのによ」


 ディオンに続き、ファブリスが不満げに文句を言う。


「まあでも……ムクロさんの正体がセ、おっと失礼。アレですから、ある意味納得ですね」


 危うく俺の正体を言い掛けたジルが慌てて言い直す。

 おいおい、こんな事でうっかり死ぬなよな。完全蘇生って結構疲れんだよ。


「ふえぇ、ひ、人がいっぱいですぅ……」


 一方、イニャスは人の多さに辟易しているようだった。

 元々イニャスは人見知りするタイプっぽいし、失敗したかもしれない。


「ごめんな、イニャス。人が多いの苦手なの忘れてたよ」


「い、いえ……だ、大丈夫です……! せ、折角ムクロさんが誘って、く、くれたので……私、頑張ります」


 俺の言葉に、イニャスは両手に拳を作って胸元に持っていくと、ムンと気合を入れる。

 いや、そんな気合入れなくても良いんだけどな。金はまだあるし、もしあれだったらまた別の機会にでも俺達とディオン達だけで食事会なりなんなり開けばいい。


「ま、そういう訳だからディオン達も堪能してくといいよ」


「はい、そうします」


 うん、レムレス。お前には言ってないからな? お前は、言わなくてもめちゃくちゃ堪能してるじゃねーか。


「ははは、レムレス君は相変わらずだね。それじゃ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」


 ディオンは笑いながらそう言うと、人ごみの中へと皆と一緒に消えていく。

 さて、俺も食べるかな。


「って、あれ?」


 さぁ食おうと思って、俺が楽しみにとっておいた肉がいつの間にか皿から消えている。

 はて? 気づかない内に食べてしまったのだろうか。嫌だねぇ、年を取るとボケて来ちゃって。


「……」


「……」


 俺が自分のボケの進行に悩んでいると、ふとレムレスと目が合った。


「……なあ、レムレス」


「ふぁんふぇひょうふぁ(何でしょうか)?」


「お前、俺の肉食ったろ? さっきまで、そんなに頬膨らんでなかったじゃねーか」


「んぐ……さぁ、記憶にございません。ただまぁ一言申し上げるならば……大変美味しかったです」


「やっぱり食ってんじゃねーか! 俺、楽しみにしてたんだぞ!」


 金ならあるのだから、また注文すれば良いと思われるかもしれないがそうじゃない……そうじゃないのだ。

 完全に食べる気でいた物が無くなっていた。そこから来るガッカリ感が嫌なのだ。

 くそ、食い物の恨みは恐ろしいんだからな! 後で、マスター特権で尻を揉んでやる! 

 …………いや、やっぱり後が怖いからやめておこう。

 うん、アグナに慰めてもらおうそうしよう。


「うふふ、相変わらず楽しそうねぇ……ご主人様ぁ」


「ウェルミス。お前、いつの間に……」


 気づけば、いつのまにか俺の隣にはウェルミスが座っていた。


「ついさっきよぉ」


「よく俺の場所が分かったな」


 店内には結構人が居るし、そうでなくても王都は広い。そこから探し出すのは、中々骨が折れるんじゃなかろうか。


「ああ、それはギルドで噂を聞いたのよぉ。銀髪の魔術師ソーサラーが魔人を倒して一等級になったってねぇ。そういう芸当が出来るのはご主人様だと思ってぇ。後は、そこから今日はここでパーティを開いてるって聞いて来たわけぇ」


 ウェルミスは、シナを作りながらそう説明する。

 なるほど、確かにそれなら納得も出来るな。


「……それで、何の用ですか」


 ウェルミスを見て、あからさまに不機嫌そうなオーラを出しながらレムレスが尋ねる。

 

「ふふ、怒った顔も素敵よぉ?」


「嬉しくありません。さっさと用事を言いなさい」


 うーん、相性悪い二人だなぁ。


「すまん、レムレスもこう言ってるし用件の方を頼む」


「はーい、ご主人様ぁ。……ちょっと耳を貸していただけるぅ?」


 ウェルミスに手招きされ、俺達は彼女の方へ耳を近づける。


七罪の王セブンス・ロードの一人が、グルメディアって都市に居るかもしれないって話を聞いたから、ご主人様に教えようと思ってぇ」


 ウェルミスはそう言うと、褒めてと言わんばかりに目を輝かせてこちらを見てくる。

 ……うん、なんというか少し遅かったかなぁ。


「はっ、役立たずも良い所ですね。そんな情報、とっくの昔に手に入れてますよ」


 まるで鬼の首を取ったように、レムレスはここぞとばかりにウェルミスを嘲笑する。

 イキイキしてんなぁ。


「なん……ですってぇ」


 レムレスの言葉に、ウェルミスは驚愕の表情を浮かべながら確認するかのようにこちらを見る。


「…………ごめん」


「ああ! そんなぁ……折角、ご主人様に褒めてもらってご褒美として色々してもらえると思ったのにぃ……!」


 ウェルミスは、大袈裟にヨヨヨと泣き崩れる。


「大丈夫? おばさん」


 ウェルミスの様子を見て、アグナは心配そうに顔を覗き込む。


「お姉さんといいなさい。私はまだ二十代よぉ……」


 アグナの慰めに軽くツッコみながらウェルミスが起き上がる。

 見て分かるくらいに意気消沈しており、可哀そうになるくらいだ。


「ああー……その、なんだ。情報に確証が得られたって点では助かったよ。ありがとう、ウェルミス」


「ご主人様ぁ……っ」


 俺がお礼を言うと、ウェルミスは感極まったように目に涙を浮かべて喜ぶ。

 

「まったく、マスターはお人好しすぎます」


 いやー、なんかさぁ。あれじゃん? 俺に好意的な美人が困ってるとさ……助けたくなるじゃん。

 野郎? そんなもんは知らん。俺は女性の味方なのである。


「うふふ、ご主人様のお蔭で元気が出たわぁ。あ、そうだ……もう一つご主人様に教えることがあったの」


「何だ?」


 ウェルミスの言葉に俺が首を傾げていると、彼女は髪で隠れていた方の瞳を見せてくる。

 彼女の瞳には、青い宝石のようなものが埋め込まれており、中心にはおとめ座のマークである♍が白い文字で刻まれていた。


「私達の組織を知ってる人なら、知ってるとは思うんだけどぉ……多分、ご主人様は知らないと思ってねぇ」


「それは何なんだ?」


 結構えげつない魔力を、ウェルミスの目から感じる。

 普通の宝石とかではないのは確かである。


「私達幹部はぁ、全員それぞれの師団のマークが入ってるのぉ。処女宮ヴァルゴだからおとめ座のマーク。他の幹部達も、体に刻んでるはずよぉ。私は、この目ってわけぇ。あ、目は元々事故で無くなってて、代わりに埋め込んだだけだから安心して良いわよぉ」


「もしかして、それで魔力増幅とかしてるのか?」


「流石はご主人様ぁ、ご名答よぉ。私達のボスから与えられたものでぇ、以前よりもかなり能力が強くなってるのぉ。私も、これを埋め込む前まではあんなにたくさん召喚できなかったものぉ」


 やはり増幅器とかそんな感じのものだったか。

 しかし、そんなものを果たしてたかが裏組織のボスが用意できるのだろうか?


「なあ、お前らのボスって何者なんだ?」


「流石にそこまでは教えられないわぁ……機密になるから、呪いに引っかかっちゃうもの」


 そりゃそうか。しかし、そのボスとやら……妙に気になるな。

 何だか良くない予感がする。


「というよりも、私達も良く知らないのよぉ。ボスって、謎が多いからぁ。組織を作った経緯とかも教えてくれないしねぇ」


 ウェルミスが頬杖つきながらそんな事を言う。

 

「よくそんな怪しいボスに付き従えますね。私なら御免被りたいです」


「普通はそう思うんだけどぉ……何故か惹かれるのよ。あの人にぃ。多分、私達幹部は皆、心から従ってると思うわよぉ? あ! 私は、今はご主人様にゾッコンだけどぉ!」


 ウェルミスはそう言うと、俺に胸をムニュンと押し付けてくる。

 ムニュンだぞムニュン! 尻派の俺も、思わずおっぱい派になってしまいそうな破壊力だった。


「ご主人様、私の胸の大きさね……Hなのぉ」


 H!? HというとA、B、C……なんだとぅ!?

 俺は、指折り数えてその大きさに驚愕する。

 おお……神よ。俺は初めて貴方に感謝します。


「すみません、マスターに触らないでもらえますか? おっぱい菌がうつりますので」


 なんだその菌。


「だぁって、レムレスちゃん……お胸、無いでしょう? だから、私が普段出来ない事をしてあげようと思ってぇ」


 ウェルミスがそう発言した瞬間、何かがブチッと切れる音が聞こえた。


「……そういえば、以前の決着がまだでしたね。表に出なさい、決着をつけます」


「あらあら、随分好戦的ねぇ。やっぱり、胸が小さいと心も狭いのかしらぁ?」


 ムクロです。場の雰囲気が最悪とです。まさか、こんな所で修羅場を体験するなんて予想してなかったとです。

 ウェルミスとレムレスは、火花を散らしながら外へと出て行ってしまう。

 

「ご飯おいしー」


 一方、アグナはいつの間にか他所の冒険者の所へ行って餌付けされていた。

 ……うん、アグナはいつまでも無垢のままで居て。

 君だけが今は俺の癒しだよ。

 俺は、外から聞こえてくる轟音に頭を抱えながら、アグナの将来に思いを馳せるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る