第35話
「ムクロー、起きてるかい?」
翌日、人間で言う所の目覚めた状態になったのと同時に扉がノックされてディオンの声が聞こえてくる。
「ああ、今起きたよ」
「じゃあ、入るよ……ってうぉ!?」
そう言ってディオンが扉を開けて入ってくると、何故かこちらを見てビクリと体を震わせる。
「どうした?」
「あ、いや気を悪くしたら申し訳ないんだけど、少女二人が白骨死体を挟んで寝てたからちょっと驚いたんだ。そうだよね、すっかり忘れてたけど、そっちがムクロの本当の姿なんだよね」
……ああ、確かに他から見れば普通に猟奇的な光景だな。
今後、誰かを部屋に招く時は気を付けなければ。
「……ていうか、三人で一緒に寝てるんだね。レムレス君とは、やはりそういう関係なのかい?」
「一体、どういう関係の事を言ってるか分からんが、別にレムレスとは何も無いぞ。そもそも、俺の体じゃ手を出しようがねーし」
人化すると、一応は人間の体と同じになるので出来なくもないのだが、ややこしい事になるので黙っておくことにする。
「長年、レムレスとは一緒に居るからな。家族みたいな感じで、特にやましい気持ちとかはねーよ」
「そ、それならいいんだけど……」
俺の言葉に、ディオンは何故か体をモジモジさせながら小声で何やら呟く。
「何か言ったか?」
「な、何でもないよ! そ、それよりも昨日のギルドでの事とか話したいし、僕達の部屋に皆で来てくれるかい?」
ああ、そういえば昨日の夜そんな話してたな。
面倒だが、どうなったかも気になるし行くか。
「分かった。レムレス達を起こしてから行くよ」
「了解。それじゃあ、待ってるからね」
ディオンはそう言うと、扉を閉めて隣の部屋へと戻っていく。
「さて……ほら、レムレスにアグナ。朝だからさっさと起きろ」
「ん……あと一時間」
うん、それ起きる気無いよね?
「ほら、アホな事言っとらんでさっさと起きんかい。ディオン達に昨日の話を聞きに行かなきゃならんのだから」
「……仕方ありませんね」
「むにゅぅ……おはよぉ」
俺の言葉に、レムレスは渋々と言った感じで起き上がり、アグナは眠そうに目を擦りながら起きる。
二人を何とかシャキッとさせると、俺達はディオン達が居る隣の部屋へと向かう。
「よぉ、よく眠れたか?」
部屋に入ると、ファブリスが軽く手を上げながら話しかけてくる。
「まあ、寝心地は良かったね」
「ふむ、アンデッドも睡眠をとるのですか?」
「基本的には必要ないけど、睡眠と同じ状態にする事は出来るよ。夢は流石に見れないけど」
ファブリスに挨拶を返していると、ジルが尋ねて来たので答えてやる。
俺の答えに、ジルはフムフムと興味深そうに頷いていた。
「それじゃ、適当な所に座ってくれ」
ディオンの言葉に、俺達は空いている所に腰を下ろす。
全員が着席したのを確認すると、ディオンは口を開く。
「それじゃ、昨日のギルドでの報告をしよう。まず、ムクロ君の言う通り解決したのは僕達という事にした。出来れば、貰った報酬は分けたいのだけれど」
「分け前はそっちで適当に決めて良いよ。こっちも、特に金に困ってるわけじゃないし」
「了解。それで、一応僕達も出発までの間に調査はしたけど、ギルドからも調査員を派遣するそうだ。彼ら曰く、邪神復活の危機が無いかどうかの再確認らしい」
へえ、出発するまでにそんな事してたのか。俺と違って働き者な連中だ。
「ていうか、邪神復活の危機っていうか既に復活してここに居るんだけどな」
俺が隣に座っているアグナの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうにヘニャリと笑う。可愛い。
「ははは、まぁそうなんだけ嘘も方便って奴だ。流石に邪神復活してましたーとは報告できねーしな」
俺の言葉を聞いて、ファブリスが豪快に笑いながら言う。
まあ、そうだろうな。そんな事を言えば、大混乱になるのは免れない。
「それで……その……」
と、そこへディオンが何やら言いにくそうに言葉を濁す。
「どうした? 俺らは特に気にしねーから、何でも言っていいぞ」
「そ、そうかい? その……だね、地上部分はバイル達と戦った痕跡が残っていたのだけれど、地下部分……つまり、邪神復活の儀式を行っていた場所は戦いどころか人が居た形跡すら無かったんだ。あれって……つまりあれだろ?」
「……ああ、闇魔法で殲滅した」
聞きにくそうなディオンに対し、俺はあえて誤魔化さずにきっぱりと言い放つ。
闇魔法の地位向上に来ているのだから、こういう所ははっきりさせないといけない。
人間は未知の物に恐怖を感じる生き物だ。ならば、未知では無く既知にしてしまえばいい。
「やはり、か。分かってはいたけど、やはり闇魔法は恐ろしい威力だね。勿論、君を責めるつもりはない。奴らは悪だからね。自分達が殺されるのは覚悟してたはずさ」
皆が、ディオンみたいにこう物分かりが良かったらいいんだけどなぁ。
「それだけの威力がある闇魔法。是非とも拝見したいところですね」
俺とディオンが話していると、ジルが眼鏡をクイっと上げながら興味深そうに言ってくる。
「見せてあげても良いけど、あんまり人前では見せられないよ?」
何せ、地盤が無い状態で闇魔法を使うってバレたらどうなるか分かんないしな。
「もしかして、闇魔法ってバレたら困る……とかですか?」
流石にジルは、すぐにそこに行きついたようでそう尋ねてくる。
「まぁね。しばらくは慎重に行きたいなって思ってるんだ」
もう少し等級を上げて知名度も上がったら、段々に使っていきたいとは考えてはいるが。
「なるほど。ですが、それは心配ないと思いますよ」
なんだと?
「以前にも言ったと思いますが、闇魔法というのは情報が少なすぎるんです。普通の冒険者は、まず闇魔法を見たことが無いでしょう。せいぜい、呪い効果の魔法くらいしか知りません」
「という事は……呪い以外の攻撃魔法は……」
「普通に使ってもまず、闇魔法だと分かる人は居ないでしょうね」
そ……そんな馬鹿な。それじゃあ……俺が今まで無駄に周りを警戒しながら魔法を使ってたのは意味が無かったと?
あぁー……俺の嫌いな無駄な労力を使ってしまった。
「マスター……」
俺がガックリと落ち込んでいると、心中を察したのかレムレスが俺の肩に軽く手を置いて話しかけてくる。
「ドンマイ」
嬉しそうに……それはもう嬉しそうにサムズアップしながらレムレスは、そう言い放つ。
「あ、ムクロが砂になった!」
「ああ! しかも風に乗って散らばってしまう!」
精神的ダメージを受けた俺は、文字通り砂になりてんやわんやの騒ぎとなるのだった。
◆
「あー……超最悪」
「まだ言ってるんですか? 女々しいマスターですね」
俺が何度目になるか分からない愚痴を漏らすと、レムレスがうんざりしたように言う。
「だってさー……俺の努力が無駄だったんだよ? そりゃ、こうもなるさ」
「何が努力ですか。ただ、魔法の種類に気を付けてただけでしょう。今度からはそんなに警戒しなくていいんだから、良いじゃないですか」
そうなんだけどさぁ……そうなんだけどさぁ!
俺の無駄になった労力は帰ってこないんだよ……。
「お兄ちゃん、元気出して!」
落ち込んでいる俺のローブの袖を掴みながらアグナが元気づけてくれる。
ああ……アグナは本当に天使だなぁ。邪神だけど。
「うん……そうだな。アグナを心配させたくないし、気分を入れ替えよう」
「納得いきません。何故、私はダメでアグナさんだと元気が出るのでしょうか」
「それはほら……あれだよ。癒し力の差だよ君ぃ」
癒し力が何かと聞かれたら俺にも分からないが、あえて数値にするとすればレムレスが癒し力たったの五で、アグナの癒し力は五十三万だ。
そりゃ、アグナの方が癒されるに決まっている。
「そんな事よりもほら、さっさと依頼受けようぜ」
「よー、兄ちゃん。随分マブい女連れてんな」
俺が気分を入れ替えて依頼を探そうとすると、目の前に三人の男達が立ちはだかる。
三人とも鎧と剣を装備している為に冒険者と分かる。
顔はいかにもモブといった感じで、街ですれ違っても印象に残らない。
「でしょ? うちのアグナは美少女でなぁ」
「えへへー」
俺がアグナの頭を撫でてやると、アグナは嬉しそうにする。
しかし、こいつらもアグナの良さが分かるなんて良い奴じゃないか。
「私は?」
レムレスが何か言っているが、俺には聞こえない。
「俺達は四等級なんだがよぉ。兄ちゃんは何等級だい?」
「俺は、最近八等級になったばっかだな」
俺がそう答えると、三人組は愉快そうに笑いだす。
「ひゃははは! 八等級かよ! 深き者ども亭から出て来たから、てっきり三等級以上かと思ってたのに雑魚じゃねーか!」
ああ、俺達があの宿から出てくるのを見てたのか。
大方コネとかでも欲しかったのだろう。
「あそこは三等級以上か、それに該当する冒険者の紹介が無きゃ泊まれないはずだぜ? どこの冒険者に媚び売りやがった?」
「えーと、ディオンだな」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた冒険者トリオは、ディオンの名前を聞くと途端に表情が変わる。
「ディオンだぁ? 一等級冒険者じゃねーか! てめぇ、一体どうやって取り入りやがった?」
どうやってって言ってもなぁ……。
「俺が命を助けた?」
「ふざけてんのか?」
本当なのに。
「……まあいい。それはおいといてだ。八等級のくそ雑魚が、美人を連れて歩くなんて分不相応だと思わないか? そういう美人は、俺達にこそ相応しいんだよ」
「なっ!? アグナは渡さないぞ、このロリコンが!」
まったく! 良い奴らだと思ったのに、まさかロリコンとは!
「そっちじゃねーよ! そこの赤毛のねーちゃんの方だ!」
冒険者の一人が、唾を飛ばしながら叫んでレムレス指差す。
……ああ、そっちか。
しかし、レムレス狙いとはこれまた奇特な奴が居たもんだ。
「そこのねーちゃんもそう思うだろ? 八等級なんかの傍に居るより、こっちに来た方が良い思いさせてやるぜ」
なるほど、つまりはレムレスに目を付けてイチャモンつけに来ただけか。
……んああああああ! テンプレすぎるううううう!
良い塩梅のモブ顔といい、微妙な冒険者等級といい全てにおいてテンプレすぎる。
そして、このテンプレ野郎どもに対し、うちのレムレスなら、
「おかしいですね。起きてるはずなのに寝言が聞こえますよ、マスター。この塵芥共は、脳に蛆でも湧いてるのでしょうかね」
と安定の罵詈雑言がスラスラと出てくる。逆にそこまで行くと尊敬するわ。
「んだと、このアマ! こっちが下手に出てりゃ良い気になりやがって」
と、モブさん達もテンプレ通りの反応を見せてくれる。
こういうテンプレを見ると、ある意味安心できるのは俺だけだろうか。
「まーまー、とりあえず落ち着きましょうよ。四等級なら、八等級の連れの発言なんか気にせず度量の大きさを見せてくださいな」
俺は、無駄な争いを避けるためにも極力下手に出る。
プライド? そんなもんで安寧の暮らしが得られるか馬鹿もん。
一銭の価値も無いプライドなんか、クシャクシャにしてゴミ箱じゃい。
「うるせぇ! この業界、舐められたらやってけねぇんだよ!」
「お兄ちゃん達……怒っちゃダメだよ?」
「邪魔だっ」
「ひゃうっ!?」
俺と一緒に、この場を宥めようとしたアグナを冒険者の一人が突き飛ばし、レムレスの腕を掴み上げる。
「おら! 俺達の恐ろしさを思い知らせてやる、クソアマが!」
「おい」
俺は、静かな声でレムレスの腕を掴んでいる男に話しかける。
「あん? ……ひぃ!?」
男は、こちらを見た瞬間、一気に青ざめてレムレスの腕を離すと後ずさる。
「どうした? たかが八等級相手に何をビビってるんだ?」
言っておくが、俺の表情は特に変化してないし、手なんか全く出していない。
こいつが、“勝手に”ビビってるだけだ。
後ろの二人も俺を見て何故かビビっている。何でだろうなぁ?
「お、おい……行くぞ!」
「「お、おう!」」
すっかりビビってしまった三人は、これまたテンプレなセリフを吐いて立ち去る。
『
対象を恐怖状態にする状態異常付与魔法である。
おそらく、奴らにとって俺は世界でさぞ恐ろしい存在に見えただろう。
「マスター……私の為に」
「ち、違うぞ? ほら、アグナが突き飛ばされたからな? ちょっとイラッと来ただけだ。ほら、アグナ立てるか?」
何やら感激した感じでこちらを見ているレムレスに対し、俺は弁解しながらアグナを立たせてやる。
まったく、女の子を突き飛ばすなんてロリコンの風上にも置けない奴だ!
だが、俺は無駄な戦いはしたくないので恐怖感を与えるだけで許してやったわけである。うん、なんて心が広いんだ俺は。
「ふふ……まあ、そういう事にしておいてあげます」
「そういう事にも何も事実しか言ってないぞ俺は」
レムレスは、俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、その日は一日中上機嫌で過ごすのだった。
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