第34話 ウェルミスサイド

「おいおい、何でまた集合が掛かってんだ? この間、集まったばっかじゃねーか」


 円卓を十人の人物が囲むように座っており、その内の一人が愚痴を漏らす。


「ボスの命令なんだから仕方ないでしょ。それとも、ボスの命令は聞けないって感じかな?」


「そうは言ってねーだろーがよ。ちっ、これだから子供は。すーぐ人の揚げ足を取りやがる」


 子供の声に、男はあからさまに舌打ちをする。


「あ、そうやって年齢をネタに人を見下すんだ? これだから、人を見かけでしか判断できない人は」


「あん? やんのか、こら」


「僕はいつでも構わないけど?」


「……やめんか、貴様ら」


 男と子供の間で一触即発の空気が流れ始めた時、威圧感のある声が二人の喧嘩を止める。


「「……申し訳ありません、ボス」」


 威圧感のある声の持ち主であるボスの方へ二人が向くと素直に謝る。

 

「今回集めたのは他でもない。以前、バイルとナナフシ……その他構成員を一夜で全滅させた例の冒険者パーティについてだ」


「ああ、そういえばウェルミスが行ってたんだっけ。って、肝心のウェルミスが居ないけど?」


 子供が肝心の人物が居ない事に気が付くと、キョロキョロと辺りを見回す。

 現在、三つの幹部席が空白になっており、明らかに数が足りなかった。

 二つはバイルとナナフシ。もう一つはウェルミスの席である。

 幹部の席がいつまでも空白のままというのは格好がつかないのだが、そう簡単に決められることでも無いので未だ空白なのだ。


「ごめんなさぁい、遅れちゃったわぁ」


 と、そこへ件のウェルミスがやってくる。

 相変わらず胸元の大きく開いたチャイナドレスを着ており、煽情的な格好をしている。


「構わん。では、報告を聞こうか」


「はぁい。……まず、先に謝るわぁ。例の冒険者の討伐、失敗しちゃったぁ」


「ぁん? あんだけ大口叩いといて失敗したのかよ」


「失敗については構わん。その理由を話してもらえるか」


 男の言葉を制し、ボスがウェルミスの方を見ながら促す。

 ウェルミスは、ボスの言葉に頷きながら再び口を開く。


「まずぅ、例の子達が王都に滞在してるって事は、掴んだのよぉ。それで、折角だからその前に魔法学園に封印されてる邪神を先にいただこうと思ったわけぇ。ほらぁ、手柄はやっぱり多い方が良いでしょう?」


「魔法学園に邪神なんて封印されてたか?」


「されてたでしょ。戦う事しか頭に無い単細胞だから、すぐ忘れるのも仕方ないけどぉ?」


「んぎぐぐ……っ」


 子供の言葉に反論したかった男ではあるが、忘れてたのは事実の為悔しそうに歯ぎしりをする。


「続けて良いかしらぁ。それでねぇ、邪神の封印されている場所までは特に問題なく行けたのよぉ。……ただ、そこですこーしだけ問題があってねぇ」


「問題?」


 子供が首を傾げながら尋ねると、ウェルミスはコクリと頷く。


「……七罪の王セブンス・ロードがね、居たのよぉ」


 ウェルミスの言葉に、ボスを除く他の幹部達がざわりとざわつく。


「それは……本当かね?」


 今まで沈黙を保っていた老人が、そこで初めて口を開く。

 七罪の王セブンス・ロードは、動揺せずにはいられない程、強大な存在であるからだ。


「こんなので嘘言わないわよぉ。失敗の理由にするなら、もっと“らしい”理由にするわぁ」


「確かに……のぅ」


「それで? ソイツは、どの王だった?」


 ボスの言葉にウェルミスは首を横に振る。


「それは分からないわぁ。そもそも、七罪の王セブンス・ロードがそこに居た理由も分からないものぉ。ソイツは、ただ七罪の王セブンス・ロードと名乗っただけ。そして、私の可愛いアンデッドちゃんが一瞬で全滅よぉ? 他に戦う術がない私は逃げるしかないじゃなーい」


「お前の召喚するアンデッドって確か、どいつも普通に強い奴らじゃなかったか? それが全滅だと?」


 男はウェルミスの召喚するアンデッドの厄介さを知るからこそ、信じられないという風に尋ねる。

 もっとも、男からすればそれでも実際に戦えば自分が勝つと信じて疑わないが。


「そうよぉ、全滅。もう、笑っちゃうくらい呆気なく全滅よぉ。しかも、一瞬過ぎて何をやられたのかもさっぱり」


 ウェルミスはそこまで言うと、フゥと艶めかしい溜め息を吐いて肩を竦める。


「そんな訳で、私はもう脱兎の如く撤退よぉ。我ながら、よく逃げおおせたと思うわぁ。それでぇ、ボス? 私は、やっぱり処罰かしらぁ?」


「……いや、七罪の王セブンス・ロードが本物かどうかは知らんが、お前のアンデッド共を瞬殺するくらいなのだ。お前には少し荷が重かっただろう。処罰は無しとする」


嘘 も混ぜている報告がバレないかヒヤヒヤしていたウェルミスだったが、ボスの一言でホッと一息つく。

 手にはいつの間にか汗を掻いており、持っているハンカチでソッと拭き取る。


(ふう、何とかご主人様のご期待には添えられそうねぇ)


「しかし、解せんのう。何故、七罪の王セブンス・ロードは王都の……しかも魔法学園に封印されている邪神の所に居たのか」


 ウェルミスが安心していると、先程の老人が疑問を口にする。


「ソイツも邪神が狙いだったりしてな」


「もしくは、学園側に雇われてたりしてね」


七罪の王セブンス・ロードが雇われるタマかぁ? しかも、賞金懸かってるんだぞ?」


 幹部達は、思い思いに自分達の予想を口にする。

 だが、天上の存在である七罪の王セブンス・ロードの行動原理など、彼らには分かるはずもなかった。

 接点などなく、ただ危険な存在だという事しか彼らは知らないからだ。


「何にせよ、現時点では情報が足りなさすぎるな。双魚宮ピスケス隊には引き続き王都の調査をさせる。バイル達を倒した一等級冒険者も、もしかしたら七罪と関わっている可能性もあるからしばし様子見だ。ウェルミスは自分の仕事に戻っていい。他に質問がある奴は居るか?」


 ボスの言葉に、全員が頷き質問が無い事を示す。


「ならば、これにて解散だ」


 ボスはそう言うと、静かに部屋から退室する。ボスが居なくなった瞬間、室内は緩んだ空気が流れる。

 ボスが居る事で、幹部全員が少なからず緊張していたからだ。

 先程の事からも分かる通り、部下に対してはそれほど非情ではないのだがやはり緊張はするのだろう。


「しっかし、七罪かー。これまた、厄介な奴が出て来たなぁ。……あれ、そういえばドラッグの爺さんよ」


「何じゃい」


 男の言葉に、ドラッグと呼ばれた立派な白髭を蓄えた老人が返事をする。


「爺さんの居る街にも七罪が居るって話無かったっけか」


「ああ、グルメディアか? それも噂の域を出んのじゃよ。大喰らいのモンスターが居て、これまた結構強いって話は聞いとるがのう。討伐に向かった人間が何人も食われとるって話じゃ」


「へぇ、んじゃあやっぱ七罪の奴なんじゃね? 確か、やたら食う七罪が居たよな」


 男の言葉に、ドラッグは髭を撫でながら考え込む。


「確かに居るが……手配書の描かれている姿と、そのモンスターの見た目が違うらしいしのう」


「手配書だって、目撃情報を元に描いただけだろ? 実際と違う事もあらーな」


「そんなもんかのう」


 そんな二人の会話をこっそり聞きながら、ウェルミスは一人考える。


(グルメディア……って、確か王都からずっと西にある食べ物が美味しい街よね。そこに七罪が居るかもしれない。これはあれねぇ……ご主人様に報告ね。そして、ご主人様からご褒美を……きゃあああああん! 私、どうにかなっちゃいそう!)


「……なあ、ウェルミスは一人で何を踊ってるんだ?」


「さぁ? ウェルミスが変なのはいつもの事でしょ。死体大好き人間だし、別に不思議じゃないよ」


「ウェルミス嬢は、見た目は良いのに中身がほんに残念じゃのう……」


 他の幹部達は、ウェルミスの突然の奇行に引きながらも、いつもの事だとすぐに流すのだった。


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