第36話

 モブ冒険者に絡まれてから数日後、そろそろ依頼を受けるのが面倒になってきた頃、ギルドに行くと人だかりが出来ていた。


「何でしょうか、あの人だかりは」


「さぁ? 気になるし、行ってみるか」


 レムレスの問いに首を傾げながら、俺達は人だかりの方へと向かう。


「すみません、これって何の集まりなんです?」


「ん? ああ、そろそろホワイトアント達の繁殖期でな、それの集団討伐の依頼が来てんだ」


 俺が近くに居た冒険者の男に話しかけると、彼はそう答える。


「集団討伐?」


 そんなもの、俺が前に冒険者をやってた時には無かった依頼だな。


「なんだ、知らないのか? 集団討伐ってのは、複数の冒険者を集めてモンスターを狩る依頼の事だよ。なにせ、ホワイトアントは数がアホみたいに多いからな。冒険者は集められるだけ集めたいって訳さ」


 あー、あれか。オンラインのRPGで言うところのレイドボスみたいなもんか。

 一種類のモンスターに対して、複数で挑む形式がまさにそうだ。

 それにしても……ホワイトアントか。

 奴らは、真っ白い体の巨大な蟻型のモンスターで、繁殖力が異常に高くて有名だ。

 そして、地球の白アリと同じく家の柱などをダメにしてしまう。しかも、こちらはサイズがデカいので被害も洒落にならないレベルである。

 あ、ちなみに地球の白アリは、アリって付いてるけどゴキブリの仲間だ。

 これ、豆知識な。ゴキブリ目シロアリ科だ。

 じゃあ、アリって名前付けんなよという話である。


「ほら、詳しい事はこれに書いてあるよ」


「ありがとうございます」


 俺は、男から依頼書を受け取るとレムレス達と一緒に眺める。

 場所は王都から南へ一キロ程離れたアントの洞窟。

 蟻の巣のように複雑な形をしている洞窟との事だ。斥候の報告によると、今年のホワイトアントの数は数千匹に及ぶらしい。

 戦闘力自体はそれ程脅威ではないが、何せ数が多い。

 物量で攻められては一溜りも無いため、こちらも数で勝負しようという事らしい。

 そして、それの影響で冒険者ランクも八等級から参加できるようになっている。

 洞窟の最奥にはアントクイーンと呼ばれる女王モンスターが居り、こいつを倒せば他のホワイトアントも死滅するとのことだ。

 そして、報酬は歩合制で討伐数で報酬と次の等級までのポイントが付与される。

 

「……正直、かなり美味しいな」


「ですね」


 どれくらいの冒険者が参加するかは分からないが、これだけの数のホワイトアントなら俺の手にかかれば、かなり稼げるはずだ。

 チマチマとしょっぱい依頼を受けるよりは断然いい。

 

「あ、お兄ちゃん。これ見て」


「何々……なお、アントクイーンを討伐した物は五等級以下の冒険者ならば無条件で二等級分のポイント付与。五等級以上は、一等級分。一等級冒険者は、相応の謝礼を払うものとする」


 おいおい、マジかよ。アントクイーンには出会った事が無いので、正確な強さは分からないが、これは破格すぎるのではないだろうか。

 逆に考えれば、それだけの強さを持つモンスターなのだろうが、正直負ける要素が見当たらない。

 が、これだけの条件だ。きっと競争率は凄まじいだろう。


「どうします? マスター」


「そりゃあ、受けるしかないだろう。これだけの条件がそろってるんだ」


 現在、俺の等級は八。

 それに加えてホワイトアントの討伐分とアントクイーンの報酬を合わせれば、一気に五等級以上になる事も可能だ。

 受けない理由などない。

 

「えーと……討伐開始は一週間後か」


 随分遅いが、まあ冒険者の数を集めようと思えばそれでも足りないくらいか。

 それまでは普通に依頼を受けて少しでも上の等級になれるようにしておいた方が良いだろう。

 もしディオン達も参加するなら、アントクイーンには手を出さないようにお願いしておこう。

 そう決めた俺は、レムレス達を連れて集団討伐の依頼を受けにカウンターへと向かうのだった。



「残念ながら、ボク達は参加しないよ」


 夜、深き者ども亭でディオン達と食事している時に、集団討伐の事を話すとそんな返事が彼女から返ってきた。


「そうなの? 戦力欲しがってたみたいだから、ディオン達も参加すると思ってたんだけど」


「参加したいのは山々なんだけどよぉ……」


「私達、別の依頼を受けちゃったんですよねぇ」


「……! ……!」


 魚の煮つけをモグモグと食べながらディオンが不満そうに口を開き、ジルが言葉を引き継ぐ。

 そして、それを肯定するかのようにイニャスが無言で頷いていた。


「依頼?」


「ほら、例の邪神関連さ。一等級冒険者は常に人手不足だからね。重要な依頼がよく回ってくるんだよ」


 ディオンの言葉に、俺はなるほどと頷く。

 確かに、一等級冒険者というのはそんなに数が居ない。この国でも片手で足りるほどしか居ないそうだ。

 常人は、せいぜい二等級が限界とされ、一等級からは天才クラスとなる。

 まあ、単に一等級といってもピンキリではあるがな。

 特級ともなれば、それはもう英雄クラスである。

 かつて邪神を封印した五英雄や強欲の奴を倒した英雄も特級となる。

 ちなみに、俺達七罪の王セブンス・ロードは、特級以上と言えばそのチート具合が分かるだろう。

 

「とにかく、参加するとしたら最高でも二等級だろう」


「数は、毎年どれくらい参加するんだ?」


「そうだねぇ……どれくらいだっけ?」


「私の記憶が正しければ、平均は百人程度。多くても二百人といった所ですね」


 腕組みをして考え込むディオンがジルに尋ねると、彼女は眼鏡を直しながら答える。


「そんな少ないのか?」


 正直、もっと参加者が多いと思っていた。いや、一つの依頼で考えたら充分多いんだけどさ。

 ホワイトアントも数千体いるって話だったしな。


「ホワイトアント自体は、体こそ大きいですがそんなに強い訳では無いですからね。数が厄介なだけで。腕に自信がある冒険者が集まれば、あっという間に殲滅できますよ」


 ふーん、そんなもんなのか。


「あ、でもあれは? ほら、アントクイーンとかいうモンスター。なんだか、そいつを倒すと破格の報酬貰えるって書いてたんだけど。あれだけの報酬貰えるなら、かなり強いんじゃないの?」


 俺の言葉にディオン達は、何とも微妙な表情を浮かべる。


「どうかしたの?」


 四人の反応に、アグナは不思議そうに首を傾げる。


「アントクイーンは強いというよりも……酷く臆病なんだよ」


 それなら、あっさりと倒せそうな気がするんだが。


「冒険者達が、アントクイーンは生物の気配が自分の部屋に入るのを感じると逃げてしまうんだ。それはもう一目散に」


「それで毎年討伐できずじまいで、毎年この時期になると戻ってきて、ホワイトアントを増やす訳だ」


「しかも、毎回住処を変えるので罠を張る事も出来ないんですよ。そういう訳で年々、アントクイーンの報酬が吊り上がって来てるという訳です」


「……! ……!」


 ディオン、ファブリス、ジルの順で説明していき、最後にイニャスが無言で一生懸命頷く。

 うん、イニャスよ。いくら恥ずかしくても少しくらい喋ろうか。

 いかつい鎧が無言でカクカク頷くとかちょっと怖いからさ。

 ……まあ、それはさておきアントクイーンの理由は分かった。

 要は、討伐者が居ないから報酬がキャリーオーバーしてる状態なんだな。

 それにしても、近づくとすぐに逃げるモンスターか。

 なんか、鋼色してて倒すと大量の経験値貰えそうだな。


「アントクイーンについては、そんな感じだね。だから、実際はホワイトアントの討伐依頼と思ってた方が良い。だから、人数も自然とそれくらい落ち着くわけさ」


 ふむ、それくらいならまぁアントクイーンの競争率は、かなり低そうだ。

 そもそも、すぐ逃げると周知されているなら狙う奴自体居なさそうだ。

 ディオン達は言っていた。生物が近寄ると逃げると。

 ならば……だ。生物では無い俺達が近づくとどうなるのだろうか?

 

「くっくっく……」


「あ、お兄ちゃんがすごく悪い顔してる」


「どうせ碌でもない事を考えてるんでしょう。馬鹿が移るといけませんから、無視しておいてください」


 くくく、なんとでも言うがいい。

 俺は今、約束された報酬を前にして気分が良いからな。

 五等級以上になれば、一気に依頼のランクも上がり報酬が増える。

 報酬が増えるという事は、等級も上がりやすくなるという事だ。

 そして、それは俺の自堕落安寧ライフに一歩近づいたという事でもある。これで、気分が高揚しない訳が無い。

 待ってろよ、愛しのアントクイーン。一週間後が貴様の命日となるのだ!

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