第27話

「全く、何だったんでしょうか。あの人は」


 店から出た後、レムレスは珍しく不快感を露わにする。

 表情こそいつも通りだが、その体からは不機嫌オーラが溢れていた。


「少し変わった人ではあったよね」


 あとエロかった。

 とにかく、色気が凄いのだ。こればっかりは、男の性だから仕方ないと言わざるを得ない。

 うん、仕方ないよね?


「あの人、暴虐の私みたいにおっぱい大きかった」


「うん? アグナって、それぞれ見た目が違うのか?」


 アグナのセリフに対し、不思議に思った俺は尋ねる。


「そうだよ。髪の毛の色とか顔は基本同じだけど、体の大きさは違うの。暴虐はおっぱい凄く大きいよ。他の私達も、結構バラバラの見た目だよ」


 ほほう、そいつは是非ともその暴虐とやらにお会いしたいな。

 改心したと聞くし、特に害は無いだろうしな。


「なるほど、暴虐のアグナさんも私の敵でしたか」


 アグナの話を聞いたレムレスは、ギリっと歯ぎしりをする。


「そんな敵意剥きださんでも良いだろ。女は胸が全てじゃないよ」


「それは詭弁です。男は所詮、胸に目が行くスケベな生き物なのです。マスターだって、胸が揺れてると思わず見てしまうでしょう?」

 

 ……しまった。レムレスの言葉に反論できない。

 俺が一番好きなパーツは尻ではあるが、確かに豊かな胸が揺れているとそちらに目線が行ってしまう。

 だが、それはなんというか……あれだ。別にやましい気持ちは無く、男の本能というかそんな感じだ。


「あ」


 と、レムレスが何かを思いついたのか短く声を漏らす。


「マスターって、蘇生とかアンデッド操ったりとか出来るんですから、胸とかも大きくできませんか?」


「いや、流石にそこまでは出来ねーよ」


 お前は、闇魔法を何だと思ってるんだ。別に、何でもできる万能魔法じゃねーんだぞ。

 ただ、用途が特殊ってだけで出来ない事もたくさんある。


「ちっ、使えない骨ですね」


 酷い言われようだ。


「……まぁ、あれだ。俺は胸よりも尻が好きだから。レムレスの尻は好きだぞ、俺」


「変態ですね」


 フォローしたのに、ばっさりと斬り捨てられてしまった。

 まあ、いきなりお前の尻が好きだと言われれば、普通は引くわな。ちょっと失敗。


「お兄ちゃんは、お尻が好きなの?」


「ああ、好きだぞ。理想は安産型の形の良い尻だな。見てるだけで癒される」


「私のお尻はどう?」


 アグナはそう言うと、こちらに尻を向けて軽く突き出す。

 ほほう……まだ幼い故に肉付きこそないが、中々良い形をしている。

 将来は、立派な尻に育つだろう。


「……うん、今後に期待だな」


「えへへ、やったぁ」


 俺の言葉にアグナは嬉しそうに笑う。可愛い。

 と、わざわざ俺がこんな変態発言をするのには理由がある。

 レムレスが胸に対し、大分フラストレーションを溜めてたので、俺が道化を演じる事で気を逸らそうという訳だ。……本当だぞ?

 そして、肝心のレムレスはというと……、


「なぁ、レムレス」


「何でしょうか」


「何で、そっぽ向いてんの?」


 俺がレムレスの方を見れば、何故か彼女はあらぬ方向に顔を向けていた。

 

「別に、私の勝手でしょう? 単にマスターの顔を見たくないからです」

 

 うわひでぇ。だが、そう言われるとこちらへ向けさせたくなるのが男心。


「まぁまぁ、そう言わずにこっち向こうよ。こっちには俺のイケメン顔があるよ」


「やめてください……! 今のマスターの顔は、己の自己顕示欲を満たした偽物の顔でしょうが……っ」


 俺が顔をこちらに向けさせようとするが、レムレスも必死に抵抗する。

 そこまでして、俺の顔見たくないのか。

 そんな俺達のやり取りを見てアグナは何を思ったのか、トテテとレムレスの顔が向いている方へと回り込む。


「あ、お姉ちゃん凄いにやけてる」


「っ!」


「おぶうっ!?」


 アグナのセリフを聞いた瞬間、レムレスの体が一瞬震える。

 そして、気づけば俺の体は弧を描くように宙を舞っていた。


(あ、死ぬわこれ)


 本能で死を悟った俺は、そのまま地面へと頭から突き刺さるのだった。



「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 次はあそこ! あそこ!」


 一時間後、何とか落ち着いた俺達は王都を絶賛観光中だった。


「ほら、アグナ。そんな走ると転ぶぞー」


 まったく、子供は元気が良いな。

 いや、実際は子供じゃないんだけど無垢を司ってるし、似たようなものだろう。


「大丈夫だよー!」


 アグナは、俺の注意を笑いながら受け流し、楽しそうに走り回る。


「アグナさん、楽しそうですね」


「そうだな。あんなに楽しそうにしてると、封印を解いて良かったと思うよ」


 封印を解いたこと自体は不可抗力だったが、今ではそれで良かったと思える。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 早く早くぅ!」


「おー、今行くよー!」


 急かしてくるアグナに、俺は大声で返事をする。


「マスター。なんだか、私達……家族みたいですね」


「家族、か。確かにそうかもな」


 レムレスの言葉に俺は頷く。

 兄の俺、姉のレムレス。そして妹のアグナ。

 兄妹とかでも良いが、確かに家族と言った方がしっくりくる。

 血こそ繋がってはいないが、そんなものが無くても家族はやっていける。


「……よし」


「なんか言ったか? レムレス」


 何やらレムレスが小声で呟いたような気がしたので尋ねる。


「空耳では? ほら、アグナさんが待ちくたびれてしまいますから早く行きましょう」


 そう言うと、レムレスはスカートの裾を摘みながら小走りでアグナの方へと向かう。

 少々腑に落ちないながらも、俺もアグナの方へと向かう。

 そんなこんなで王都を満喫していた俺達だが、突然アグナが立ち止まりどこかを見つめる。


「アグナ?」


 急に立ち止まったアグナに対し尋ねる。一体、どうしたというのだろうか。


「……呼んでる」


「呼んでるって誰が……って、あ!」


 さらにアグナから謎の発言が聞こえると、彼女は唐突に走り出してしまう。

 突然の事だったので俺達は止めることが出来ず、アグナは目の前にある大きな門を潜り抜けて中に入って行ってしまう。


「ちょ、アグナー!」


 走りながらアグナを呼ぶが、彼女はドンドンと中の方へと行ってしまう。


「アグナさん、急にどうしたのでしょうか?」


「俺にも分からん。とにかく追いかけないと……って、もしかしてこれ魔法学園か?」


 改めて門の中を覗き込むと、奥には学園らしき建物が見えた。

 俺の記憶が正しければ、魔法学園で合っているはずだ。アグナは、こんな所に一体何しに行ったのだろうか。

 

「マスター、中にはどう入りましょうか?」


「そうだな……」


 門は、子供が通り抜けられるくらいの隙間はあるが、流石に俺達では厳しい。

 人の目もあるし、堂々と飛び越えていく訳にもいかない。


「仕方ない。人気の少ないところから中に入ろう」


 俺は、なんだか嫌な予感がしつつレムレスにそう提案するのだった。

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