第26話

「しかし、王都も綺麗になったなー。昔と比べて」


「そうなのですか?」


 飯屋を探して王都の中を歩きながら俺が呟くと、レムレスが反応する。

 

「うん、昔はここまで道とかも舗装されてなかったし、ちょっと臭かったんだよね」


 今は、むしろ飯の良い匂いがあちこちから漂ってくる。

 道も石畳できちんと舗装されていて歩きやすい。

 まあ、三十年も経てば色々変わるか。リッチになってからは、どうも時間の感覚が人間と変わってしまっている。

 街中は活気に溢れており、様々な人種の人達が楽し気にしている。


「人間って凄いんだね、お兄ちゃん」


「まぁな。アグナに比べたらそりゃ弱いかもしれないけど、弱いからこそ知恵や技術を磨いてきたんだよ。だから、アグナも封印されちゃったってわけさ」


 人間や他の種族には、魔族程の強靭さも魔力も無い。しかし、だからこそ油断できないのだ。


「うー、確かにそうかも。私もたった五人の人間に七つに分けられて封印されちゃったし」


 俺の言葉に、アグナは納得したように頷く。

 こんな感じで他種族に対する認識を変えて行けたらと思う。


「さて、アグナは何か食べたい物あるか?」


 今居る場所をざっと見渡しても色々な飯屋がある。

 

「うーん、何でも良いよ?」


 その何でも良いというのが一番困るんだよなぁ。

 

「レムレスは何が良い?」


 俺では決めかねてレムレスにも尋ねる。


「そうですね……私はパスタの気分ですかね」


 顎に手を当て、少し考え込んだ後レムレスはそう答える。

 パスタか……それもいいな。

 ちなみに、俺は麺の硬さは硬めの方が好きだ。

 カップラーメンとかも、お湯を入れて三分待った事が無い。基本、入れて軽くほぐした後に掻っ込むのだ。

 そして、残った汁に白飯を入れて食べるのがこれまた美味い。

 ……久しぶりにカップラーメン食べてぇなぁ。

 地球には特に未練はないが、時折日本の食べ物が無性に恋しくなる。


「よし、それじゃあパスタ屋に行こうか」


 レムレスの一言で、すっかりパスタの気分になった俺はキョロキョロと見渡し、それっぽい所に入る。

 適当に入った店は、大衆食堂のような雰囲気で一般人や冒険者風の奴らでごった返している。


「いらっしゃいませー!」


「あ、三人ですけど席空いてますか?」


「はい、空いてますよー! こちらにどうぞですにゃー!」


 人間の体に猫の頭のウェイトレスが元気よく挨拶すると、俺達を席へと案内する。

 ……惜しいな。非常に惜しい。

 何が惜しいかって言うと、声が物凄く可愛いのに顔が猫な事だ。

 いや、猫自体は可愛いよ? だけどさ、やはり人間の顔に猫耳がベストだと思うんだ、俺は。


「また変な事考えてますね、このエロ骨は」


「キノセイダヨ」


 まったく、レムレスは察しが良すぎて困る。

 

「エロ骨ってなーに?」


 時折、ゾクっとするような邪悪さを垣間見せるアグナも、無垢の名にふさわしく純粋な瞳をこちらに向けて聞いてくる。


「エロ骨っていうのは、マスターの事です。始終、エロい事を考えてるんですよ。油断すると、私もアグナさんも妊娠させられちゃいますから注意が必要です」


 おいこらレムレス。公衆の面前で人聞きの悪い事言うなよ。

 まるで俺が、見境なく女に手を出す外道みたいじゃねーか。


「お兄ちゃんって……ロリコンなの?」


「違います。あと、女の子がそんな事言ってはいけません」


 全く、名誉棄損も甚だしいな!

 それに、どこでそんな言葉を覚えてくるんだか。

 ……記憶は他の邪神と共有してるっていうし、他の邪神から得た知識かもしれないな。

 そんなアホな会話をしつつ、俺達はテーブル席に通される。

 椅子を引いて座った後、メニューを渡されたので中央に広げて、俺達は料理を選ぶことにする。


「パスタ以外にも色々あるんですね」


 パスタの他にもラーメンっぽいもの、うどんっぽいものなどがあり、どうやら麺類全般を扱っているようだった。

 予想よりもメニューが豊富だった為、少し悩んだが俺はミートスパゲティにした。


「レムレスはどうする?」


「私はカルボナーラにします」


「私はカレーうどん!」


 レムレスが答えた後、アグナがメニューを指差しながら元気よく言う。

 カレー……うどん、だと?


「アグナ、悪い事は言わないからそれはやめなさい。素人が迂闊に手を出してはいけない」


「えー! 私、これ食べたいー!」


 俺が優しく諭すと、アグナは不満そうに足をバタバタさせながら文句を言う。


「どうして、そんなに食べたいんですか?」


「えっとね、暴虐がね。昔、一緒に居た人間と食べたことがあるんだって。記憶の中では、美味しいってあったから私も食べたいの!」


 レムレスがアグナに尋ねると、彼女はそう説明する。

 ちちぃっ、暴虐め。余計な事しやがって。それに、その一緒に居た人間も人間だ。

 ついでにカレーうどんの危険さも教えてやれば良いものを。


「……仕方ない。頼んでいいよ」


 だが、アグナがこうまで食べたいと言っているのだ。

 無理にこちらの考えを押し付けてグレられては堪ったものではない。

 

「やったー!」


 俺が許可を出すと、アグナはもろ手を上げて喜ぶ。

 ……食べる時は、前掛けを付けさせないとな。

 俺は、心中で固くそう誓うのだった。



「すみません、お客様。相席って大丈夫でしょうかにゃ?」


 頼んだ物が届き、食べる前にアグナに前掛けを付けてやっていると、さっきの猫ウェイトレスが申し訳なさそうに尋ねてくる。

 俺がレムレスの方を見ると、構わないという風に頷く。

 言動こそ辛辣ではあるが、一応常識はあるんだよな、レムレスって。


「ああ、大丈夫ですよ」


「ありがとうございますにゃ! お客様、こちらが相席可能という事ですので、こちらにお座りくださいにゃ!」


「ありがとぉ~」


 猫ウェイトレスに通されてやってきたのは、若いねーちゃんだ。

 ……エロい。それが、そのねーちゃんを見た素直な感想だ。

 先程の男を惑わすような甘ったるい声もそうだが、格好もまた刺激的である。

 紫色のウェーブのかかった長い髪で、右目が前髪で隠れている。

 垂れ目がちな左目のそばには泣きホクロがあり、セクシーさを際だたせている。

 そして、胸元の大きく開いたチャイナドレスを着ていた。

 もう辛抱堪らんね。俺が、人間のままだったらやばかった。


「ふふ、助かったわぁ~。どこも一杯で歩き回ったのよぉ~。もう、お腹ペコペコ」


 ねーちゃんは、お腹をエロい手つきで擦りながらそう言う。

 足を組んでいる事で、スリットから見える太ももが凄く眩しい。

 俺が足フェチだったら、間違いなく跪いてただろう。

 だが、生憎俺は尻フェチだ。安産型のお尻がね、良いの。

 レムレスの尻は、割と俺好みだったりする。


「それは大変でしたね。何せ、お昼時ですから混むのも仕方ないと思います」


 俺がアホな事を考えていると、レムレスがねーちゃんに対応する。


「そうねぇ。もっと早く来るべきだったわぁ。なにせ、さっき王都に着いたんだもの」


「そうなんですか? 私達も、先程着いたばかりですよ」


「へぇ? 見た所……冒険者の様だけど、やっぱり有名になりたくてぇ?」


 レムレスの言葉に、ねーちゃんは興味が湧いたのか、目を細めながら尋ねてくる。


「まあ、そんなもんです。お姉さんは?」


 尻妄想から帰還した俺は、軽く答えながら尋ね返す。


「私は、そうねぇ……観光と人探し、かしらねぇ」


 ねーちゃんは、人差し指を唇に当てながら艶美に答える。

 もうね、いちいち仕草がエロい。

 周りに居た男達も、ねーちゃんの仕草の一つ一つに釘付けになっている。


「ちっ、これだから男は」


「お姉さん、ボインボインだもんねぇ」


 俺の両隣に居る女性陣は、何やら負の感情と感嘆の感情をまき散らしていた。

 つーか、レムレス。普通に怖いから負の感情まき散らすな。


「ふふ、ごめんなさいね? 男性の視線を釘付けにしちゃってぇ」


 レムレスの態度を見て、ねーちゃんは腕を寄せて胸を強調しながら謝ってくる。

 謝りつつ挑発するとか、レベルたけーなおい。


「いえ、別に気にしないでください。胸が大きくても肩が凝るだけなので」


 どっちかというとやや小ぶりな胸のレムレスは、得意の鉄面皮を保ちながらそう言い放つ。

 だが、俺は知っている。夜な夜な、豊胸体操をしているのを。

 死体だから成長しようがないのに、涙ぐましい努力である。

 流石に悲惨すぎるので、俺は見て見ぬ振りをしている。


「私も、おっぱい大きくなるかなぁ」


 口の周りや前掛けをカレーで汚しているアグナが、一触即発の空気の中そんな事を言う。

 うん、前掛け付けてて正解だった。ゴスロリ服にカレー染みは洒落にならないしな。


「アグナさん、胸が大きくても何も得しませんよ」


「あらぁ、そんな事無いわよぉ? 胸が大きいと異性にモテるし、女性からは羨望と嫉妬の眼差しを受けて、とても良い気分よ?」


「性根が腐ってますね」


「おい、レムレス。いくら何でも、初対面の相手に失礼だろう」


 常識は弁えてると思ったのだが、レムレスにしては珍しくストレートな暴言に俺は思わず注意する。


「……申し訳ありません」


「ふふ、構わないわよぉ。貴女、とっても好みだし許しちゃう。あ、もちろん貴方もとっても好みよ? 銀髪のイケメンさん」


 ねーちゃんは、蠱惑的な笑みを浮かべつつ舌なめずりをしてそんな事を言う。


「すみません、私……そういう趣味は」


「ふふ、冗談よぉ」


「私は? 私は好みじゃないの?」


 アグナだけ何も言われなかったので、首を傾げながらねーちゃんに尋ねる。


「お嬢ちゃんはそうね……もう少し成長したら……いえ、成長しすぎて死んだらかしら」


「へ?」


「ふふ、冗談よ。貴女も充分、素敵よ?」


 今、何かさらっと変な言葉聞こえた気がするので思わず聞き返すと、さらりと躱され誤魔化されてしまう。

 何とも掴み所のないねーちゃんだ事。

 

 その後、先に食べ終わった俺達はねーちゃんに別れを告げて、会計を済ませて店を出る。


「変わった方でしたね」


「うん、中々エロかった」


「……マスター?」


「ごめんなさい」 


 うっかり正直な感想を漏らすと、ギロリと心臓が弱い奴なら死にそうなくらい強烈な視線を向けられ、俺は素直に謝る。


「お兄ちゃんは、えろぼねー!」


 俺とレムレスのやり取りを見て、アグナは楽しそうに囃し立てる。

 うん、まじでごめんなさい。もう変な事言わないからエロ骨連呼しないでください、お願いします。

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