第28話

「ほら、遅いですよマスター」


「ちょ、待てって! お前と違って、俺は身体能力無いんだから!」


 塀の上で見下ろすレムレスに対し、俺は静かな声で叫んで反論する。

 俺達は現在、魔法学園の中に入って行ったアグナを追う為、人気の無い場所から侵入を試みていた。

 レムレスは身体能力が高いのであっさりと塀の上に登ったが、俺は身体能力がゴミなので登るのに苦戦している。

 魔法を使えばすぐなのだが、俺達が今侵入しようとしているのは魔法学園だ。

 うっかり使って、侵入がバレればタダじゃすまないだろう。

 ただでさえ、俺は賞金首なのだ。俺の正体を見破れる奴くらい居るだろう。

 なので、なるべくバレない様に中へと入るしかないわけだ。


「ふん……ぬ、こなくそ……っ」


「……仕方ないですね」


「うぉ!?」


 俺が苦戦していると、痺れを切らしたレムレスが地面に降り立つと俺を軽々と横抱き……つまりはお姫様抱っこをする。


「行きますよ」


 レムレスはそう言って飛び上がると、軽々と学園の塀を超える。


「手間のかかるマスターなんですから、まったく」


 まるで重さを感じさせずに学園の敷地内に着地したレムレスは、そう愚痴をこぼす。

 俺はというと、レムレスのイケメン行動により心臓が無いはずなのにときめいていた。

 レムレスにときめくなんて……悔しいけど感じちゃう。


「すまん、助かったよ」


 俺はレムレスにときめきながらも、平静を保ちながら地面へと降りる。

 周りには木々が茂っており、少々視界が悪い。

 逆に言えば、学園関係者からも見つかりにくいだろうから良いんだけどな。


「よし、それじゃあレムレス。見つからない内にさっさと……」


「誰だい、君達は?」


 行こう。そう言おうとしたところで、あらぬ所から声を掛けられる。

 って、おーい。早速バレてるじゃねーか。

 声をした方を向けば、そこには身長は百八十程で、真っ赤な髪の毛をポニーテールにした髪の長いイケメンが立っていた。

 ポニーテールって普通は女の子の髪型なのに似合うとか、イケメンは得じゃのう!

 イケメンは敵だ!


「がるるるるっ!」


「何で急にそんな敵意剥き出しなんだよ……」


「すみません、マスターはイケメンを見ると野生化するんです」


「けったいな性格してるなぁ」


 レムレスの説明を聞いた赤毛のイケメンは、眉を八の字にしながら困惑したように言う。


「こほん。まぁいいや。もっかい聞くけど……君達は?」


「私達は、この学園の生徒です。遅刻したので、こうやってこっそりと入ってきたという訳です。それでは、遅刻してしまいますのでこれで……ほら、マスタ―行きますよ」


「がうがう!」


 俺がイケメンに威嚇していると、レムレスが俺の首根っこを掴んで立ち去ろうとする。


「……この学園は全寮制だから、遅刻者が学園外から入ってくるなんて有り得ないんだけどなぁ。ねえ、部外者諸君? 岩錠ロック・ロック!」


「にょわっ!」


 イケメンがセリフを言い終わるや否や、岩の魔法で俺達を捕縛しようとしてきたので咄嗟に避ける。


「いきなり不意打ちなんて、卑怯じゃないのか? まあ、例え不意打ちでも簡単に避けられるんだけどな?」


「マスター、マスター」


 なんだよ、人が折角カッコつけてるって言うのに。


「足、見事に捕まってますよ」


「あ」


 レムレスに指摘され、足を見れば見事なまでにがっちりと右足が岩で捕縛されていた。

 試しに引き抜こうとしてみるがビクともしない。


「すまん、レムレス」


「了解しました」


 最後まで言わずとも阿吽の呼吸で理解したレムレスは、何のためらいも無く俺の頭を打ち抜く。


「なっ、仲間を殺しただと?」


 レムレスの突然の行為に、赤毛イケメンは盛大に驚く。


「心配ゴム用。もとい御無用。俺は不死身なんで死なないさ」


 一度死んだことで粒子に変化した俺は、無事に足を岩から抜いて復活することに成功する。


「不死身だと? 馬鹿な。こんな所にそんな存在が居るはずないだろう」


 赤毛イケメンは、そんな月並みなセリフを吐く。不死身は希少な属性だから驚くのは無理ないが、もうちょっと新鮮なセリフを聞きたいものである。


「いやでも……あれに引き付けられたのなら、納得は行くな」


 イケメンは、何やら一人でブツブツと呟きはじめる。


「お前ら……もしかして、邪神が狙いか?」


 イケメンのセリフに俺は思わずドキリとする。

 なんで、アグナの事がバレたんだ? 関係を匂わすような事は何も言ってなかったはずなのだが。


「その反応……やっぱりか。悪いが、邪神狙いとなれば黙って返す訳にはいかねーんだ。すまんな」


「ま、待て待て! 何か誤解をしてる! 絶対してる! 俺達はただ、女の子が中に入ったから連れ戻そうとしてるだけだ! なぁ、レムレス!」


 イケメンが臨戦態勢に入ろうとしたので、俺は慌てて弁解する。

 こんな所で戦闘なんてしてたまるか。派手な行動をしたら、向こうが学園関係者である以上、確実に俺達が悪者になる。

 平穏な生活が欲しい身としては、そんな展開は御免被りたい。


「マスター、一応間違っては無いと思うのですが」


 お前は空気を読めよ! 確かにアグナは邪神だけど、多分イケメンが言ってる邪神とは違う。

 お前も、そんくらい気づいてるだろうが!


「やっぱりか、でまかせばっか言いやがって」


「だぁら誤解なんだって! 俺達はアグナっていう女の子を……いや、確かにある意味間違ってないんだけども!」


「アグナ?」


 アグナの名前を出した途端、イケメンはピクリと動きが止まる。

 お? これはもしかしていけるか?


「そう、名前はアグナ。めっちゃ長い黒髪をアンタみたいにポニーテールにしててゴスロリ服を着ているんだ。急に、この中に入っちゃったから連れ戻しに来ただけなんだ、本当に」


「……」


 イケメンは、俺の言葉に黙ったままじっとこちらを見ている。


「……分かった。ちょっと待ってろ。良いか? 逃げたりするなよ? もし逃げたら、俺の土魔法で生き埋めにするからな」


 イケメンは、そんな物騒な事を言いながらどこかと魔法で通話を始める。

 正直、逃げるだけなら簡単だが相手のテリトリーでそれをやるのは愚策だ。

 穏便に済むのなら、穏便に済ませたい。その方が面倒も無くて良いしな。

 それに……多分、イケメンは結構強い。

 戦えば俺が勝つだろうが、なまじ強いだけに手加減が出来ない。

 悪人ならまだしも、それ以外を殺すのは得策ではない。

 勿論蘇生は出来るが、相手としても一度自分を殺した相手を信用しないだろう。

 ディオン達はちょろいから別だが。元々、命の恩人っていうのもあったしな。


「マスター、あんなひょろいの簡単に倒せると思うのですが」


「やめなさい」


 まったく。どうしてこの子は、こんなに好戦的なんだか。

 もっと、俺みたいに平和主義になりなさいよ。無駄な戦い程虚しいものはないんだよ。


「よーっす、アルバー。俺様に用事ってなんだよ」

 

 しばらく待っていると、アグナを成長させたらこうなるんだろうなって感じの女性がやってくる。

 口調も粗野だが、発育の方も中々暴力的でいらっしゃる。


「“アグナ”。こいつら、少女の姿したお前を追いかけにきたみたいなんだが、見覚えはあるか?」


「んー……?」


 アグナと呼ばれた女性は、俺達の方を目を細めながらジーッと見つめてくる。

 そして、何かに思い当ったのか、急にパッと顔を明るくする。


「あー! あーあー、知ってる知ってる。俺様は直接見たことは無いが、“見覚え”はある」


 アグナ(大)は、そんな不思議な事を言う。


「ん? どういう事だ?」


 イケメンも、アグナ(大)が何を言ってるか分からないようで首を傾げる。


「ほら、前にも話しただろ。俺様の片割れが最近復活したって。ほら、無垢の奴だよ。こいつらは、その無垢の保護者だ」

 

「その言い方、もしかして……」

 

 何となく予想がついた俺が口を開くと、彼女はニヤリと笑う。


「ああ、そっちのアグナが言ってた昔、復活したってのは俺様の事さ。暴虐を司る方のアグナだ。よろしくな」


「なるほどな。それで、邪神だけどそうじゃないって言ってたのか」


 アグナ(大)のセリフで納得がいったように頷くイケメン。

 だから、最初からそう言ってるだろうがハゲ。いや、ハゲてないけどさ。


「……お前ら、名前は?」


「人に名を尋ねるときはですね」


「っと、すまんすまん。先に自分から……だな」


 レムレスの指摘に対し、イケメンは笑いながら謝る。

 何やっても様になるとか、ホントにイケメンはチートだわ。

 

「俺の名はアルバ。アルバ・F・ランバート。この魔法学園の……現学園長だ」

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