第23話

「……なんだか、未だに信じられないな」


 ムクロ達が去った後、ベッドに腰かけながらディオンがポツリと呟く。

 伝説級の蘇生魔法に、邪神復活に七罪の王セブンス・ロード

 衝撃的な事を一気に三つも聞いたため、ディオンの思考回路はショート寸前だった。

 

「我々は、実際に目撃したわけではありませんからムクロさんが嘘を言っている可能性もあります。ですが……」


「事実だろうなぁ。なんせ、俺が生き返ってる時点で、少なくとも七罪の王セブンス・ロードレベルではあるわけだし。俺達が勝てない強さであるのも確実だ」


 ジルの言葉を引き継いで、ファブリスが空を見上げながら言う。

 三人は、お互いに見つめ合うと示し合わせたかのように同時に盛大な溜息を吐く。

 唯一、イニャスだけがスヤスヤと心地よさそうな寝息を立てて寝ていた。


「全く、良いご身分だな……イニャスは。俺達がこんなに精神的に疲れてるっていうのに、気持ちよさそうに寝やがって」


 気持ちよさそうに寝ているイニャスの頬をツンツンと軽く突きながら、ファブリスが不満げに言う。

 もちろん、彼女も本気ではないが心中に溜まったモヤモヤを何かの形で吐き出したかったのだ。

 なにせ、ムクロに掛けられた誓いの呪言スウェア・カースにより、仲間以外に話すことが出来ないのだから、愚痴を言うくらいは許してほしいと思うファブリスだった。


「仕方ないですよ。ムクロさんの話では、三日は絶対起きないそうですし。起きて、イニャスさんが事情を知りたいと言えば、ムクロさんの所に行って説明してもらえば良いですし」


「それもそうだな。……しっかし、闇魔法ってのはこんなに規格外なのか?」


 元々、魔法面に関してはそれほど知識が深くないファブリスが、パーティ内で最も魔法に詳しいジルに尋ねる。


「実を言うと、さっきも言いましたが私も闇魔法については、それほど詳しくないんですよ」


「そうなのか?」


 ジルの言葉に、ファブリスが不思議そうに尋ねる。


「そういえば、ボクもそんなに詳しいわけじゃないな。せいぜい、呪いの魔法の類が豊富な事と威力の高い魔法がある事くらいか」


「概ね、その認識で合ってると思います。ただ、闇魔法に関して知らないというのも無理のない話なんですよ。何せ、徹底的に規制されてますからね。図書館とかでも、よっぽど高い地位を持ってないと見る事が出来ませんし」


 この世界で、闇魔法に関する書物などは隔離されており、通常の手段ではまず学ぶことは無い。

 せいぜい、闇魔法の危険さを教えられる程度だ。

 詳しく教えてしまうと、聡明な者ならばそこから独自に闇魔法を習得してしまう為、そういった手段を取られている。

 故に、この世界で闇魔法に詳しい人物というのは表舞台にはそれほど多くない。

 非正規の手段などを使える裏の世界になれば、闇魔法に詳しい者は多くなる。

 呪いを掛ける事を生業にしている人物も居るくらいだ。しかし、それもまたレベルに差があり、上位の魔法になるほど使える者は極端に少なくなってしまう。

 ムクロは闇魔法だとバレないかと心配していたが、実はそれほど警戒する必要は無く、裏の世界の人間が見ない限り、まず闇魔法とバレることは無いのである。

 もっとも、世間離れしていたムクロには、そんな当たり前の常識は無い。

 人間時代でも、常識はずれのパーティに入っていたため、根本的な常識が欠如しているのだ。

 ならば、レムレスが教えれば良いのでは思われるかもしれないが、彼女が死んだのも昔の為、現在の常識を知らない。

 常識知らずコンビに誰も教えてくれないので、二人はしなくてもいい警戒をし続けるという訳だ。


「何にしろ、闇魔法は未知の部分が多いという訳だな。今後の為にもムクロ君に教わるの手かもな」


「「ほほぉ?」」


「……なんだ、二人してそんな目で見て」


 何やらニヤニヤしながらディオンの方を見るジルとファブリスに、彼女は訝し気に眉を顰める。


「いや、別にぃ? ただ、随分ムクロの事気に掛けてんなって思ってな」


「そうですね。さっきも、敵対したくないとか言ってましたし」


「敵対しないと言ったんだ! そう言ったのはファブリスだろう! それに、命の恩人なんだから気に掛けて当然だろう!」


 ジルとファブリスの言葉に、ディオンは顔を赤くして答える。


「ジルさんや」


「なんでしょう、ファブリスさん」


「ディオンの好みは何だっけ?」


「自分より強くて、守ってくれる人……ですよ」


 わざとらしい笑みを浮かべながら尋ねるファブリスに対し、同じくわざとらしい笑みを浮かべたジルが答える。

 そして、二人してディオンをじっと眺める。


「ムクロ。ディオンの好みドンピシャだな」


 ファブリスがそう言った瞬間、ディオンはまるで瞬間湯沸かし器のように顔から湯気を出しながら顔を真っ赤にする。


「んなぅ!? なななな、何を言うんだ! 彼は骸骨だぞ!」


「おや? ディオンさんともあろう人が、見た目で差別するんですか?」


「ああ、そうじゃなくて……その、彼はリッチだろう! 人とモンスターでは……その……」


 ディオンは、何かを言おうとするが段々尻すぼみになっていき最後の言葉は聞き取れなくなってしまう。


「大丈夫、愛に種族は関係ねーよ。応援するぜ?」


 ファブリスは、慈愛の笑みを浮かべながらディオンの方を軽く叩く。


「そうですよ。彼の人となりは大体分かりましたしね。頑張ってください」


「あううぅ……あうあう」


 パッと見、美男に見えるディオンはまるで恋する乙女のように体をモジモジとさせる。

 その様子が、さらに二人のイタズラ心刺激したのか盛大に攻める。

 昨晩、死闘を繰り広げたにもかかわらず、三人の女性は華やかなガールズトークを繰り広げるのだった。



「では、報告を聞こう」


 ランタンの光だけが広がる薄暗い部屋で、男の声が響く。

 先程口を開いた男の他に十人の人影が円卓を囲むように座っている。


「やられたのは、双魚宮ピスケス天蝎宮スコーピオの部隊のリーダーのナナフシとバイル。二人共、例の儀式のためにファストの街へ行っていたが、一等級冒険者が率いるパーティに全滅させられたらしい」


 右に座っている男が、手に持っている資料を見ながら説明する。


「ナナフシは戦闘力は無いから分かるけど、バイルも? あいつ、俺達の中でもトップクラスに強くなかったっけ」


 それに続くように、子供っぽい声が軽く驚いたように言う。

 ナナフシは、持ち前の変身魔法で幹部までのし上がり、バイルは純粋な戦闘力でのし上がったので、当然の評価と言えるだろう。


「で? どこの誰なの? その冒険者って」


「リーダーは、一等級冒険者のディオン、以下二等級のファブリス、ジル、イニャスの四人パーティで名前は『戦乙女の行進ヴァルキュリア』」


「ああ、確か東の国の王都を拠点にしてたかしらねぇ」


 男の説明に、艶めかしい声の女が思い出しながら言う。


「それにしても……バイルを倒すなんて強いのねぇ……私の可愛い子供達とどっちが強いのかしら?」


 女はそう言うと、自分の両隣に立っている全身鎧の二人を眺める。

 どちらもフルフェイスの兜を被っており、性別や表情は分からない。

 右に立っている人物の鎧の右胸にはⅠ。左に立っている人物にはⅡと描かれていた。


「もし、この子達と互角に渡り合えるようなら……私のコレクションに加えようかしら?」


「まーた出たよ。ウェルミスの悪い癖が」


 子供の声が、ウェルミスと呼ばれた女の言葉にうんざりしたように呟く。


「ふふ、良いじゃない。どうせ、私達に逆らったんだから殺すでしょ? だったら、私のコレクションに入れても問題ないはずよ。ねぇ、ボス?」


 ウェルミスは、ボスと呼んだ人物の方に熱っぽい視線を向けながら尋ねる。


「……構わん。ただし、やるなら必ず殺せ。歯向かった奴が生きているとなれば、示しがつかん」


「りょうか~い。うふふ、どんな子達なのかとても楽しみだわぁ……」


 ボスからの許可を受け、ウェルミスは恍惚の表情を浮かべ、これから殺すであろうディオン達の姿を思い浮かべる。


「ウェルミスはいつも通りとして……ナナフシとバイルの死体は? それに生き残った奴は居るのか?」


「それがな、不思議な事に死体が一切残っていないらしい。地上部分には戦った形跡や血痕が残っていたが、地下の儀式の間には一切そういった物が無かったようだ」


「へぇ……」


 男からの説明を受け、他の面々は興味深そうに感嘆の声を漏らす。

 儀式の間には、それなりの人数が居たはずだ。

 それを一切の痕跡無く全滅させたとあれば、戦乙女の行進ヴァルキュリアというパーティを侮る訳にはいかないと考えたのだ。


「ボス、もう少し奴らを調べた方が良いんじゃないんですか? ひょっとしたら、とんでもない奴らかもしれないですよ」


「それもそうだな。ウェルミス、双魚宮ピスケスから諜報に長けた奴を集めて情報収集をさせろ。危険度が高いが、双魚宮ピスケスの次のリーダーにするとでも言えば、奴らは張り切るだろう」


「了解よぉ、ボス。乙女部隊『処女宮ヴァルゴ』リーダー、ウェルミス。必ずやボスの期待に応えて見せるわぁ」


 ウェルミスは、豊満な胸を寄せつつ舌なめずりをしながらそう答えるのだった。

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