第21話

「はっ! ……あ? ここは、宿?」


 ディオンが跳ね起きると、見覚えのある景色に困惑したような表情を浮かべる。


「あ、起きた?」


「ムクロ君! って、あれ? ボク、確か君に殺されたはずでは……」


 俺の顔を見ると、目を見開いて驚くがすぐに状況を思い出すと不思議そうにする。

 ちなみに、今の俺は人化をしている。

 俺達の泊まってる部屋ならまだしも、ここは他人の部屋だからな。いつ誰が入ってくるか分からないから注意するに越したことは無いだろう。


「まあ、確かに不思議に思いますよね」


「まったくだよ」


「ジル! それにファブリスも!? 君は、確実に死んだと思っていたんだけど……」


 嫌がるアグナを撫で繰り回していたジルとファブリスがディオンに話しかけると、彼女は更に驚く。

 アグナというのは、昨日の夜に見つけた少女の名前なのだが……詳しい事はもう少し後で説明する。

 そうそう、イニャスは昏睡の蛇ラァサージィクを喰らっているので、明後日まで起きない。

 あの魔法は、俺でも解くことが出来ない。それだけ眠りの呪いが強力という訳だ。


「俺も確実に死んだと思ってたよ。何せ、胴体が半分だったからな。ただ、かなー……り信じられないんだけどよ。そこのムクロが蘇生してくれたんだとよ。完全蘇生リザレクションつったか? その魔法の効果で完全な状態で蘇るんだとよ」


「お蔭で、私の腕もこの通り、元に戻っています」


 ジルはそう言うと、くっついた腕を見せて自在に動かして見せる。


完全蘇生リザレクションだって? 馬鹿な、あれは伝説中の伝説。存在すら怪しいと言われていた闇魔法じゃないか。そんなのが使える君は一体……呪いで闇魔法しか使えないと言っていたが、呪いにしては随分強力な魔法が使えるんだな」


 ディオンは、訝しげな表情を浮かべながら尋ねてくる。


 『完全蘇生リザレクション

 それは、文字通り相手を完全に蘇生する魔法である。

 死ぬ前に怪我してようが病気してようが、バッドステータスに掛かってようがまさに完全な状態で蘇生する魔法だ。

 蘇生魔法は光属性のイメージがあったのだが、この世界では闇属性になる為、俺にも使えるという訳だ。

 ただ、効果が効果だけに使える奴は、俺が知ってるだけでも他に一人しか知らない。

 闇魔法の中でもトップクラスのチート魔法だ。

 回復魔法を俺が持っていない以上、この魔法で回復させるしかなく完全蘇生リザレクションを使ったのである。

 まあ、死者への冒涜だとか罵られそうだが、こちとら命を救った恩人なのである。

 そんな文句は言わせない。

 実際、ファブリスは驚いていたが感謝してくれたしな。

 ジルもまあ、特に批判することは無く、逆に興味深そうにしていた。

 伝説級の魔法だから、同じ魔術師ソーサラーとして気になるのだろう。


「そうだな……どこから話そうかねぇ」


 何とかなるだろうと、特に考え無しで蘇生させたので良い言い訳が無い。

 まあでも、ディオン達くらいになら素性を話しても良いかもな。

 流石に命の恩人を売る様な真似はしないだろう。

 あ、でも万が一の事があるし保険は掛けとくか。


「話しても良いけど、君達には誓いの呪言スウェア・カースを掛けさせてもらう」


「「「誓いの呪言スウェア・カース?」」」


 俺の言葉に三人が首を傾げる。

 うーん……割かし有名だと思ったんだけど、禁忌とされてるから誰も学ぼうとしないのかなぁ。

 使う奴が居ないわけじゃないのに。


「えーと……簡単に言えば、約束を厳守させる魔法、かな。約束を破れば死んじゃう奴」


「死……!?」


 俺のあっさりとした言葉にディオンがギョッとする。

 生き返ったばかりで、そんな驚いてばかりだと体に悪いぞ。


「大丈夫だって。約束さえ守れば死にはしないから。まあ、それが嫌なら俺の正体は秘密って事で。あ、昨日何があったかくらいは普通に説明してあげるから安心して良いよ」


 俺の言葉に、三人は悩んでいる。

 まあ、いきなり約束破ったら死ぬなんて言われたら悩むわな。


「私は……構いません。魔導を追及する身として、純粋に気になりますから」


「俺も良いぜ。普通に気になるしな。それに、お前がどんな奴でも生き返らせてもらったっていう大恩があるんだ。それこそ、死んでも約束は守るさ」


 最初にジル、次にファブリスがそう答える。


「で? ディオンはどうする?」


「少し……考えさせてくれ」


 ディオンは、真剣な表情を浮かべながらそう答える。

 もしかしたら敵として相対するかもしれなくなるという葛藤があるのか、ディオンはかなり悩んでいるようだ。

 イニャスについては、起きてから改めて問う事にする。


「ま、ゆっくり考えなよ。じゃ、まずは昨日の事から話そうか」


「ただいま戻りました」


 俺が今から昨日の事について話そうとしていると、何かを持ったレムレスが帰ってくる。


「ああ、おかえり。丁度いいのあった?」


「はい。彼女を外に連れて歩くわけにいかなかったので、サイズが分かりませんでしたが、それっぽいのを何点か」


 レムレスがそう言うとベッドの上に何着か女児サイズの服を並べる。

 ワンピースタイプに、ズボンとトップスのワンセット、黒を基調としたフリフリのゴスロリ服にスク水(旧式)……、


「って、ちょっと待て」


「何でしょうか?」


「なんでスク水なんか買ってきた? しかも、旧式」


 こんなのが異世界にあるのも驚きだが、それを買ってきたレムレスのセンスの方がもっと驚きである。


「一目見て旧式と分かるとは流石マスター」


 珍しくレムレスが褒めてくるが、非常に嬉しくない。


「……まあ、強いて言えば趣味ですね。想像してみてください、アグナさんがスク水を着てる姿を」


 レムレスの言葉に、俺はアグナのスク水姿をもうそ、じゃなかった想像してみる。

 

「…………ありだな」


「でしょう?」


 俺の言葉に、レムレスはムフーと鼻を鳴らす。


「いやでも、流石にこれ着て街中は歩かせられねーよ」


 現在のアグナの姿は、シーツを軽く巻いただけのアラレもない姿である。

 最初に出会った時に全裸だったので応急処置だ。

 それで、同じ女であるレムレスに服を買いに行かせたという訳だ。


「……っ!」


「そんな、しまった! みたいな顔すんなよ。こっちの方がびっくりだわ」


 何だろう、旅に出てからレムレスの変な一面がドンドン垣間見えている気がする。


「ま、まぁいいや……ほら、アグナ。好きな服選びな」


「はーい、パパ!」


 俺の言葉にアグナは元気よく返事をして、ジルとファブリスの可愛がり攻撃から抜け出すと、服の方へとトトトと走る。


「こら、アグナ。お兄ちゃんと呼びなさいと言ったでしょ。もしくは、お兄たま」


「ごめんなさい、お兄ちゃん」


 俺が注意すると、アグナはシュンとしながら素直に謝る。

 うーん、やっぱり何回見ても邪神には見えねーなー。


「パパ? 君、子供が居たのかい?」


「あー……それも含めて説明するよ」


 ディオンの問いに、俺は頬を掻きながら説明を始める。

 そう、あれは昨日、アグナに出会った時まで遡る。



「マスター、私という者が居ながら、いつの間に子供なんて作ったんですか。しかも、こんなに大きな子供。もしかして行きずりの女に孕ませたんですか? このスケコマシボーンめ」


「いや、知らねーよ。ていうか、いつから俺はお前の物になったんだよ?」


「?」


「本気で不思議そうな顔すんな」


 こいつの行動がホント読めねぇ。

 まあ、レムレスは放っておいて、まずはこの全裸の美少女だ。

 ……字面で見るとやべぇな。

 ま、まあいい。


「えーと、お嬢ちゃん? 俺がパパってどういう事かな? 俺、君の事知らないんだけど」


「私、アグナキアって言うの。えっとね、昔にね、邪神として悪い事してて封印されちゃったの」


 アグナキアと名乗る少女の言葉に、俺とレムレスは顔を見合わせる。

 この子が邪神? いやでも、この禍々しい魔力は確かに納得できるかもしれんが……。


「それでね、七個に分けられた時に司る物もバラバラになっちゃったの」


「司る物?」


 それは初耳である。


「えっと、暴虐、無垢、邪悪、虚無、破壊、殺戮、拒絶の七個。私達は記憶を共有してて昔、暴虐の封印が解けたけど改心してて人と一緒に暮らしてたみたい。あ! 私は無垢を司ってるよ!」


 見た目は子供なのに、随分難しい言葉を知ってるんだな。

 まあ、この世界では見た目=年齢ではないしな。

 それにしても、無垢を司る……か。

 あれか純粋悪とか善みたいなもんか。それで、目の前のこの子は邪神の良心みたいな感じだな。


「それでね、私は赤い宝石に封印されてて、ずっと眠ってたの。そしたらね、あったかい魔力を感じで宝石から出て来れたの! 起きた時、その魔力がパパのだってすぐに分かったんだよ! だから、パパ!」


 なるほど、どうやら俺が宝玉を持ったせいで、俺の魔力が反応し復活してしまったらしい。

 ……あれ? これって、俺が大戦犯じゃね? 邪神を復活させた張本人だから。


「オツトメ、頑張ってきてください」


 色々察したレムレスが、遠い目をしながら肩に手を置いてくる。


「お前も共犯だろうが」


「いえ、マスターの魔力に反応して復活したのであれば、マスターの責任かと。私は、無実の一般市民です」


 普段は運命共同体とか言ってるくせに、こういう時ばかり他人のフリしやがって。


「どうしたの? パパ」


 アグナキアが不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。

 

「えーと、まずそのパパってのは、色んな誤解を与えるから、せめてお兄ちゃんって呼ぼうか」


「分かった、お兄ちゃん!」


「ぐはっ!?」


 なんだこの破壊力は!

 たかが、お兄ちゃんと呼ばれただけで心が非常にざわつく。


「す、すまん。もう一回言ってくれるか?」


「お兄さマスター」


「おめーじゃねーよ」


 しかも、ちょっと上手い事言ってんじゃねーよ。


「? お兄ちゃん?」


 ……決めた。俺、この子守るわ。

 復活させちゃった責任もあるしな。うん。

 また封印するのは可哀想だしね!


「という事で、俺達が預かるぞ、この子……いや、そんな露骨そうに嫌な顔すんなよ」


「……あ。分かりました」


 眉をひそめて、不満を顔に出していたレムレスは唐突に何かを思いつくと微笑を浮かべて了承する。

 酷く嫌な予感がするが、聞くのが怖いのでスルーさせてもらう。


「よし、そうと決まれば早速連れてくぞ。途中であいつらも拾っていかなきゃな」


「了解です」


 レムレスが頷くと、俺はそこら辺に落ちていた布きれをアグナキアの体に巻いてやり、その場を後にする。

 その後、胴体が二つに分かれていたファブリスを蘇生した後事情を説明。

 思ったよりファブリスの体力が消耗していたので、二人の蘇生は宿に帰ってからにしたのだった。



「――と、いう訳だ。アグナキアだと長いし、邪神の名前だって分かるから短くしてアグナって呼んでる」


「……なんというか、色々凄いな」


「俺もそう思った」


「私もです」


 ディオンの言葉に、ファブリスとジルがウンウンと頷く。

 俺が話している間にアグナは服を決めていた。

 ちなみにゴスロリ服だ。うむ、良い趣味である。

 そして、ゴスロリ服に着替えたアグナは俺の膝の上に座って満足そうにしていた。


「それにしても邪神か。見た目からはとても想像できないな」


「無垢を司るらしいしね。言葉通りの意味なら、納得じゃない?」


 俺がそう答えると、ディオンはそれもそうかと納得する。


「とまぁ、これで全部話した訳だけど……ディオンは、俺の素性を聞く決心がついた?」


 ディオンは、しばらく悩んだ素振りを見せた後口を開く。


「……そうだな。邪神の話を聞いたんだ。今更何聞いたって驚きはしない。聞かせてもらおう。何を聞いても、私は敵対しないと誓う」


「本音を言うと敵対したくない。じゃないのか?」


「う、うるさいぞ。ファブリス! 君は、一度死んでも減らず口を叩くんだな!」


 ファブリスの軽口に対し、ディオンは何故か顔を真っ赤にして起こる。

 彼女の態度は謎だったが、特に気にせずに誓いの呪言スウェア・カースを三人に掛ける。


「特に何も起こらないのだな」


「まぁね。普通に生活する分には何も支障ないよ」


 自分の体を確認すると三人に俺はそう答える。


「さて、それじゃあ話そうか。まず俺は……七罪の王セブンス・ロード

の一人で怠惰の王ロード・オブ・スロースだ」

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