第18話

「き、君は一体……」


 声を掛けた俺の方を見ると、ディオンは不思議そうに尋ねる。


「俺は……そう。闇より生まれながら、光に生きようとする者……とでも言おうか」


 俺は、手に持っている見せかけロッドでカツンと床を軽く叩きながら、厳かに答える。

 うん、決まったねこれは。

 いやー、我ながら良いタイミングで来れたな。

 誰かのピンチに颯爽と現れる。うん、カッコいいわ。

 しかも、現れたと同時に雑魚敵を一掃と来たもんだから完璧だね。


「あら、ムクロさん。お会いしたかったです……それはもう殺したいくらいに貴方の事を思ってたんですよ?」


 俺の姿を見たナナフシがにこりと笑いながらそう言う。

 今は、シーフォの姿をしてるからか、とても穏やかな表情を浮かべている。

 殺気と怒気と恨みが入り混じったオーラが凄まじいが。

 俺の掛けた呪いは解けなかったのか、手足には黒い呪印が広がっている。

 まあ、俺の掛けた呪いがそう簡単に解けるわけがない。


「俺も会いたかったよ。君には、俺をコケにしてくれたお礼をしないといけないからね」


 俺はそう答えつつ、改めて状況を確認する。

 手に弓を持った女――確か、ファブリスだったか――は、上半身と下半身がさよならしてファブ/リスとなっている。

 次に学者風の……ジルは片腕を損傷。もう一人の赤い鎧を着たエルフは戦意喪失をしたのか隅で縮こまってしまっている。

 もしかしなくても、こいつがイニャスだろう。

 なるほど、エルフだったのか。どうりで人前で顔を見せたがらないわけだ。

 かなり可愛らしく、まず間違いなくエルフ狩る者達の餌食に遭うだろう。

 しっかし、戦乙女の連中が来てるのは予想外だった。

 骨姿を見られてしまったが、ここで恩を売っておけば俺に襲い掛かる事はしないだろう。

 特に聖銀騎士パラディンは曲がった事が嫌いだから尚更だ。


「……ふむ、本当に骨なんだな。そして、ここに居るって事はあいつらは襲撃に失敗したって事か」


 俺が状況を確認していると、ハゲが話しかけてくる。

 あのわざとらしいカツラは無いが、目の傷と顔がボンレス本人だった。


「ああ、俺は不死身なんでね。あんな奴らじゃ俺は殺せないよ。勿論、隣のレムレスもね」


「本当にムクロ君……なのか? どうしてそんな貧弱そうなスケルトンの姿なんかに……」


 俺がボンレスと話していると、ディオンがそんな事を尋ねる。


「まあ、色々事情があるんだよ。……っていうか、俺はスケルトンじゃないからね? 上位種のリッチだからね?」


「見た目は、紛う方なきスケルトンですけどね」


 うるさいよ、レムレス。見た目が貧相というか貧弱なのは俺も気にしてるんだから言わないでほしい。


「こほん。それで? 俺を襲った理由を聞かせてもらおうか、ボンレス」


「ボンレスは偽名だ。本当の名はバイルという。占星十二宮アストロロジカル・サイン天蝎宮スコーピオリーダー、滅毒のバイルだ」


 ふむ、やっぱりボンレスは偽名だったか。あまりにもアレな名前だったしな。

 

「そして、お前を襲った理由だが……うちの組織に手を出したから、見せしめのためにも粛清しようと思ったわけだ。この業界、舐められたら終わりなんでね」


 なるほど。どこのヤクザだよとツッコミたいところだが、裏の組織だしこんなものかもしれない。


「ムクロさん、バイルさんは強いですよ? 死にたくなかったら、私の呪いを素直に解いた方が良いと思いますよ。これ、うちの組織の人間じゃ解けなかったんですよねぇ、忌々しい事に」


 俺が一人で納得していると、ナナフシがそんな脅迫めいた事を言う。

 確かに、一等級冒険者をあっさり倒している事から、バイルの強さが尋常でないことが分かる。

 冒険者の等級は、あくまで表での強さの指標だ。裏の世界では、冒険者として登録してはいないが一等級並みかそれ以上に強い奴などゴロゴロ居る。

 目の前のバイルのようにな。

 ……さて、どうしたものか。


「まあ、呪いくらいはすぐ解いてやるよ。そっちから俺に干渉させるために掛けただけだし」


 少し考えた後、特に呪いを掛け続ける理由も無いため、ナナフシに掛けた呪いを解いてやる。

 すると、まるで巻き戻しでもするかのように呪印がするすると後退していき、最後には跡形も無くなる。

 確認するように手足を眺めるナナフシだが、完全に呪印が見当たらなくなったのを確認すると笑顔をこちらに向けて口を開く。


「ありがとうございます! では、用事も無くなったので……死んでください」


 その言葉を合図に、俺は自分の頭が消し飛ぶのを感じる。

 すぐに復活し確認すると、どうやら後ろからバイルが攻撃したようだ。

 よく見てみれば、バイルの両腕は紫色に染まっていた。

 なるほど、毒手か。

 しかも、ただの毒じゃなくてかなり強力な毒っぽい。


「マスターに何するんですか、このハゲ」


 レムレスが華麗に飛び上がって後ろ回し蹴りを喰らわそうとするが、見た目に反してかなりの速度でその場から離脱する。

 ふむ、その速度で俺達に一瞬で近づいたって訳か。

 ていうか、お前の見た目でスピードタイプとか反則だろ。絶対、パワータイプじゃん。


「一つ言っておく」


 俺達から離れ、トントンとリズミカルに軽く跳ねながらバイルが口を開く。


「俺はハゲでは無い。坊主だ。あえて髪を剃ってるだけなんだから」


 何を言うかと思ったら、そんな事かい。

 俺だって髪の毛無いんだから、そんな気にする事無いと思うんだけどなぁ。


「それよりも……だ。確かに頭部を仕留めたと思ったんだが、幻術か何かでも使ったのか?」


「だから、さっきも言ったじゃん。俺は不死身だって」


「ありえねーんだよ。不死身だなんて」


 俺の言葉に、ナナフシが反応してそう言う。

 ナナフシの方を見れば、以前見た金髪の軽薄そうな男の姿になっていた。

 どうやら、変身した姿に口調が引っ張られるっぽいな。


「良いか? 一部の伝説クラスの化物くらいしか不死身な存在は居ないって言われてんだ。なのに、お前みたいな貧弱スケルトンが、そんな大それた特性持ってるわけないだろうが」


 酷い言われようである。

 確かに、この世界で不死身の存在というのはごく一部の高位種だけだが、それでも少しくらい信じてくれたっていいと思う。


「……まあいいや。お前が不死身だろうが何だろうがバイルには勝てねー」


「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃん……っと!」


 ナナフシの方を向いて話しながら、俺は不意打ちで闇の矢を一本、バイルに向かって放つ。

 しかし、バイルが腕を一振りすると闇の矢がドロリと溶けて無くなってしまう。


「俺の毒は、形無き魔法すらも溶かす。貴様の魔法が如何に強かろうと、俺の前では全て無価値だ」


「なら、その腕に触れなければいいだけでしょう?」


 バイルの意識の死角を突き、後ろに回り込んだレムレスが正拳突きをバイルに向かって放つ。


「遅い」


 完全に虚を突いたと思ったのだが、レムレスの動きに難なく反応したバイルは腕を振って、レムレスの右腕を溶かして落とす。

 なんだよあの反応速度。ほとんどチートじゃねーか。


「……ふむ、行けたと思ったのですが予想以上に反応が早いですね」


 腕が溶け落ちたのを確認したレムレスは、すかさずその場から離れ俺の隣へと戻る。


「大丈夫か?」


「問題ありません」


 レムレスはそう答えるが、溶け落ちた断面はグズグズに腐っており、とても大丈夫そうには見えなかった。

 まあ、痛覚は無いから痛がる素振りは見せないが。


「なるほど、貴様もアンデッドという訳か」


 レムレスの反応を見て、バイルが納得したように言う。

 おそらく、あの腕で溶かされればジルのような反応になるのだろう。

 

「まじかよ、アンデッド二人とかやってらんねーな」


「ナナフシ、お前はどうせ戦わないだろ」


「まーな、なんせ俺は戦闘力は皆無だからな!」


 威張って言う事じゃないと思う。

 

「という訳で、俺は呪いが解けて満足したから後は任せた!」


 ナナフシは、そう言ってその場から逃げようとする。

 逃がすまいと魔法で攻撃しようとしたら、予想外の所から妨害が入る。


「貴様は……逃がさん」


「なっ、離せ! 離せよ、クソアマ!」


 息も絶え絶えのディオンが、ナナフシの足を掴んで逃がさないようにしていたのだ。

 ナナフシは、ディオンの溶けた背中を踏みつけ必死に逃げようとするが、彼女は手を離そうとしなかった。


「ナイスです、キャラ被りさん」


「えぁ?」


 ボッ。

 レムレスの声と共に、まさにそんな擬音がぴったり合うような光景が目の前に広がる。


「……」


 ディオンに足を掴まれ、動けなくなったナナフシの頭に対し、レムレスの渾身の蹴りが炸裂したのだ。

 この間の鬼人族ならともかく、ナナフシはおそらく普通の人間。

 人間如きの耐久力で、レムレスの一撃が耐えられるはずがなく頭が綺麗に吹き飛んで、真っ赤なシャワーを首から吹き出しながらドサリと倒れ込む。


「レムレス、何も殺さんでも」


「いえ、この不届き者はマスターをコケにしましたので万死に値します。マスターをコケにしていいのは、私だけなんですから」


 レムレスは返り血を浴びながら、むふーと満足げに鼻息を漏らす。

 その台詞と返り血が無ければ、結構可愛い仕草なんだけどなぁ。

 あまりの光景に、ナナフシの足を掴んでいたディオンも呆気にとられてしまっている。

 背中の爛れた後が非常に痛々しい。女の子なんだから、そういう傷は出来れば治してあげたい。回復魔法無いけど。

 あ、でもアレやればイケるか……? 


「おいおい、呪いを掛けるだけじゃ飽きたらず、幹部の一人まであっさり殺してくれたな」


 俺が、ディオンの傷を治す方法を考えていると苛立たしげなバイルの声が聞こえてくる。


「なるべく苦しませず殺そうと思っていたが……仲間の一人を殺されたら、そんな事は言ってられんな。占星十二宮アストロロジカル・サインに歯向かった事を後悔しながら死んでいくが良い」


 バイルはそう言うと、両腕をこちらに構える。

 おそらくは、またあの超速度で攻撃をしてくるのだろう。

 どんな魔法を放っても、あの腕に触れば全て無効化されてしまう。

 魔法を直接攻撃で無効化するとか聞いたことないが、実際にやってのけてしまう奴が居るのだから仕方あるまい。


「一つ聞いていいか?」


「それがお前の遺言になっても良いのならな」


「魔法の無効化ってさ、お前の手に触れた場合だけだよな?」


「確かにそうだ。しかし、俺の超反応を持ってすれば、どんな攻撃魔法だろうと迎撃する」


 俺の質問に、バイルは自信満々でそう答える。

 実際に目の当たりにしてるし、あながち誇大表現でも無いのだろう。

 だが、


「じゃあさー、お前自身が動けなかったらどうなるかな?」


 腕に触れた物が無効化されるなら、触れない魔法を掛ければいい。


「どういう……っ! か、体が動かん……貴様、何をした!」


 急に動かなくなった自分の体に驚愕し、今まで冷静だったバイルが声を荒げる。

 そりゃあ、いつの間にか自分の体が動かなくなればビビるわな。


「影縛り……簡単に説明すると相手を動けなくする魔法だな」


「馬鹿な、俺自身に魔法を掛けた素振りは無かったぞ」


「ああ、お前自体には掛けてないよ。お前自体には……な。首だけ動かせるようにしてやるから後ろ見てみ」


 俺はそう言うと、バイルの束縛を首だけ解いてやる。

 バイルは、俺を睨みながらも首が自由になると後ろを向く。

 そこにはバイルの影があり、その影の上には先程溶け落ちたレムレスの腕があった。


「……これが、どうかしたか?」


「本当はさ、影縛りって相手の影に魔力を込めたナイフを刺したりするんだよね。だけど、お前の反応が早すぎるからそういうのは避けられると思ったんだ。だからさ、最初から影の上にあったその腕を代用しちゃった」


 などと、簡単に言ってはみたが、普通はそんなあっさり代用は出来ない。

 闇属性を極めた俺だからこそ出来た所業と言えよう。エッヘン。


「俺とレムレスは繋がってるからな。腕でも代用出来たって訳さ」


「繋がっているなんてやらしいですね。この、スケベボーンが」


 スケベボーンってなんだよ。

 あと、繋がってるって魔力的意味だからな? 肉体的に繋がって無いからな?

 ちょっとそういうエロい気持ちはあるけど、わざわざ猛獣に手を出すような真似はしたくない。


「誰が猛獣ですか、こんな可憐な美少女をつかまえて」


「だから心を読むんじゃねーよ」


「くそ……俺が少しも体を動かせないとは。これだけの闇属性の使い手なら、ムクロなんて名前、知らないはずが無いんだが」


「まあ、闇属性極めてからは隠遁生活送ってたからね。どっちかっていうともう一つの名前の方が有名かな」


「もう一つ……? まさか、貴様はセブンス……」


 バイルは、その言葉を最後まで言う事無く息絶える。

 俺の手にはバイルの心臓があり、それを握りつぶしたからだ。

 秘技『奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴方の心臓こころです』だ。

 バイルが、ディオン達の前で俺が七罪の王セブンス・ロードだって、ばらしそうになったので思わず殺してしまった。

 闇属性には、記憶を操る魔法が無いのでディオン達に知られるわけには行かないのだ。

 かといって、彼女らを口封じで殺す訳にもいかないしな。

 なので、悪人であるバイルなら心が痛まないので死んでもらった。

 情報に関しては、ゾンビにして聞きだせばいい話だし。

 

「マスター……」


 汗も掻いてないのに汗を拭う仕草をする俺を見て、レムレスが冷ややかな視線を送ってくる。

 おそらくは、俺がバイルを勢いで殺してしまったのを見抜いているのだろう。


「ディオン! 大丈夫だったか?」


 俺はレムレスの視線に気づかないフリをして、ディオンに話しかける。


「あ、ああ……助かったよ?」


 ディオンは、何故か疑問符を浮かべながら答えるのだった。

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