第16話

 草木も眠る丑三つ時、俺達の泊まっている部屋の周りを囲む殺気に目が覚める。


「レムレス」


「ここに」


 体を起こしながら、声を掛けるとベッドの横で既に待機をしていた。

 流石はレムレスである。


「さっきからあからさまに出ているこの殺気。どこの奴だと思う?」


「恐らくはボンレスかと思われます。あまりにも条件が整いすぎてますから。ボンレスは、まず間違いなくナナフシの仲間でしょう」


 俺の問いに対し、レムレスがそう答える。

 ま、そうなるよなぁ。

 ボンレスは、もっともらしい理由を話していたが、奴からは微かに敵意が感じ取れた。

 この体になってから、アンデッドとしての特性なのかそういう負の感情に敏感になっている。

 ボンレスとしても、敵意は隠しているつもりだったとは思う。

 奴からは歴戦の戦士の雰囲気を感じ取ったからな。そういうのを隠すのは得意だろう。

 ……まあ、ボンレスから真意を聞きだすのはいつでもできるから、まずは襲撃者の対処だ。

 扉の方に人の気配を感じたので、俺は身構える。


「……あぎぃ!?」


 扉を開けた瞬間、黒づくめの男が一人入ってくるが俺の放った魔法により上半身が吹き飛ぶ。

 断末魔も一瞬で、上半身を失った男はそのままドサリと床に倒れ込む。

 盗賊団の時は、全員生け捕りのつもりだったから手加減したが、今回はその必要が無い。

 最悪、皆殺しにしても生き返らせれば情報聞けるしな。

 遠慮なくやらせてもらう。


「おーおー、団体さんでお越しだな」


 一瞬でやられた仲間を見て、一筋縄ではいかないと判断したのか他の黒づくめの男達が数名扉や窓から部屋の中に入ってくる。

 どいつも短剣や爪などの武器を装備しており、俺達を殺す気満々である。


「……ス、スケルトンだと」


 しかし、俺の姿を見るや一人の男が驚きの声を上げる。

 当然だ。相手は人間だと思って殺しに来たら、モンスターだったのだ。

 普通は驚くわな。


「だけど、一つ訂正があるな」


「ごぼぁ!?」


 俺の虚ろな眼窩から、黒い蛇が飛び出すと一人の男の心臓部を貫く。


「俺はスケルトンじゃない。リッチだ。二度と間違えんな馬鹿野郎」


 俺は、残った奴らにズビシッと指を差しながら指摘する。

 二人続けてあっさりやられた事で、奴らはかなり動揺しているようだった。

 ふむ、あと五人か。

 俺を殺しに来るくらいだから、もう少し調べてるかと思ったらそうでも無かったらしい。

 ……とりあえず、俺の安寧の為にも目撃者は消しとくか。

 俺が人化してる時だったら、生き残れたかもしれないのにな……可哀そうに。


「……くっ!」


 窓側に居た二人の内、一人が俺に敵わないと知るやすぐに窓から飛び出して逃げ出す。

 室内ならまだしも、街中では派手に魔法が使えない。

 なので、外に逃げるというのは良い案だ。だが、


「レムレス、頼んだ」


「面倒ですけど……了解いたしました」


 たまには素直に言う事聞いてくれないかなぁ……。

 まあ、これがレムレスだと思って諦めよう。


「逃げた奴は生け捕りで頼む。生きてさえいればいいから」


「分かりました。では……」


 レムレスは、ペコリと頭を下げると窓から逃げた奴を追っていく。

 いくら足に自信がある奴でも、人間である限りレムレスからはまず逃げれない。

 この間の、鬼人族がおかしかっただけで普通の人間では、レムレスには到底勝てないのだ。


「さて、レムレスの方は安心して任せるとして……お前らはどうする?」


 俺を警戒してか、呑気にレムレスと話している間も奴らは襲い掛かったり逃げるような事はしなかった。

 男達は、お互いに顔を見合わせ頷くと武器を改めて構える。


「へぇ、こんだけの力の差を見せつけて逃げないのか、感心感しべっ!?」


 男達の態度に感心していると、後ろからナイフが後頭部に突き刺さり、そのまま額の核を砕いてしまう。

 当然、核を砕かれた俺は形を保てなくなり、いつものように消滅する。

 俺がやられた事で、安堵の空気が流れるがすぐにまた緊迫した空気に戻る。

 なぜなら、


「あーもう、びっくりしたなぁ。人が話してる時は大人しく聞こうぜ」


 死んだはずの俺が蘇ったからだ。

 その様子を見た男達は、おそらく今まで一番驚いたようだった。

 俺を殺した男も、他の二人の方へと逃げている。


「ふ、不死……だと?」


「聞いてないぞ、そんな事!」


「いや待て。何かの魔法で死んだように見せかけただけかもしれない。ハッタリに決まっている!」


 おーおー、三人とも慌てちゃって。


「と、とにかく! こいつは、魔法自体は強力だが耐久力はゴミだ! 三人で同時に掛かるぞ!」


 一人の男がそう叫ぶと、残りの男共は同時に頷く。

 くそ、俺の弱点がバレてしまった。

 

「あー、一応言っておくとね。近づかない方が良いよ。死ぬから」


「そんな嘘に騙されるか。魔法の気配などしないからな」


 折角俺が忠告してあげたというのに、男達は一斉に俺へと飛びかかるのだった。



「マスター、ただいま戻りました」


「おかえりー……って、それってもしかして」


「はい、逃げた暗殺者アサシンです」


 レムレスはそう言うと、脇に抱えていたボロ雑巾のような物体を床に放り投げる。

 四肢は、有り得ない方向に折れ曲がっており顔も原型が分からない程ボコボコに腫れている。

 とりあえず生きてはいるようで、放り投げられた時に小さく呻き声を上げていた。


「マスター、そこに転がってる物体は何ですか?」


 俺が男の様子を確認しているとレムレスが話しかけてくる。


「んぁ? ああ、そいつらは元人間だよ。俺の忠告無視して近づいちゃって、あの魔法の餌食」


「……もしかして“アレ”ですか?」


「そうそう。魔法感知にも引っかからないし、トラップとして優秀なんだよね、アレ」


「うわぁ……お気の毒に」


 俺の答えを聞くと、レムレスは心底同情したような声音で言う。 

 まあ、それはおいといて話を聞かないとな。


「おーい、生きてるかー?」


 俺はしゃがみ込むと、ペチペチと男の頬を叩く。


「う……うう……」


「おお、生きてたか。良かった良かった。楽になりたかったら、素直に喋りなよ? 誰に依頼された?」


「い、依頼……主は……は、話せねぇ」


 俺の問いに対し、息も絶え絶えになりながら男がそう答える。

 瀕死だというのに見上げたプロ根性だ。もし俺が同じ状況ならあっさり喋るぞ。

 ……仕方ない、こういう苦しませるような事ってあんまり好きじゃないんだけど。


「レムレス」


「はい」


「あぎゃあああああああああ!? あ、あが……」


 俺がレムレスの名前を呼ぶと、彼女は手に持っていたナイフを男の太ももに容赦なく突きさす。

 レムレスは、短剣なんか持ってなかったから恐らくは男の持っていたものだろう。


「ごめんな? 俺だって、こんな事したくないんだよ。……で、誰に依頼された?」


「依頼主……は、お、教えん……」


 すげーな、これでも喋んないのか。

 

「マスター、喋りたくなるようにしましょうか?」


「いや、良いよ。多分、こいつは死ぬまで喋らないだろう」


 これは、そういうタイプだ。

 プロ意識を持ってるやつほど、厄介な奴はいない。


「ならば、どうされるので?」


「うーん、面倒だけど……こうするしかないな」


「いぎっ!?」


 俺は、男の頭に優しく手を添えると一気に首の骨をへし折る。

 男は一瞬、びくりと震えるがすぐに息絶えてしまう。

 死ぬまで喋らないタイプなら、死んでから喋らせればいいのだ。

 鳴かぬなら、殺してしまえホトトギスと日本で有名な武将も言ってたしな、うん。


「さて……」


 俺は、息絶えた男に手をかざし魔法を発動する。

 すると、俺の中の魔力がゴッソリ抜けていくのを感じる。

 蘇生系の魔法は、どれも魔力をかなり使うので、正直に言えばあまり使いたくない魔法だ。

 だが、今回は必要なのだから仕方あるまい。


「……」


 俺の魔法により蘇った男は、ゆっくりと上半身を起こすと虚ろな目でこちらを見ている。

 完全に蘇生した訳では無く、アンデッドとして蘇らせたためにこんな状態なのだ。

 完全に蘇生させると、普通に死ぬ前と変わらない状態になって繰り返しになっちゃうからな。


「さて、質問するぞ。俺達を殺すように依頼したのは誰だ?」


占星十二宮アストロロジカル・サイン……」


 ゴボリと血の泡を吹き出しながら男は答える。

 占星十二宮アストロロジカル・サイン? 組織の名前か?


「レムレスは聞いたことあるか?」


「いえ、私も聞いたことないですね」


 まあ、ずっと俺と一緒に居たんだから、俺が知らないなら知ってるわけないわな。


占星十二宮アストロロジカル・サインっていうのは何だ?」


「裏の……組織。ありとあらゆる悪事の……中枢。裏のに、人間は……誰も逆らえない」


 地球で言う所のマフィアみたいなもんか。

 しっかし、ありとあらゆる悪事の中枢ねぇ。これまた厄介なもんに目を付けられたもんだ。


「んで、直接依頼した人間は、この屋敷の主か?」


 俺の質問に、男はこくりと頷く。

 首の骨が折れている為、酷く不格好な首肯だが。


「ふむ」


 とりあえず聞きたい事は聞いたかな。

 占星十二宮アストロロジカル・サインについて、もっと詳しく聞きたいところだが、それはボンレスから直接聞く事にしよう。


「よし、ありがとう。安らかに眠りな」


 俺はそう言うと、男に掛けていた魔法を解除する。

 すると、男はまるで糸が切れた操り人形のようにグシャリと地面に倒れ込む。

 ……こういうえぐい事が出来ちゃうから禁忌なんだろうなぁ。

 アンデッドになってからは、グロ耐性とかは付いたには付いたが、こういう事にはあまり慣れない。

 人を殺す事にも抵抗が無いというのも、今は当たり前になってしまったが、結構怖い事だと思う。


「マスター?」


「ああ、ゴメン。レムレス。ちょっと考え事してた」


 柄にもなく感傷に浸っていると、不思議に思ったレムレスが首を傾げながら話しかけてくる。

 いかんいかん、まずはやる事をちゃっちゃとやっちゃわないとな。


「よし、レムレス。行くぞ」


 ボンレスの所に行って落とし前をきっちりと付けないとな。

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