第14話

 戦乙女の行進ヴァルキュリアの面々に連れられ、俺達は今彼女達の泊まる宿屋へと来ていた。

 流石に一等級の泊まる宿だけあって、俺達の泊まる宿とは雲泥の差だ。

 まず、広さが違う。

 そして床には高級そうな絨毯がしかれており、テーブルや椅子も無骨な木目丸出しではなく、地球で言う所のペンキみたいなもので白く塗られていて高級感が溢れ出ている。

 ベッドも、ふかふかでよく眠れそうである。

 

「さて、改めて自己紹介をしよう」


 俺が格差社会を目の当たりにしていると、白銀の鎧を着たディオンが口を開く。


「さっきも名乗ったが、ボクの名前はディオン。ランクは一等級で聖銀騎士パラディンだ」


 聖銀騎士パラディンは、RPGなどでもよく聖なる職業として扱われる職業だ。

 この世界でも例外ではなく、信心深く正義感に溢れた奴しかなる事が出来ない。

 つまり、聖銀騎士パラディンイコール善人という図式が成り立つわけだ。

 まあ、悪く言えば正義感が強すぎて、融通が利かないという面もあるけどな。


「そして、右から……」


「ファブリスだ。俺は二等級で弓術士アーチャーをやっている」


 赤茶系のワイルドな髪をした女が、ディオンに続いて自己紹介する。

 ふむ、こいつは二等級か。

 ディオン程ではないにしろ、普通に強いんだろうな。

 弓術士アーチャーは、読んで字の如くなので特に説明は要らないだろう。


「私は、ジル。二等級の魔術師ソーサラーです。よろしくお願いしますね」


 次に学者風の格好をした長い黒髪の女が自己紹介する。

 こいつは、俺と同じ魔術師ソーサラーか。どういう魔法を使うか気になるところだな。

 闇属性とか使えたら、話が合うんだが。


「え、えと……イ、イニャスですぅ……二等級の狂闘士バーサーカーで、です」


 最後に赤いフルプレートの女? が名乗る。

 見た目で本当に女かどうか怪しかったが、声を聞く限り普通に女と分かる。

 ていうか、普通に可愛い声でびっくりした。

 鈴が転がすような声とでも言うのだろうか。見た目が見た目だけに、もっとゴツイ声を想像していた。

 まあ、声に関しても驚いたがもっと驚いたのは職業だ。

 喋り方からすると気弱そうな印象を受けるのに、まさかの狂闘士バーサーカーである。

 狂闘士バーサーカー。知ってる人は知っている、戦闘狂の代名詞である。

 恐怖に対する完全無効化を持ち、最前線で活躍する職業だ。

 敵の人数が多いときほど、狂闘士バーサーカーは真価を発揮する。

 

「……というわけで、この四人でパーティを組ませてもらっている」


 最後にディオンがそう締めくくり、爽やかな笑みを浮かべる。

 女だと知らなかったら、殺意が湧くレベルの爽やかさだ。

 それにしても……一等級が一人に二等級が三人か。

 単純な戦力で考えれば、街一個くらいならこの四人で滅ぼせてしまう程の戦力である。

 そんな奴らが何で俺達を呼んだのか、ますます謎である。


「そちらの方は、兜を取らないんですか? 人と話すのに、それは失礼ではないかと思うのですが」


「ああ、いや……彼女はちょっと理由があってな。人前で顔を見せるわけには行かないんだ。すまないが、大目に見てくれ」


 不機嫌そうに指摘するレムレスに対し、ディオンが申し訳なさそうに言う。

 まあ、この世界では人様に見せられないような傷負ったりなど、色々理由はあるからな。

 しかも、それが女性となればなおさらだ。


「……そういう事でしたら。事情も知らず、申し訳ありません」


 ディオンの説明に一先ずは納得したのか、レムレスは丁寧に頭を下げて謝る。

 他人だけじゃなく、俺にも礼儀正しくなってくれたら良いんだけどなぁ。

 言ってもやってくれないだろうけど!


「こほん。それじゃ、今度はこっちの番ですね」


 微妙な空気になったこの場を変えようと、俺は咳払いをして話を切り出す。


「俺の名はムクロ・シ……シリカゲルです。そこのジルさんと同じ魔術師ソーサラーで先程八等級になりました」


 あぶねぇあぶねぇ。危うく癖でシカバネって名乗るところだった。

 普通に名乗れば、その場は気にしないと思うが後々、七罪の王セブンス・ロードとの関係性に着目されたら困るしな。

 

「よりにもよってシリカゲルとか」


 地球の知識があるレムレスがボソリとツッコんでくる。

 うるせえ! 咄嗟に思いついたのがそれだったんだから、仕方ないだろう!


「どうかしたかい?」


「あ、いや。何でもないです。ほ、ほら! レムレスも自己紹介」


「……レムレスです。マスター……こちらのイケメンは男の敵だがモットーのムクロ様の従者です。職業は、拳闘士グラップラー。冒険者ではないので等級はありません」


「おい、いつからそれが俺のモットーになったんだ」


「違うのですか?」


「…………違っては無いな」


「でしょう?」


 俺の言葉に、レムレスは「そら見たことか」と言わんばかりにドヤ顔を披露する。

 うん、俺の心理をよく分かってらっしゃる。


「あの……話続けても良いかい?」


「あ、すみません。どうぞどうぞ」


 俺とレムレスが二人だけの世界になってしまっていると、ディオンが顔を若干引きつらせながら話しかけてくる。

 うむ、悪い事をしてしまったな。


「ま、まぁ……とにかくだ。お互い、自己紹介も済んだ事だし、楽にするといい」


 楽に……ねぇ。

 ディオンの言葉に、俺はチラリと他の面子を眺める。

 どいつもこいつも警戒心バリバリなのが丸わかりである。これで楽にしろと言うのは普通は無理だ。普通ならな。

 生憎、俺は言葉を額面通りに受け取る事に定評があるので、厚意に甘えて楽にさせてもらう。


「で? 一体、俺達に何の用?」


「い、いきなりフランクになったね」


 楽にしろって言ったのは、お前じゃろがい。


「まあいいや……えっとね、聞きたい事っていうのは、盗賊団の事なんだ。……カイリキランシン盗賊団という名前に聞き覚えがあるよね?」


 あるかい? ではなく、あるよね? とほぼ断定して聞いているという事は、誤魔化しても無駄だろう。

 まあ、誤魔化す要素が無いから正直に言うけど。


「ええ、俺達が倒しましたけど……何か問題でもありました?」


「いや、それに関しては良いんだ。奴らの被害にあった人達は多いからね、正義のために働くなら大歓迎だよ」


 すんません、正義じゃなくて思いっきり私欲です。


「でね、盗賊退治は良いんだよ。重要なのは、その後さ。……君は、そこのアジトでこれくらいの大きさの赤い宝玉を見なかったかい?」


 ディオンは、そう言うと身振り手振りで宝玉の大きさを示す。

 その説明の後、より一層周りの空気が硬くなった気がする。

 なるほど、トップランカーのパーティがかなり警戒する程の代物って訳か。

 多分だがシーフォ……じゃなかった、ナナフシが持っていたアレだろう。

 

「……見てないですね。それが何か重大な奴なんですか?」


「いや、見てないなら良いよ。聞きたかったってのは、その事さ。見てないなら、君達は知る必要が無い。手間を取らせて悪かったね」


「分かりました。もう帰っても?」


「ああ、大丈夫だ。機会があったら、一緒に依頼でも受けよう」


「はは、その機会が来ることを楽しみにしてます」


 お互いに社交辞令を済ませると、レムレスにアイコンタクト送り一緒に部屋から出る。

 宿から出て、誰も尾行していない事を確認した頃にレムレスがポツリと口を開く。


「マスター、何故嘘を吐いたのですか?」


「ん? 宝玉の事か?」


「ええ、ディオンさんが言っていたのは、おそらくナナフシが持っていた宝玉の事でしょう? 別に素直に言ってしまっても良かったのでは?」


 確かに、隠す理由もないしやましい事など全くしていないのだから素直に話しても良かっただろう。……しかし、


「だって、めんどくさいじゃん?」


「……はい? すみません、私の耳が悪くなったのでしょうか。今、めんどくさいと聞こえたのですが」


「それで合ってるよ。考えてもみろよ、あいつらの態度から考えて、絶対何かヤバい物に決まってる。しかも、王都を中心に活動してるのにわざわざここまで来てまで探しに来るんだ。めんどくさいイベントの匂いしかしない」


 もし見たことがあり、なおかつ誰が持って行ったかを教えれば絶対に巻き込まれる。

 俺としては、明らかにめんどくさそうなイベントは御免被りたい。


「ですが、そうなれば自然と一等級と一緒に行動できるのでは? そして何らかの事件を解決すれば、マスターの目標に一歩近づけると思うのですが」


 まあ、確かにレムレスの言う事にも一理ある。実際、俺もそれは考えたしな。


「だけど、それはそれ。これはこれ。俺は、出来る限り楽~に地位を向上させていきたいの。どうせ、不死なんだし気長に行こうぜ」


「人生舐めくさってますね」


「よく言われる」


 俺に魔法を教えてくれた師匠にも「お前のその人生舐めてる考え方は、突き抜けすぎて逆に尊敬する」と褒められたくらいだ。


「……はぁ、まあいいです。それがマスターですから」


 レムレスは諦めたように言う。


「ほらほら、溜め息吐いてないで次の依頼探しに行くぞ。ナナフシもいつ襲ってくるか分かんないし、あいつらに構ってる暇は無いんだよ」


 俺は、レムレスを急かしながらギルドへと向かうのだった。



「彼ら、どう思う?」


 ムクロとレムレスが宿屋から去るのを窓から確認した後、ディオンが他の面子に向かって口を開く。


「少なくとも、ただの八等級では無いな。俺らの殺気にもまるで応えてないようだったし」


 赤茶色の髪をした女性、ファブリスが髪を弄りながらディオンの問いに答える。

 他の面々も同様の事を感じていたようで、肯定の意味を込めて頷く。


「ボクもそれは感じたね。ただ、あの二人からは、それ以外に何やら得体のしれない物を感じたよ」


「“奴ら”と何か関係があるという事ですか?」


「いや、それは分からない。禍々しいものを感じたのは確かだけど、彼らに邪気は感じられなかった」


 眼鏡を掛けた女性、ジルの言葉にディオンは首を横に振る。

 他の面々は感じなかったが、信仰心が強く神聖の代名詞でもある聖銀騎士パラディンのディオンはその何かを感じだようだった。


「わ、私も少しだけ不自然な雰囲気をか、感じましたぁ……。人であって人じゃないような不思議な感じです……」


「もしかして、魔族……とか? それなら、ディオンが感じたっていう禍々しい何かも納得がいくんだが」


「そ、それは分からないですぅ。あ、あくまで私がそう感じたってだけなので……」


 ファブリスの言葉に、ガチャリと金属音を鳴らしながらイニャスが答える。

 フルプレートの姿で縮こまる姿は酷くシュールであったが、他の三人にとっては慣れた風景だったので、誰もツッコミを入れなかった。


「彼らの正体については気になるが……まずは、“アレ”の事だ。彼らは、多分嘘を吐いている。だろう、ジル」


「ええ。ディオンから説明された時に、少しばかり目が泳いでいましたから。ただ、あの反応からすると彼らが持っているという事は無さそうです。レムレスさんの方は、びっくりするほど無表情だったので、心情が分かりませんでしたが」


 ディオンの問いにジルが答えつつ、眼鏡をクイッと直しながら困惑したよう言う。

 

「そうそう! あいつ、すげえ無表情だよな! あんな無表情な人間居るんだなって驚いちまったよ」


「……人の特徴をとやかく言うのは感心しないな。ファブリス」


「お、おお……すまん」


 大声で楽しそうにレムレスの事を話すファブリスだったが、怒気を孕んだディオンの視線に射抜かれると、申し訳なさそうに小さくなり素直に謝る。

 曲がった事が大嫌いなディオンは、他人の陰口すらも許さない。

 清廉潔白、品行方正。それがディオンを表す言葉だった。

 そんなディオンを怒らせる。それがどんなに面倒な事になるかは、仲間である彼女達はよく分かっていた。


「しっかし、お前も難儀な性格してるよな。だから恋人が出来ないんだよ」


「んな⁉ 失敬だぞ、私は出来ないのではない作らないのだ! 私に相応しい男が居ないからな!」


 ファブリスに気にしてる事を突っ込まれ、ディオンはそこで初めて表情を大きく崩し狼狽する。


「あー……なんだっけ、ディオンの理想の男って」


「確か、ディオンより強くて自分を守ってくれそうな人……でしたっけ」


 思い出すような仕草をしながら話すファブリスに対し、ジルが答える。


「ディ、ディオンさんは……理想が高すぎ、で、です」


「そうそう! ディオンより強いって、そりゃもう人間じゃねーよ!」


「可哀そうですが……ディオンは一生独り身という事ですね」


「ええい、うるさいぞ君達! 今は、そんな事よりも依頼だ!」


 茶化す三人に対し、先程とは違った意味で顔を赤くしながら叫ぶディオン。

 

「ははは、すまんすまん。……で? あいつらはどうする? 何か隠してるんだったら、無理矢理にでも話させるか?」


 先程まで砕けた雰囲気だったファブリスは、突然真剣な表情になるとディオンに尋ねる。


「……いや、それは私の正義が許さない。もしかしたら、彼らにも話せない理由があるのかもしれない。“奴ら”に口止めされてるとかな」


「ああ、それはありそうですねぇ」


「後はまぁ……他にも彼らについては気になる事があるが、それは後回しだ。奴らの居場所はもう分かっているのだろう?」


 門番、そして捕えたという盗賊団からムクロについて聞いていたディオンは、もう少しムクロの事を知りたいと考えていたが、今はそれよりも優先することがある事を思い出しすぐに思考を切り替える。


「ああ、間違いない。儀式をやる日時の情報も入手済みだ。危なかったよ、もう少し遅かったら儀式に間に合わなかったところだ」


 ファブリスの言葉にディオンは頷く。


「ならば、奴らが儀式をする当日に襲撃する。儀式当日であれば、あの宝玉もあるだろうしな」


「ですね」


「りょ、了解……です」


 ディオンの言葉に、他の面子は一斉に頷く。

 全員が賛同したのを見届けると、ディオンは窓の外を眺める。


占星十二宮アストロロジカル・サイン……か。邪神復活なんて馬鹿げたことは、必ず阻止しなくては」


 誰にも聞こえないくらいの声量で、ディオンはそう呟くのだった。


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