第13話

「依頼完了です」


「はい、かしこまりました」


 俺がカードを渡すと受付がそれを受け取り、依頼の完了手続きを行う。


「……はい、確かに。今回の依頼で、ムクロ様は八等級に昇級致しました。おめでとうございます」


「お、本当ですか。ありがとうございます」


 俺は、お礼を言いながらカードを受け取る。

 カードには、確かに八等級と表示されていた。

 冒険者を再開してから三日。この短期間で八等級は中々のペースだろう。

 元の等級まで戻るのも、そう遠くないかもしれない。

 これも、体力という概念が無いから一日中依頼をやっていられるお蔭だな。

 流石に一度も宿に戻らないのは怪しまれるから、深夜に一度戻ってはいるが。

 ちなみに、外でモンスター討伐する時も闇魔法っぽくない魔法で倒すようにしている。

 影を操る魔法とかは、闇魔法以外にもあるのでそういう類のものだ。

 闇魔法の地位向上には、まだ早いからな。八等級では、まだ立場が低いのでせめて三等級以上になってからだ。

 それくらいになれば、多少の無茶は出来るようになる。

 一等級ともなれば、もはや憧れの的だ。

 というのも、普通の人は二等級や三等級が限界と言われており、一等級は数が少なく、街に一人居るかどうかのレベルだ。

 特級ともなれば、もはや英雄クラスである。特級になりさえすれば、堂々と闇魔法を使っても、正面からは何も言えなくなってしまうだろう。


「凄いですね、たった三日で八等級に上がるなんて。普通はもっと掛かるんですよ」


「いやー、頑張りましたからねー。早く等級上げて有名になりたいんですよ」


 俺は、人当たりの良い笑みを浮かべながら答える。

 コミュニケーションは、冒険者をやる上で大切なファクターだ。

 いくら等級が高くても、性格がクズだったりしたら人気は出ない。

 こうやって、良い人を演じる事で地盤を固めていくのだ。

 

「あー、なるほど。そういう方は良くいらっしゃいますよ」


 だろうな。

 冒険者をやる理由の大半が、金か名声、純粋に戦いたい奴の三つに分けられるからな。


「可能であれば、目指せ一等級! って感じですかね」


「あはは、頑張ってください」


 おどけたように言う俺に対し、受付の人はおかしそうに笑いながら応援してくれる。

 うんうん、中々好感触じゃないか。


「……女たらし」


 俺と受付のねーちゃんとが会話をしていると、レムレスが俺にだけ聞こえるようにボソリと喋る。

 人聞きの悪い事を言うんじゃありません。これは、円滑な人間関係を築く為の大切な事なんです。


「あ、一等級と言えば今、このファストの街にも一等級の方が率いるパーティが滞在しているんですよ」

 

 俺とレムレスのやり取りに気づかなかったねーちゃんが、笑顔でそんな事を教えてくれる。


「へぇ、一等級ですか。それは凄いですね」


 これはまた珍しい。

 この辺では、特に強いモンスターは出ないから、一等級の冒険者には縁が無いように思ったんだがな。


「なんか依頼で来たみたいなんですよね。どんな依頼来たかは、流石に末端の私には伝えられてませんが……」


「どんな人達なんですか?」


「えーとですね、四人パーティを組まれていて、とてもカッコいい方達ですよ。王都でも女性人気が凄かったそうです」


 王都というのは、この国の中心にある街で一番大きい街でもある。

 という事は、王都で何かしらの依頼を受けてやってきたという事か。

 ……ていうか、イケメンかよ。女にモテてる美形は滅びればいいと思うんだ、俺。

 

「……あ、ムクロさんも勿論カッコいいですよ?」


「はは、ありがとうございます」


 俺の表情を見て何かを察したのか、ねーちゃんがそんなフォローをしてくる。

 くそ、親切心が逆に心に突き刺さる。

 そもそも、この姿は本当の姿じゃないしな。

 

「ん?」


 俺が親切心という刃に心を抉られていると、外から黄色い声が聞こえてくる。

 それに続くようにガチャガチャと鎧などの擦れ合う金属音が聞こえ、誰かがギルド内に入ってくる。

 まず目に入ったのは、先頭に立っている男だった。

 白銀の鎧に身を包んでおり、身長は百七十くらいと男にしては少し低め。

 金色の髪を後ろに撫でつけて、オールバック風にしており一房だけ前に垂れている。

 顔は中性的で、男の俺でも思わずドキリとしてしまう程整っていた。

 くそう、オールバックのイケメンとか俺と被ってるじゃないか。

 妖怪キャラ被りめ。

 

 俺がキャラ被りを睨んでいると、同じくらい美形の男達が続いて入ってくる。

 一人は、髪の色は赤茶系。長い前髪をサイドに広げたワイルドな髪型で胸元に金属のプレートを付け、弓を背負った軽装の奴。

 一人は、腰まで黒髪を伸ばし眼鏡を掛けた学者風の格好をした男。右手には捻子くれた木の杖が握られている。

 最後の一人は、自分の身の丈程もありそうなデカい斧を背負った、赤いフルプレートの奴。

 最後の奴だけは、全身鎧来てるから性別は分からなかった。

 ただ、どういうわけか全員、それほど身長が高い訳では無く、体格もそんな良い訳では無い。

 

 ……なんというか優男集団と言った感じだった。

 しかし、女性達はそれが良いようで、それに続くように女性陣がついてくる。

 どうやら黄色い声援の主は彼女達らしい。

 けっ! イケメン集団かよ。


「ああ、あの人達ですよ。さっき言ってた一等級の方が率いるパーティというのは」

 

 俺がイケメンどもを妬んでいると、後ろからねーちゃんが説明してくれる。

 なるほど、あいつらか。確かに、女性人気が出るというのも理解できる。納得はできないが。


「名前は何て言うんですか?」


 しかし、例え男の敵、イケメンであろうと相手は一等級。

 コネを作るという意味では親しくしておいた方が良い。

 その為には、最低限名前を知っておこうと思い、ねーちゃんに尋ねる。


「あの人達は、戦乙女の行進ヴァルキュリア。 聖銀騎士パラディンであるディオンさん率いる“女性だけで”構成されたパーティですね」


「……すみません、もう一回言ってもらって良いですか? 最後の方を」


 難聴になったつもりはないのだが、どうやら聞き間違えたらしいので俺はもう一度聞き返す。


「“女性だけで”構成されたパーティですよ。女性で一等級とか憧れますよねぇー」


 やはり聞き間違いでは無かったのか、さっきと同じ事を言うねーちゃん。

 その瞳には、憧憬が込められていた。


「……はぁ⁉」


 いやいやいや、嘘だろ。

 あいつら(全身鎧を除く)、どう見たってただのイケメン集団じゃねーか。

 もしかして、俺を騙そうとしてるのか?

 とても、そんな嘘をつきそうに見えないが、万が一と言うこともある。


「レムレス」


「何でしょうか?」


「お前は、あいつらをどう思う?」


 男に見えるのは俺だけじゃないと信じて、レムレスに一縷の希望を掛けて尋ねる。

 俺の問いに対しレムレスは、顎に手を当てながら戦乙女の行進ヴァルキュリアの面々をジーッと眺める。

 

「…………そうですね。まあ、綺麗な女性達だと思いますよ」


「な……っ、マジかよ」


 レムレスのまさかの裏切りに俺は精神的大ダメージを受ける。

 もしかして、俺だけ感覚がズレてるのか?

 いや、そんな事は無い! ……はず。

 うん、俺は常識人。だから、俺が間違ってる訳では無いと信じよう。

 ただまぁ……全員女性と聞けば、男にしては小柄な体格も納得がいくかもしれない。


「ちょっと良いかい?」


 俺が戦乙女の行進ヴァルキュリアの面々を眺めていると、向こうもこちらに気づいたのか笑顔で近づいてくると、白銀の鎧着たイケメン……もとい麗人? が話しかけてくる。

 うん、声を聞けば普通に女って分かるな。

 これでハスキーボイスだったりしたら、ますます疑心暗鬼になってたかもしれない。


「……何でしょうか」


「違ったらすまないのだが……君はもしかしてムクロという名前ではないかな? そして、そっちのメイド服の子は、えーと……」


「レムレスじゃなかったか?」


「ああ、そうだ! レムレス君だ! ……では無いかね?」


 レムレスの名前が出てこなかったのか、赤毛にフォローされるとようやく思い出したのか、ポンと軽く手を叩きながら尋ねてくる。


「そうですが……何か御用ですか?」


 俺とレムレスは、警戒しつつ尋ねる。

 面識のないはずの一等級冒険者が突然話しかけてきたのだ。

 警戒するなという方が無理な話である。

 これが清廉潔白な普通の冒険者なら良いが、俺達は正体が正体である。

 万が一という事も考えなければならない。

 もしかしたら、俺達を討伐するためにこの街へ来た可能性もあるからな。


「ああ、すまない。そんな警戒しなくても大丈夫だよ。少し、話を聞きたいだけだから」


「話?」


 訝しげに尋ねる俺に対し、彼女はコクリと頷く。


「……っと、先に名乗るのを忘れていたね。ボクの名前はディオン。戦乙女の行進ヴァルキュリアのリーダーを務めさせてもらっている」


 白銀の鎧を着た女……ディオンがそう名乗る。

 なるほど、こいつがこのパーティのリーダーであり、一等級の冒険者か。


「ここじゃ少しアレだね。……そうだな、良ければボク達の泊まってる宿までついて来てくれないかな?」


 辺りを見渡して状況を確認したディオンは、そう提案してくる。

 美女からの宿へのお誘い。字面だけ見れば垂涎もののイベントだが、怪しすぎる。

 

「……どうする、レムレス」


「受けるべきかと。マスターが負けるとは思えませんが、相手は一等級。下手に逆らっても、厄介事を引き寄せるだけです。もし、何かの罠なら罠でそっちの方が気楽だと思いますが」


 まぁな、単純に罠だと言うのなら問答無用でぶちのめせば良いだけだ。

 もし、こいつらがナナフシの仲間だったりするならば、尚更遠慮はいらない。

 男の純情を弄んだ奴に慈悲を掛ける必要は無いからな。

 

「決まったかい?」


 俺とレムレスが相談していると、ディオンが首を傾げながら尋ねてくる。


「ああ、大人しくついて行きますよ。キャラ被り」


「キャラ被り⁉」


 やべ、警戒のあまりつい本音がポロリと。


「何でもないです。口が滑っただけです。さあ、早く行きましょう」


 なんだか腑に落ちないという表情を浮かべたディオンを急かしながら、俺達はギルドから出るのだった。

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