第12話
俺達は、グミスライムを依頼分退治し終えるとギルドに報告し報酬を受けとった。
と言っても、依頼が依頼なので微々たるものだが。
「はい、これでこの依頼は完了です」
受付のねーちゃん(登録した時とは別で、今回は巨乳だ)が笑顔でカードを返してくる。
「ありがとうございます。あ、そうだ……実は俺達、今日初めてこの街に来たんですけど、おススメの宿ってありますか?」
「宿ですか? 少々お待ちください」
俺の言葉を聞いたねーちゃんは、そう答えると一旦奥の方へと引っ込んでいく。
外で色々実験をしていたので、外はもうすっかり暗くなってしまっていた。
俺達としては、寝なくても平気なので宿を取る必要は無いのだが、流石にそれは怪しまれる。
「お待たせいたしました。十等級の方ですと、こことここがオススメですね。こちらは食事が美味しくて、こちらは浴場が付いております」
地図を持って戻ってきたねーちゃんは、テーブルにそれを広げると指を差して教えてくれる。
ふむ、どちらもここからの距離はあまり変わらなそうだな。
値段も大差なさそうだし、どうするか。
ちなみに、この世界での風呂はそれなりに高いという扱いだ。
一般浴場というのはあるが、個人宅での風呂は金持ちくらいしか持っていない。
人間だった頃の俺ならば、日本人の感覚で風呂付を選んでいた所だが、今の俺は食事を選ぶ。
別に腹は減らないが、嗜好品として楽しみたいからだ。
自分の体なのに分かんねーのかよとツッコまれるかもしれないが、謎の原理で食ったものが魔力に変換できるからな。
使った魔力の回復にも良い。
それに、レムレスも居るしな。彼女も飯は美味い方が良いだろう。
……今日のグミスライム事件で、少し味覚に不安があるが。
「そうですね……では、こちらにします」
俺は、飯が美味いと紹介された方の宿を指差す。
「分かりました。こちらの『生ける炎亭』はギルドを出て右側に進んで最初の十字路を左に進みますと左手側にあります」
なんか、精神が削られそうな名前だな。
料理に変なの混ざってそう。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。何でもないです。それじゃ、早速向かってみますね」
いかんいかん、少し意識がよそに飛んでしまってた。
「あっ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「はい、何でしょう?」
宿屋に向かおうとしたところで、俺は聞きたかったことを思い出し百八十度向きを変えてねーちゃんに質問する。
「……グミスライムって食材になったりとかしてませんよね?」
「はぁ……別にそういう話は聞いたことが無いですね。微かに果物の味はするそうですが、基本不味くて、微かに毒素もあるので食材には向いていませんね。薬の材料にはなりますが。……もしかして、食べました?」
「あ、いえ。見た目が美味しそうだったので少し気になったんです。ですよね! やっぱり美味しくないですよね、あれ!」
え? まじでコイツ食ったの? みたいな顔で見られたので、俺は慌てて笑顔を繕いながら誤魔化す。
良かった、賛同者が居て。もしかしたら、アンデッドになった影響で俺の味覚が変になったかと思ったが、そうじゃなかったらしい。
「……何故」
何やら、俺の隣でレムレスが不満そうに小声で呟いていた。
何故。じゃねーよ。グミスライム、不味いだけじゃなくて毒もあるって言うじゃねーか。
死んだらどうすんだまったくもう。
「はぁ……」
俺の反応に対し、ねーちゃんはどうしたものやらという感じで困っていた。
若干テンションが高くなって引かせてしまった事を反省しつつ謝ると、今度こそギルドから出るのだった。
◆
「やはり納得がいきません」
宿に向かう途中、レムレスが不満げにそんな事を言いだす。
「お前、まだ言ってんのかよ。聞いただろ? グミスライムは不味いし、毒があるって」
「アンデッドの私には毒なんて関係ないです。あれを不味いという人の方が味覚がおかしいんですよ」
いや、それだと世界中のほとんどが味覚音痴という事になりますが。
「美味しいのに……グミスライム」
レムレスは、なおもブツブツと文句を言い続ける。
どんだけグミスライムに思い入れあんだよ。
そんなに好きなのか、グミスライム。
レムレスの意外な一面を見つつ進んでいると、ギルドで教えてもらった宿が見えてくる。
おそらくは、ここが『生ける炎亭』だろう。
中に入ると、ギルドのオススメだけあってそれなりに繁盛していた。
新しい来客に一瞬静まり返って、視線がこちらへと集中するがすぐに元の喧騒が戻ってくる。
低級冒険者や金が無い奴用の宿なのか、お世辞に良いと言えるような装備を着た奴は居なかった。
まあ、俺も人の事言えた義理じゃないんだけどな。
簡素で真っ黒なローブだし。むしろ、レムレスの方が良い生地の服を着ている。
これは、単純に俺がこだわった結果だ。
どうせメイド服を着せるなら、良い物を着せてあげたい。
自分の服など着れれば良いのだ、着れれば。
「宿をお願いします」
「あいよ、一泊一人これくらいだね。料理は別料金だよ。後、一週間以上連泊するなら少し割引するけどどうする?」
カウンターに行き、おばちゃんに話しかけると値段を教えてくる。
安い。提示された値段を聞いてた俺の感想だった。
こんだけ安いと部屋の内装とかが少し不安になってしまうが、ギルドに勧められた宿なので、そう酷くも無いだろうと信じている。
「そうですね……では、とりあえず一週間でお願いします」
割引後の値段を聞いた俺は、二人分の金額を払い部屋の鍵を貰う。
「食事はどうする? 一応夜十一時までは食べられるけど」
「じゃあ、一度部屋に戻って落ち着いてから食べに来ます」
「……ほう? そうだね、旅の疲れもあるだろうし“ゆっくり”しておいで。汗をかいたら、桶とタオルの貸し出しもやってるから」
俺の言葉を聞いたおばちゃんが、レムレスの方を見ると何を勘違いしたのかニヤリと笑うとそんな事を言ってくる。
「違いますからね? 俺と彼女はそういう関係じゃないですよ?」
そもそも骨だからそういう事出来ないし。
いや、人の姿になってる今なら出来るけども。
ただ、そんな勘違いをされるとレムレスが怒るというか……ああもうほら!
隣でレムレスが怒りで肩を震わせてるし!
「はいはい、分かってる分かってる。他人にとやかく言われたくないわよね! おばちゃん、ぜーんぶ分かってるから!」
おばちゃんは、豪快に笑いながら俺の方をバシバシと叩いてくる。
何もわかってない。つーか折れる折れる! 俺の紙装甲っぷり舐めんなよ!
その後、何とかおばちゃんの猛攻から抜け出した俺は、レムレスと共に部屋へと行く。
部屋の中は、値段の割には綺麗だった。
木製のベッドがあり、部屋の真ん中には同じく木製の丸テーブルが置かれていた。
内装は簡素ではあるが、泊まるだけなので特に問題ないだろう。
「……んあー! 超疲れたー!」
俺は、人化を解くと骨に戻り、そのままベッドにダイブする。
ダイブした反動で肩が脱臼しかけたが、それもまた良かろう。
今は、開放感を味わう方が大事だ。
「ほぼ一日人化とかキツイってレベルじゃねーぞ」
「気合が足りないですよ、気合が」
俺が愚痴を漏らすと、レムレスから厳しいお言葉が返ってくる。
いや、気合でどうにかなるもんでもねーよ。
まじで辛いんだからな、あれ。
やっぱり骨の方が気楽でいいわ。
依頼とかもこの姿で受けれたらいいんだが、そうも行かないからなー。
賞金首になってるし。
「で? これからどうされるんですか?」
俺がまったりしているとレムレスが話しかけてくる。
これから、というのは今日の事ではないだろう。
明日からどうするか? という意味である。
レムレスが何考えてるかは分からないが、それくらいの考えは読み取れるくらいには一緒に生活している。
「んー、どうすっかなー。とりあえずは、適当に依頼受けて等級上げだな。ドカッと一気に上げたいとこだけど、そんな都合よくも行かないし」
「あの不届き者は?」
「不届き者? ああ、ナナフシの事? あいつはなぁ……とりあえず、向こうからのアクション待ちって感じだな。来るなら来るで対処して、来なければそれでよし……かな。めんどいし」
「……まあ、マスターならそう言うと思ってました」
レムレスは、わざとらしく溜め息を吐きながらそう言う。
うむ、よく分かってらっしゃる。
俺は好きな事ならとことん追求出来るが、それ以外の事は極力やりたくないのだ。
面倒事が無いなら、それに越したことは無い。
「よし、飯でも食いに行くか」
気分を切り替えて起き上がると、俺は再び人化する。
あんまり休憩すると、またおばちゃんに良からぬ誤解を与えてしまうからな。
「あ、そういえばさ。さっきのあれ、大丈夫だった?」
「大丈夫……とは?」
「いやほら、おばちゃんに俺とお前の仲を誤解されてたじゃん? もし、レムレスが嫌ならちゃんと否定しておこうと思ってな」
従者のストレスを解消するのも、上に立つ者の役目である。
「そうですね…………別に嫌では無かったですよ?」
「え? レムレス、今なんて」
「さぁ? 自分で考えたらどうです? 難聴系マスター」
聞こえなかった訳では無いがレムレスの真意が分からず尋ね返すと、レムレスは微かに笑みを浮かべると部屋から出ていくのだった。
……なんだ、あの意味深な態度は。
もしかして、レムレスって……いや、まさかな。
そうだとしたら、今までの態度に説明がつかない。
レムレスの謎な態度に、ますます奴が分からなくなる俺だった。
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