第11話

「おうハゲ。例のアレ、取ってきたぞ」


 ファストの街のとある屋敷内で、黒髪をざんばらに切った目つきの悪い女が拳大の赤い宝玉を目の前に居る男に放り投げる。

 男の頭は、髪の毛一本生えておらず代わりにトライバルタトゥーが刻まれていた。右目にはモンスターの爪で引っかかれたかのような大きな古傷があり、それが男の凶悪さを引き立てていた。

 放り投げられた宝玉を受け取った男は、その鋭い視線をさらに細めて繁々と宝玉を眺める。


「……確かに。ご苦労だったな、ナナフシ。というか女がそんな乱暴な言葉使いをするんじゃないと何度言えば分かるんだ」

「ああもう口うるさいハゲだなぁ。良いじゃねーか別に。誰も俺の本当の性別なんかわかんねーんだからよ、俺の素顔を知ってるのはお前くらいじゃねーか」


 男の説教臭い言葉に、ナナフシと呼ばれた女はうるさそうに耳を押さえて文句を言う。


「それは確かにそうなんだが……ていうか、俺はハゲじゃない。自分で剃ってるだけなんだよ。それとちゃんと名前で呼べ」

「お前なんかハゲで良いんだよ、ハーゲ。……つっ」

「どうした?」


 悪態をつくナナフシが急に胸を苦しそうに押さえるので、男は不思議そうに尋ねる。


「いやな……ちょっと呪いを掛けられたっぽくてよ」

「呪い? というと闇属性か。呪いを会得してるような奴で組織に逆らうようなのってまだ居たんだな」


 ナナフシの言葉を聞いて、男は意外そうに言う。

 男とナナフシが所属する組織は、裏の業界では一番大きな組織となる。

 もし歯向かえば、組織の力により手痛い抱腹を喰らう為、面と向かって歯向かう者はいない。

 それ故に男は不思議だったのだ。


「というより、珍しいな。お前が呪いを掛けられるなんてヘマをするなんて。どんな奴なんだ?」

「なんか、呪いで見た目が骨になったとかほざく変な奴だよ。俺の純真無垢な美少女の姿に見事に騙されたアホさ。鬼人族の女の目を向けさせるために利用したんだよ。……それで、あれだよ。鬼人族の女に色々鬱憤溜まってたから、憂さ晴らしで姿だけ飛ばして馬鹿にしにいったら呪いを掛けられた」

「自業自得じゃねーか」


 男のきっぱりとした発言にナナフシは言葉に詰まる。

 申し開きも無い程正論だったからだ。


「だからお前はいつまで経っても小者なんだよ。それでも俺ら『占星十二宮アストロロジカル・サイン』の十二幹部の一人かよ。え? 双魚宮ピスケスのナナフシよ」

「うるせーよ、天蝎宮スコーピオ。俺だって、まさか遠隔で呪いを掛ける奴が居ると思わなかったんだっつーの」


 この世界での呪いは通常、本人に直接呪いを掛けるか、本人の一部が必要である。

 それらを何も用意しないで即座に呪いを掛ける魔法というものは、少なくとも二人は知らない。


「……言われてみれば確かにな。掛けられた呪いがどんなのかは分かるか? 後、そいつの他の情報は?」

「えーと、骸骨の時は見た目は完全にスケルトンだったな。額にひし形の赤い宝石が埋まってた。不死身とかほざいてたが、何かしらの魔法だとは思う」

「不死身だと? もしそれが本当なら伝説クラスのモンスターや魔族じゃねーか」


 不死身。ファンタジーでは定番の設定ではあるが、この世界では希少な能力の為、この能力を保有する存在は限られてくる。


「だから、魔法でそう見せてるだけだって。俺は幻術じゃねーかなって思ってるがな。んで、名前は確かムクロ……だったか」

「見た目がスケルトンで闇魔法使いのムクロか……聞いたことないな」


 ナナフシの説明を聞いて、男は顎に手を当て考え込むが、心当たりがないために頭を横に軽く振る。


「俺も聞いたことねーよ。ただ、あいつの姿はどっかで見たよーな気がするんだよなぁ」

「額にひし形の宝石……だったか? 確かに、普通のスケルトンにはそんな物無いから特徴的ではあるな。そうえいば、骸骨の時……ってのは、どういう事だ?」

「ああ、あいつは何か見た目を人間に出来るみたいなんだよ。人間の時は、銀髪をオールバックにしてて、目が赤かった。ああ、後は赤毛の無表情なメイドを連れてたな」


 男は腕を組んで少し考え込んだ後、再び口を開く。 


「ふむ……もし、街に居るなら骨のままで居るとは思えないし、人間の姿で居ると思った方が良いな。もし、見た目がナナフシの言った通りならすぐ見つかるが、他の姿にもなれるなら少し厄介だな」

「どうするつもりだ?」

「勿論、俺達に逆らった事の愚かさを教えるのさ。お前の為じゃないから安心しろ」

「へーへー、分かってますよ。あいつを探し出してぶっ殺すのは賛成だが、そっちの方はどうする気だ?」


 肩を竦めながら答えるナナフシは、男の持っている宝玉を見て尋ねる。


「勿論、こちらも並行して進めるさ。……そうだな、お前に遠隔で呪いを掛けられるくらいなんだ。。闇魔法使いとしては、それなりの実力者だと思う」

「確かに強いには強かったな。盗賊どもをあっさり昏倒させてたし。……もっとも、同じくらい死んだように見えたから、本当の実力はわかんねーが」

「案外、お前の正体に気づいてたからこその演技かもしれないぞ」


 男の言葉に、ナナフシは「まさか」と言って鼻で笑う。


「俺の変身魔法を見破れる奴なんて、この世に居ねーよ。演技に掛けては天才的な俺が断言する。あいつは、絶対俺に騙されてたね」

「お前は確かに有能なんだが、その無駄に自己評価が高いのが玉に瑕だな。だから部下に人気ないんだよお前。知ってるか? 部下達のやってる人気投票で十二人中、処女宮ヴァルゴと同等の人気だぞ」


 男のセリフを聞いて、ナナフシは心底嫌そうな顔をする。


「んげぇ! まじかよ、あの性悪女と同レベルとか吐き気すんだけど。つーか、何やってんだよあいつら」

「俺としては、仕事さえきっちりやってくれるなら、何やっても良いと思うがな。……とまぁ、そんなわけだから処女宮ヴァルゴと一緒にされたくないなら、その性格を少し改めるんだな。今回の事も教訓にしてな」


 男は、もし件の処女宮ヴァルゴが聞いてたら、眉を顰めそうな事を真顔で言う。

「……善処する」

「それはしない奴のセリフだ」

「うるせーうるせー! 話が終わったなら、俺はもう行くぞ! この呪いについて調べてもらんないといけないからな!」


 ナナフシ本人も、呪いを掛けられたという自覚はあるが、それがどういった物かまでは分からない為、組織に所属している呪いの専門家に話を聞く必要があるのだ。


「ああ、調べてもらってこい。結果が分かったら、俺に報告してくれ」

「りょーかい!」


 ナナフシは不機嫌そうに叫ぶと、盛大に音を立てて扉を閉めて出ていく。

 遠ざかる足音を聞きながら、男は深く溜め息を吐いて少しばかり体勢を崩す。


「ナナフシはなぁ……能力自体は有能なんだが、性格に難があり過ぎてどうもな」


 男は、過去のナナフシの行動を思い出すと頭が痛くなるような錯覚に襲われる。

 同時にあれが自分と同じ幹部だと、未だに信じられないという気持ちが湧きでてくる。

 しかし、幹部であるのは事実の為、男はいつものように無理矢理自分を納得させることにする。


「それにしても……闇魔法使いで、額にひし形の宝石がある骸骨か」


 先程ナナフシが聞いた情報から、男はその姿を想像する。

 スケルトンとナナフシは言っていたので、平凡な人型の骸骨なのは容易に予想が出来る。

 しかし、それに加えて額の宝石に闇魔法。真偽は分からないが不死身と来れば、戦いに身を置く者で知識があれば、一つの存在に辿り着く。


七罪の王セブンス・ロード……? いや、まさかな。そんな伝説の化物がこんな所に居る訳が無い」


 男は、自分の思い当った考えを打ち払うかのように頭を振る。

 強欲の王ロード・オブ・グリードの一件以降、七罪の王セブンス・ロードは表舞台に姿を現さなくなった。

 賞金こそ懸かってはいるが、誰も本気で討伐しようとはしていない。

 彼らにとって、それらは天上の存在であり、その内の一体を撃退出来たというだけで奇跡に近いのだ。

 世間では、もしかしたら人知れず全員死んだのではないかと噂されているが、男はそう簡単にくたばるような奴らではないと身を持って知っていた。

 男は無意識の内に、右目の古傷を撫でる。


「……出来れば、俺の思い過ごしであってほしいんだがなぁ」


 男は、再び溜め息を吐きながら愚痴を漏らすのだった。

 厄介事を持ち込んでくれたナナフシを若干恨みながら。

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