第10話

「さて、どれを受けようか……」


 無事に冒険者カードを受け取った俺は、張り出されている依頼の前で悩む。

 依頼は等級ごとにボードが分かれており、俺達は十等級のボードの所に居た。

 十等級の依頼だけあって、モンスター退治の他には草むしりや便所掃除等の便利屋の様な仕事や薬草の採取等の仕事が多い。

 報酬の方も、上の等級に比べるとかなりしょっぱい。

 とはいえ、現在金には困って無いので報酬に関しては気にしていない。というのも、元々蓄えがあったのに加えて、盗賊団の報奨金が手に入ったからだ。

 オルカの盗賊団が結構な賞金を懸けられていたらしく、たんまりと貰ったのだ。


「レムレス、どれが良いと思う?」

「何でも良いですよ、別に」


 出たよ。その何でも良いというのが一番困るのだ。

 そして、いざこっちで決めると文句を言って来たりする奴はまじで滅びればいいと思う。

 じゃあ、最初から何は嫌とか言っとけよという話だ。

 っと、話が逸れたな。この調子だと、レムレスはまともに選ぶ気が無さそうなので仕方ないから自分で決めることにする。

 ここはやっぱりモンスター退治系を受けたい所だ。

 十等級は便利屋の要素が強いが、基本はモンスター退治が本職である。

 名声を上げるにも、やはりそっちの方が効率が良い。等級を上げるためのポイントも高いしな。

 

「……よし、これにしよう」


 俺は一枚の紙をボードから取る。

 依頼内容は、『グミスライム』の討伐だ。

 この世界では最弱のモンスターに位置する。

 文字通りグミのような感触で、半円形の見た目をしている。色も赤や青、緑などの様々な色がある。流石に見た目が美味しそうでも、誰も食べようとはしないが。

 グミスライムは、攻撃力こそ皆無だが繁殖力が異常に高く地球で言う所の害獣扱いだ。

 基本的に物理攻撃を完全無効化する上位種のスライムと違って、グミスライムは物理攻撃が普通に効くので雑魚モンスター認定されている。

 モンスター相手に戦うのも実はかなり久しぶりだから、良いリハビリになるかもしれない。

 もしかしたら、モンスターも昔より強くなってたり新種が出てるかもしれないしな。

 

「グミスライム……ですか」

「文句は受け付けないよ」


 何か言いたげなレムレスに対し、毅然とした態度で言い切る。

 いつも言い負かされる俺だと思ったら大きな間違いだ。

 たまにはマスターらしい事もするさ。


「いえ、そうでは無いです。ただ、あれって結構美味しいなーと思いまして」

「食べんの⁉」


 レムレスのセリフに、俺は思わず大声を出して驚いてしまう。

 周囲から、何事だという視線が突き刺さってきたので俺は慌てて口を押さえる。


「はい。私の好物の一つですね。色によって味も違うんですよ。赤が苺味なんでお気に入りなんです」

「えー……」


 さっき、食う奴が居ないとか説明したばかりなのに、まさか身内で食う奴が居るとは予想外だよ。

 牛や豚を模したモンスターやドラゴンの肉なんかは食材として出回っているが……えー。


「なんですか、その眼は。さては疑ってますね? 良いでしょう、退治しに行った時に証明して差し上げます」

「いや、いいよ……」


 何故か興奮気味に喋るレムレスに対し、俺は引き気味に答える。

 長年一緒に暮らしてきたが、初めて見る一面かもしれない。

 その後、レムレスの態度に困惑しながらも依頼を受けた俺は、グミスライムの出没場所を調べてから街の入口へと向かう事にした。



「お、ムクロじゃねーか。早速依頼を受けたのか?」


 門の所には、街に入る時に会ったおっちゃんが立っていた。

 まあ、それほど時間も経ってないし再会する確率は高かろう。


「はい。なので、今からモンスター退治ですよ」

「へー。何のモンスターだ? この辺にはそんなに強いモンスターは居ないが、お前さんの実力から考えると……コボルトとかワイルドボア辺りか?」


 コボルトは犬の頭に人間の体をしたモンスターである。

 身長は百二十程とそんなに高くないが、群れで活動するため結構厄介なモンスターだ。

 ワイルドボアは猪のモンスターだな。見た目こそ地球の猪と変わらないが二回りくらいデカい。

 どちらも強敵とは言えないが、一応七等級から受けれる依頼のモンスターだ。

 が、当然ながら十等級である俺がそんな依頼を受けれるはずがない。


「……です」

「何だって?」

「グミ……スライムです」

「グミスライムって、あの雑魚モンスターの?」

「……はい」


 信じられないという顔で尋ねてくるおっちゃん。

 当然だ、冒険者を再開しますとかドヤ顔で言ってた奴が十等級のモンスター退治の依頼を受けたのだ。驚くなという方が無理な話である。

 しかも、盗賊団を捕まえた奴が。


「実は、うっかり者のマスターが冒険者カードに有効期限が設けられているのを知らなくて失効してしまったのです。ですから、十等級からスタートいう訳なんです」


 俺が恥ずかしさで消え去りたい気持ちになっていると、レムレスがフォローを入れてくれる。

 その言葉におっちゃんは、ようやく納得したような顔になる。


「ああ、なるほどな。世情に疎いとかって話してたもんな、そういえば。ま、失効したってんなら、しょうがねー。腐らずまた頑張ればいい話だ」


 アンデッドなのに腐らずとはこれいかに。

 そんな、くそつまらない事を考えていたのを感づかれたのかレムレスに脇腹を突かれてしまった。


「そんな訳なので、早く等級を上げるためにも行ってきますね」

「おう、頑張ってきな」


 話を切り上げると、俺達は街の外へと出るのだった。



「助かったよ、レムレス」

「いえ、あの様子ですと羞恥で碌に事情も説明できず恥だけかくと予想できましたので」


 俺が先程の事についてお礼を言うと、レムレスは素っ気なく答える。


「それにマスターの評判が下がると、マスターに仕えている私の評判まで下がってしまいますから、当然といえば当然です」


 ああうん、まぁ何かしらの考えがあるんだろうなとは思っていた。

 何のメリットも無しにレムレスが助けてくれるはずが無い。


「それよりもマスター。あれ、グミスライムじゃないですか?」


 レムレスの指差す方を見れば、確かにそこにはグミスライムが数体居た。

 こちらに気づいた様子もなく、ただ漫然とはいずり回っている。


「確か、二十体の討伐でしたっけ」

「ああ。……それにしても便利になったよなぁ」


 俺はギルドでの事を思い出しながら、冒険者カードを眺める。

 当時、俺が冒険者をやってた頃は、モンスターの討伐の証明は、対象の決められた部位を持ち帰るというものだった。

 ゴブリンやコボルトなら耳、ドラゴンは牙、スライムなら体内にある核……といった感じだ。

 だが、かなり昔に部位を誤魔化す馬鹿が居たせいで正確な討伐数が分からなくなってしまった事件があったようで、討伐したモンスターの情報がカードに記録されるようになったらしい。

 なので、いちいち部位を切り取ったりしなくても良くなったのだ。

 詳しい原理は分からないが便利な世の中である。

 ちなみに、モンスターの死体はしばらくはその場に残るが、一日も経てば消え失せる。

 これも、原理はよく分かって無いが一説では、モンスターは魔素と呼ばれるエネルギーが集まって発生するので、死体となった事で再び魔素となり、この世界に還元されているのではと言われている。

 だから、どれだけ退治してもモンスターは居なくならないのだそうだ。

 まあ、俺はそんなに頭が良くないので、「へーそうなんだー」っていう感覚だ。


「とにかく、部位を取らなくて済むのはありがたい。俺の魔法って、中には跡形もなく消し飛ばす魔法もあるからな」

「マスター、手加減下手ですしね」

「ほっとけや」


 軽くジャブを放ってくるレムレスをいなしながら、俺は杖を構える。

 本当は必要ないのだが、誰がどこで見ているか分からないから形だけでも体裁を保つ必要があるのだ。

 なので、人化の秘法も使用したままだ。これ、疲れるから本当は解きたいんだがそうもいかないのが辛い。

 

虚無なる寙ブラック・ホール


 さっさと終わらせようと思い俺が魔法を放つと、グミスライム達の中心に拳大の黒い球体が現れる。

 すると、周りに居たグミスライム達が何の音もなく一瞬で球体に吸い込まれ消滅する。

 あまりにも呆気ない結果だが、そういう魔法なので仕方ないしか言いようがない。

 この魔法は指定した対象を吸い込む魔法だ。

 家では主に掃除機代わりに使っているが、こうやって戦闘に使える便利な魔法である。

 一家に一人、闇魔法使い。

 

 その後、カードの戦歴と書かれたボタンをタッチすると液晶のようなものが現れ、『グミスライム―八体』と記載されていた。

 どうやら、モンスターを倒せば死体が残っていなくてもカウントされるらしい。

 しかし、本当に良いなこの機能。


「相変わらず出鱈目な魔法ですね。問答無用で吸い込むとか鬼畜ですよね」

「問答無用じゃないさ。サイズがデカかったり、何かしらの抵抗するための手段があれば防げる魔法さ」


 今回は、たまたま相手が雑魚のグミスライムだったから、あっさり片が付いただけだ。

 もしこれが巨大なドラゴンが相手だったりしたら、もう少し時間が掛かる。


「って、マスター。全部吸い込んだらダメじゃないですか?」


 レムレスは、何かに気づいたのかそんな事を言ってくる。


「え?」

「え? じゃないです。言ったでしょう? グミスライムが美味しいという事を証明させるって」

「いやいや、あの時断ったじゃん。食わないよ、俺」

「何言ってるんですか? 良いよって言ったじゃないですか」

「否定の意味でのいいよだよ!」


 詐欺師かお前は! 日本語って難しいね!

 いや、厳密に言うと日本語じゃないのだが翻訳された結果が日本語なだけだ。

 おそらく、俺の発した言葉がどっちとも取れるニュアンスでレムレスに伝わったのだろう。

 ……レムレスなら、わざと曲解しているという可能性が捨てきれないがな。


「まぁまぁ、遠慮しないでください。あ、ほら……あそこに丁度良く赤いグミスライムが居ます。苺味ですから期待しててください」

「いや、マジで良いって! 否定の方ね!」


 俺がそうやって止めるが、レムレスは聞く耳を持たずあっという間に赤いグミスライムを仕留めて、そのまま持ってくる。


「ほら、口を開けてください」

「いやいやいや、無理無理無理!」

「先っちょだけ、先っちょだけだから」


 必死に抵抗する俺だが、後衛職である俺が前衛職のレムレスに純粋な力勝負で勝てるはずもなく無理矢理グミスライムを食わされてしまう。


 …………ほんのり苺味がしないような気もしなかったです。

 どちらかという不味かったがな!

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