第9話

「失効してますね」

「……はい?」


 受付のねーちゃんの言葉に、俺は思わず聞き返す。

 俺達は今、ギルドの受付の前に立っていた。

 盗賊団を捕まえた報奨金が無事にもらえたので、依頼を受ける為に適当な依頼の紙を持って受付に行き、依頼の紙とギルドカードを渡したのだが、ねーちゃんがカードを確認した時に、そう言われたのだ。


「これ、最後に依頼を受けたのが三十年以上も前ですよね?」

「そうですけど……有効期限とか無かったと思うんですが……」

「当時はそうでしたが、十年程前に依頼と依頼の間隔が広がってきている冒険者が増えてきたので有効期限を設けたんです。期限は、最後に依頼を受けてから三ヵ月以内に次の依頼を受けないと失効という感じです」


 もっとも、とねーちゃんは話を続ける。


「怪我や病気などやむを得ぬ事情があった場合や、休止申請があった場合は最長で一年となります。ムクロ様の場合、擁護できないレベルの休止期間ですので失効となります」


 まじかよ……そんな規約が増えたなんて知らなかった。

 門番のおっちゃんに、冒険者を再開するとか言っといてこの体たらくである。


「また冒険者になる事は出来るんですかね?」

「それは勿論可能です。ただし、カードの規格も変わっている為、十等級からのスタートとなります。有効期限を除いて、ランクアップの条件などは変わっていませんのでご安心ください」


 それを聞いて、俺は少しホッとする。

 これで他の条件まで変わってたらどうしようかと心配していた所だ。

 十等級からとなると、しばらくはしょっぱい依頼しかないが時間は無限にあるのだ気長にやっていこう。

 基本的に、依頼は冒険者のランクと同じで等級に分かれており、冒険者は自分と同じ等級の依頼しか受けられない。

 パーティを組んでいれば、その中で一番高い等級が反映される。

 だから、上の依頼を受けたければ自分よりも等級が上の冒険者とパーティを組むしかないという訳だ。

 しかし、今の俺は十等級。ぺーぺーも良い所なので、まず誰も入れてくれない。

 なので地道にやっていくしかない。


「……分かりました。それでお願いします」

「了解しました。そちらの方は登録はどうされますか?」 

 

 受付のねーちゃんは、レムレスの方を見ながら尋ねてくる。

 

「レムレスって冒険者登録って前、してたっけ?」


 前、というのは生前という意味だ。

 レムレスが生前なにをしてたかというのは詳しい事は聞いていない。

 人の過去をあまり詮索したくないというのもあるし、もし話したければレムレスから話すだろうと思ってるからだ。


「……いえ、してませんね。私は、ただの可憐な村娘でしたから」

「可憐……? え、誰が?」

「ぶっ殺しますよ」

「ごめんなさい」


 いつも色々言われている意趣返しをしたのだが、魔族すらも射殺せそうな視線で睨んできたので素直に謝る事にする。

 くそ、俺はマスターなのに!


 とまぁ、冗談はさておき前に冒険者をやっていないなら、登録はしない方が良いだろう。

 前も言った通り、冒険者の登録は魔力の質を測って登録する。

 俺の場合は、人間時代に登録してるし、カードもあるので特に問題なくできるはずだ。

 しかし、レムレスの場合は万が一正体がバレたら困る。

 俺とレムレスは運命共同体みたいなものなので、俺だけ登録しておけばいいだろう。


「ムクロ様?」

「ああ、すみません。登録は俺だけでお願いします」


 訝しげな表情で受付のねーちゃんが尋ねてきたので俺は慌てて答える。


「了解しました。それでは、こちらの石板に手を置いてください。本人の照合確認をしますので」


 受付のねーちゃんは、二枚の薄い石板を取り出すと一方に俺の冒険者カードを置く。

 俺は、ねーちゃんに言われた通りもう片方の方に手を置く。

 過去に登録してたから大丈夫。とは言ったが、やはり少し心配だ。心臓があったら、さぞかしバクバクしてる事だろう。

 こういう面では、アンデッドになって良かったと思う。


「……はい、大丈夫です。本人の確認が取れました。新しくカードを作り直しますので、十分程お待ちください」


 ねーちゃんはそう言うと、奥の方へと引っ込んでいく。

 この世界では、地球と同じ時間の概念があり時計も存在する。

 ギルド内にも柱時計があるので、正確に時間が分かるのだ。


 まあ、それはさておき無事に通って良かったな。


「マスターマスター」


 俺が内心、ホッと胸を撫で下ろしているとレムレスがローブをクイクイと引っ張り小声で話しかけてくる。


「何だよ、レムレス」

「あれ見てください、あれ」

「んー? ぶふっ」


 レムレスの指差す方向を見て、俺は思わず吹き出してしまう。

 そこには、七枚の手配書が張り出されていた。

 賞金首とかは、盗賊団もそうだったように特に珍しい事では無い。

 が、そこに張り出されている七枚の手配書は明らかに、普通の賞金首の手配書とは一線を画すように張り出されていた。

 まず、ボードにはデカデカと『要注意手配モンスター及び魔族』と書かれており、そのすぐ下に『七罪の王セブンス・ロード』とあった。

 そして、その七枚の内の一枚には、額に結晶が付いた骸骨の似顔絵と共に名前と賞金が書かれている。

 賞金は、一生遊んで暮らせるような額が掛けられていて、名前は……『怠惰の王ロード・オブ・スロースシカバネ』とあった。

 

「あれ、間違いなくマスターですよね」

「ははは、骸骨なんてどれも似たようなものじゃないか」


 小声で尋ねてくるレムレスに対し、俺は乾いた笑いを浮かべながら答える。


「いえ、あの骨格は間違いなくマスターです。長年一緒に居るこの私が見間違えるはずがありません。それに、あの肩書きはどう言い訳するおつもりですか?」

「うぐっ……」


 レムレスの言葉に、俺は言葉を詰まらせてしまう。

 ……うん、正直に言おう。

 あそこに張り出されている怠惰の王ロード・オブ・スロースというのは俺の事だ。

 どうしてそんな肩書きが付いたかというのは、いずれ話すことにするとして……俺は一つ気になる事がある。

 他の六枚にも七罪の王セブンス・ロード達が描かれており、どれも破格の賞金が懸けられていた。

 しかし、他の六人とも面識はあるが、賞金を懸けられるような奴らでは無かったはずだ。

 当然、俺もそんな事はしていない。

 七罪の王セブンス・ロードというのは、憤怒、嫉妬、色欲、暴食、強欲、怠惰、傲慢を冠する王達の事だ。

 所謂アンタッチャブルな存在で、お互いに不可侵という暗黙の了解があったはずだ。


「ああ、七罪の王セブンス・ロードが気になりますか?」


 俺が手配書を眺めていると、男の職員が話しかけてくる。


「あの……俺、ずっと浮世から離れてたせいで今の情勢が分からなくて……確か、七罪の王セブンス・ロードとはお互いに不可侵だと思っていたんですけど、何があったんですか?」

「実は、何年か前に強欲の王ロード・オブ・グリードが世界征服に乗り出しましてね」


 なん……だと? あいつ何やってんの⁉ 不可侵を自分から破ってどうすんだよ。

 いくら強欲を冠するからって欲深すぎだろあの馬鹿。

 いやまぁ、そんな大事件を知らない俺も俺だけど!

 

「それを英雄カルディナ様達が撃退して、世界を守ったのですが……また同じ事を繰り返さないために、七罪の王セブンス・ロードを世界中で討伐対象にしたのです。未だに誰も討伐できていませんが、抑止力になっているのか強欲の王ロード・オブ・グリードを見かけていませんね」


 なるほどな……これは、元の姿での地位向上は無理かもしれない。

 それと、フルネーム名乗るのもマズいな。

 幸い、名前じゃなくて名字の方で周知されているようだからフルネームで名乗らなければ大丈夫だろう。

 くそう、あいつに会ったら泣くまで殴ってやる。

 余計なことしやがって。


「あの……大丈夫ですか?」

「あ、ああ、大丈夫です。ありがとうございました」

「いえいえ、では私はこれで」


 職員がその場から離れると、俺は手配書の一つを眺める。

 まだ、誰も討伐されていないと聞いて一安心したが、心配なのは変わらない。

 特にあの人の安否は気になるところだ。


「マスター、どうかなさいましたか?」

「ああ、いやね。ちょっと安否が気になる人が居てね。もっとも、俺と同じ不老不死だからそんな心配しなくてもいいんだろうけど……万が一って事もあるし」


 七罪の王セブンス・ロードの一人で俺の師匠でもある人物を思い出しながら、俺は答える。

 今どこに居るかは分からないが、闇魔法の地位向上のついでに探してみるのも良いかもしれない。


「…………」

「ど、どうしたレムレス」


 何故か無言のレムレスに対し、俺は少し焦りながら尋ねる。俺、何かやってしまっただろうか?


「……その人は恋人か何かですか?」

「へ? ああ、違う違う。俺の師匠だよ。俺が人間だった頃にパーティも組んでたんだ」


 あの人と恋人とか何の冗談だと言いたい。


「そうですか」


 俺の言葉を聞くと、表情は変わらないがどこか安堵したような様子を見せるレムレス。


「それがどうかしたのか?」

「いえ、何でもありません」


 それからレムレスは、何も語ろうとしなかった。

 色々気にはなったが、丁度新しいカードも出来たという事で、この話はそこで終了したのだった。

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