第7話

「アンデッド……だと? なるほど、だからアタシの攻撃に耐えたのかい。普通の攻撃では死なないって訳だね」


 オルカは、近くに刺さっていた巨大な斧を担ぎながら獰猛に笑う。

 まあ、死ななかったのは偶然であって、頭を攻撃されてたら死んでたな。


「モンスターと分かれば話は早い。少しばかり本気を出させてもらうよ」


 オルカが斧を軽々と持って突進してくると、俺を庇おうとレムレスが前に出る。

 

「レムレスは下がってな」

「しかし……」


 どことなく不安そうな口調で話すレムレスに俺は、大丈夫だという意味を込めて軽く手を振って答える。


「モンスターとはいえ、女を庇うとは見上げた根性だね! だけど、戦いの最中に余所見はダメだよ!」

「かぺっ⁉」


 俺がレムレスの方を向いた隙を、オルカが見逃すはずもなく容赦なくその巨大な斧が振り下ろされ、俺は頭のてっぺんから真っ二つにされる。

 瞬間、俺の体は形を保てなくなりあっという間に霧散する。


「って、なんだい。少しばかり本気出したらこのザマかい。……まぁいいや、次はアンタだよ」

「いやいや、まだ終わってないよ」

「何っ⁉」


 霧散した俺の体は、再びその場に集まり始め、俺の体を再形成する。

 もっとも、人化の秘法は復活する際に解けたので、元のみすぼらしい骨の姿だが。


「くくく、不死である俺を殺せると思うなよ」


 俺は、カツンと地面に杖を突きながら長い年月を掛けて研鑽を重ねてカッコいいポーズを決め、渋い声を出しオルカを指差す。

 レムレスの酷く冷えた視線が突き刺さった気がしたが、気のせいだろう! うん、気のせいだと信じたい!


「不死だって? そんなのがこんな所に居るわけないだろう!」


 俺の言葉に、オルカは信じらないという表情で叫ぶ。

 まあ、普通は信じられないわな。

 ――とはいえ、


「俺が不死身だというのは、事実だ。そういう訳だから、大人しく降参した方が身のためだと思うぞ?」


 お前に勝ち目はない。俺は、暗にそう言いながら降伏勧告をする。


「ふざけるな! 肉弾戦最強の鬼人族が、たかがアンデッドに降伏なんかするはずがないだろう! さっきだって、何かしらの魔法に決まってるさ!」

「愚かですね。目の前の現実を受け入れられないというのは。折角、マスターがカッコ悪いポーズを決めてまで、自分の不死を教えてくれたというのに」


 オルカのセリフに、レムレスは無表情ではあるが、蔑んだ雰囲気で言う。


「え、嘘。俺のポーズカッコ悪い? 嘘だよね? 本当はカッコいいんだろ?」

「……コメントは控えさせていただきます」


 戸惑いながら尋ねる俺に対し、レムレスはシレッとした表情で答える。

 レムレスの表情からは、冗談か本気か判断が出来ない。

 もし、本当にカッコ悪いと言うならば……今までの俺の積み重ねてきた時間はなんだったのだろうか……。


「くそがああああ!」


 俺とレムレスが呑気に会話をしていると、オルカが叫びながら再び斧を振るう。

 一瞬、俺は魔法でガードしようとしたが、ここは現実を叩きつけた方が良いと思い、オルカの攻撃を甘んじて受ける。


「うらあああああ! 『鬼刃五連爪』!」


 オルカは叫びながら、闘技を発動する。

 それは、怒涛の連撃。まさにそう呼ぶに相応しかった。

 まるで獣の爪が襲い掛かるように息つく暇もなく、オルカはひたすらに斧を振って俺を何度も殺す。

 

 闘技というのは、魔法とはまた違った物理攻撃である。

 魔法が魔力を消費するのに対し、闘技は体力を消費する。

 闘技を覚える方法はよく分かっておらず、才能と言う者も居れば鍛錬で覚えるという奴も居る。

 闘技の中には炎を纏ったりする技もあり、通常ではありえない動きなども可能にする謎の多い技術だ。

 ちなみに、レムレスは闘技が使えるが俺は使えない。

 完全に魔法使いタイプである。


「さて……攻撃するだけ無駄だって、理解してくれたかな?」


 殺される度に何度も復活し、余裕の態度で話しかける。

 痛覚が無いからこそだ。


「はぁ……はぁ……アンタ……本当に不死身なのか……」

「だから、最初からそう言ってるでしょうが」


 まったく……どんだけ疑り深いんだか。


「もしかして、そっちの嬢ちゃんも不死身なのかい?」


 オルカは、荒くなった息を整えながらレムレスの方を見る。


「まあ、そんなもんかな」


 厳密に言えば、俺が完全に消滅、もしくはレムレスとの契約を破棄しない限りは不死身だ。

 もし、これ以上やるというのなら時間の無駄だし、力づくで倒すことになる。

 良い感じに“結構な回数”死んだしな。


「……はー、やめだやめ。馬鹿らしいったらないよ」


 オルカは、盛大に溜め息を吐くと斧を放り投げ、ドカッと地面に座り込む。


「降参するのか?」

「……流石のアタシでも、不死身のモンスターを倒す手段なんか無いからね。力押しでどうにかなるならまだしも、アタシにはどうしようも出来ないさ」


 俺の言葉に、半ば諦めたような表情を浮かべながらオルカは言う。


「はーっはっはっは! いいザマだな、鬼人族!」


 その時、どこからか高笑いが聞こえてくる。


「マスター、あそこに」


 きょろきょろと声の出所を探していると、レムレスが上の方を指差す。

 そちらを見れば、建物の屋根の上にシーフォが立っていた。

 右手には拳大の赤いオーブを持っており、不敵な笑みを浮かべている。


「シーフォ? どうしてそんなところに立ってるんだ?」


 てっきり逃げたと思っていたんだが、何をやってるんだろうか。


「シーフォ……ああ、そういえば俺の名前だったな。まんまと騙されてくれて助かったぜ。おかげで、こいつを手に入れる事が出来たよ」


 シーフォはそう言うと、足元から噴き出た煙に包まれる。

 すぐに煙が晴れると、そこには金色のウェーブのかかった髪に軽薄そうな顔立ちの男が立っていた。


「俺の名はナナフシ。『千変万化』のナナフシ様だ。覚えておけ」


 シーフォ改めナナフシはそう言うとズビシッとこちらに向かって指を差してくる。


「いやー、こいつを手に入れるにはそこの鬼人族が邪魔でよー。どうしようか迷ってた時にアンタらが現れたってわけだ。どこからどう見ても健気なヒーラーだったろ?」

「俺を……騙したのか?」


 あの優しい言葉も態度も……全て嘘だったというのか。


「当然だろ。でもまぁ、お前も良い夢見れただろ? 何せ、可愛い可愛い女の子がお前を尊敬のまなざしで見てたんだからよぉ! 冷静に考えればモンスター……しかも、禁忌である闇属性を使う奴に優しくする奴なんか居るわけねーだろ、ばーか!」


 ナナフシの言葉に、俺は少なからずショックを隠し切れない。

 奴の言葉は正論と言えば正論なのだが、それでも闇属性を理解してくれた人物が虚構だと知って精神的ダメージを受ける。

 リッチになった所で、人間だった時の精神は変わらない。

 こういった悪意に晒されてしまえば、当然傷つく。


「マスターへの暴言は、そこまでにしてもらいましょうか」

「レムレス……」


 俺がショックを受けていると、いつもと変わらない表情だが明らかに怒気を孕んだレムレスがズイッと前に出る。

 何だかんだ言いつつ、俺の事を敬ってるんだな……っ。

 レムレスの態度に、俺は少し感動する。


「マスターをイジメて良いのは私だけです。それ以外の方はご遠慮ください。さもないと……」


 うん、知ってた。レムレスだもん。

 そんな事だろうとは思っていたさ。


「さもないと……?」

「ぶち殺します」

「……いや、レムレス。その必要は無いよ」


 殺気を撒き散らすレムレスに対し、俺はそう言って彼女を制す。


「マスター。良いんですか? こんな奴に好き放題言わせて」

「そんなわけないだろう? ……ただ、こいつの“本体”はここには無いからレムレスには無理だって話さ」


 俺の言葉を聞いてナナフシは愉快そうに笑う。


「へぇ、よく分かったな? その通り、ここに居る俺は虚像さ。わざわざ、敵の前に本体を晒す必要は無いからな。という訳で、お前らは俺を殺せないって訳さ。ご苦労さ……っ」


 ナナフシが言い終わる前に、突然苦しみだすとそのまま蹲り出しまるで煙のように掻き消える。

 おそらく、本体の方で幻を生み出す余裕がなくなったのだろう。


「何をしたんですか?」


 指を突きだしている俺を見て、レムレスが不思議そうに尋ねる。


呪詛の楔カース・ウェッジ。相手に呪いを掛ける魔法だ」

「……なるほど、相変わらずえぐい事しますね」


 俺の答えに対し、レムレスは感心したように言う。

 ちょっと! まるで俺がえぐい事大好きみたいな言い方するのやめてくれないかな。

 まったく、失礼な奴だよ。


 この魔法は、即死はしない。

 が、これを受けた対象は手足から徐々に呪詛が広がっていき、七日目には心臓に到達し死に至る。 

 痛みは、魔法を受けた最初だけ。だが、徐々に広がる呪詛の恐怖に打ち震えるのだ。

 結構えぐい魔法なので、俺としてもあまり使いたくないのだが、相手の居場所が分からないので使わせてもらった。

 この魔法は、本体さえ居るなら幻だろうが何だろうが関係ないのだ。

 奴も掛けられた魔法を調べるくらいはするだろうし、もし魔法の正体が分かったらこちらに出向くなりなんなりするだろう。

 俺は、基本的に面倒くさがりなのだ。わざわざ、こっちで探す必要も無い。向こうから出向いてもらえばいいのだ。

 闇属性は、派手でカッコいいのもあるがこういう呪いなどのえぐい魔法も多数ある。

 ……ここら辺が禁忌って言われてる所以なんだろうなぁ。 

 なんか、ふとした思い付きで闇属性の向上とか言ったけど、無理な気がしてきた。

 やめようかな。

 

「……一つ聞いていいかい?」

「なんだ?」


 俺がだんだん面倒になって来てると、オルカが話しかけてくる。


「モンスターであるアンタらが、何でここに来たんだい? アタシらを倒すメリットなんて無いだろ?」

「んー……まあ、騙されたって分かってから言うのもアレなんだけど……助けを求められたからね。俺は、それに応えただけさ」

「モンスターが人助けをするのか?」

「色々事情があるんだよ、俺にもね」

「……変わった奴だな、お前」

「よく言われる」


 呆れながら言うオルカに対し、俺は軽口で答える。

 レムレスや昔の仲間……それに師匠にまで言われるから、俺は変わっているのだろう。

 しかし、俺にはその自覚が無いし、これが俺だと思っているので変える気は無い。


「……まあいい。経緯はどうあれ、アタシはアンタには勝てない。これは実質、負けと言っても良いだろうね。敗者は敗者らしく大人しくするから、好きにすると良い」


 好きにするといい。という言葉を聞いて、一瞬アレな考えが浮かんでしまったが、俺はすぐにそれを振り払う。

 レムレスに変な目で見られたくないからな。ていうか、俺の考えを察したのか、実際にこっちを変な目で見てきている。

 やめろよ、興奮するじゃないか。


「んん! 奴の事は気になるけど、まずはこいつらを何とかしないとな」


 俺は、誤魔化すように咳払いをしながらオルカとそこら辺に転がっている盗賊達を眺めるのだった。

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