第6話

「アンタ達だね、アタシ達のねぐらを荒しているのは」


 色んな意味でデカい鬼人族オーガの女は、まるで獲物を目の前にした猛獣のような目でこちらを見据えながら舌なめずりをする。

 

「そういう貴女は、一体どなたなのでしょうか?」


 俺に突き飛ばされたレムレスが、埃を払いながら尋ねる。

 レムレスもシーフォも、とりあえず怪我はないようだ。


「アタシかい? アタシはオルカ。まあ、この盗賊団のリーダーをやらせてもらってるよ」


 こいつがリーダー。

 まさか、女がリーダーだとは思わなかった。

 まあ、鬼人族は肉弾戦においては最強を誇る。納得と言えば納得だ。


「それで? ここに攻め込んだ理由はなんだい?」

「そりゃ、盗賊団だからに決まってるだろ? 放置してたら、被害が増えるばかりだしな。害虫駆除って奴だ」

「はは、中々言うじゃないか」


 俺の煽りに対し、オルカは愉快そうに唇を歪める。

 今ので怒ってくれた方が、相手の判断力も鈍くなるのでやりやすくなったのだが、そう上手くいかないものだな。

 

「……アタシはね、正直盗賊団なんてどうでも良いんだよ。ただ、強い奴と戦えればね。盗賊団のリーダーをやってれば、黙ってても向こうからアタシらを討伐しに冒険者達がやってくるから楽だったよ。もっとも、どいつもこいつも弱くて話にならなかったけどね。……アンタらは……強いんだろうね?」

「マスター! どいてください!」


 オルカが言い終わるかどうかのタイミングで、彼女から凄まじい殺気が放たれたのを感じる。

 俺が身構えるよりも早くレムレスが前に出ると、オルカに向かって拳を突きだす。


「くっ……」

「動きは結構速いみたいだけど……力が足りないねぇ」


 レムレスの放った渾身の一撃は、オルカにあっさりと止められていた。

 レムレスの力が足りないとか、何の冗談だとツッコみたくなる。

 人間には、脳のリミッターが掛かっていると少し前に言ったが、レムレスはそれが無い。

 つまり、常に肉体能力をフルに使えるのだ。

 それに加えて、レムレスはアンデッド。特にゾンビ系は力が強い。

 一般男性が束になっても敵わない程度には力があるはずだ。

 にも拘わらず、オルカは余裕の態度を崩さなかった。

 流石は鬼人族と言った所だな。


影喰シャドウ・バイト!」


 オルカの意識がレムレスに向いている隙に、俺は魔法を発動させると自身の影が巨大な獅子の顔となりオルカを噛み砕かんと襲い掛かる。

 殺しはしない。しないが、動けないくらいまでに弱ってもらう必要はある。


「……はぁっ!」

「へぇ……自分で腕を!」

 

 レムレスが俺の魔法を確認すると、オルカに捕まれている手を、隠し持っていた短剣で肘から斬り落とす。

 普通の人間ならば、まずやらない様な手段だが、レムレスはアンデッド。

 痛みが無いからこそ出来る荒業だ。 

 意外な対処法にオルカは嬉しそうな表情を浮かべながら、自身の手に残ったレムレスの腕を投げ捨てる。

 そして、俺の魔法を見ると更に嬉しそうにする。


「闇魔法かい! これまた、珍しい魔法だねぇ」


 闇の獅子は、その口を大きく開けてオルカの胴体に喰らいつく。


「ぐうう! こいつは、中々効くねぇ……だけど……はぁっ!」


 オルカは痛みに顔を若干歪めるが、一喝すると闇の獅子が霧散する。

 んな、馬鹿な。

 殺さないように手加減したとはいえ、普通なら骨が砕ける威力だぞ。

 それを気合で吹き飛ばすとか、チートかよ。

 俺の動揺をよそに、オルカは自身の体が支障なく動くかを確認した後、こちらを見てニヤリと笑う。


「自分の腕をあっさり斬り落とす女に、禁忌である闇魔法を使う男……か。随分、変わった組み合わせだねぇ」

「まあ、普通じゃないのは自覚してるよ」


 オルカの言葉に、俺は肩を竦めながら答える。


「……レムレス。戦闘の方は大丈夫か?」

「はい。片腕ですが、戦う分には問題ありません。とはいえ、相手は鬼人族。万全の状態でも肉弾戦で挑むのは分が悪いです」


 俺の傍に近づいてきたレムレスに小声で尋ねると、レムレスはそんな事を言う。

 確かに、いくらレムレスが強いとはいえ鬼人族に勝つのは難しい。

 ならば、俺の魔法が主体となる。


「レムレス。すまんが、俺が魔法を使うまでの時間稼ぎを頼む」

「了解しました」

「……悪いな」

「何をいまさら。私が今動けているのは、マスターのお蔭なんですよ。その為なら、いくらでも無茶をしましょう」


 俺が謝ると、レムレスはフッと笑いながら答える。


「相談は終わったかい? それじゃあ、反撃させてもらうよ」

「なっ……!」


 速い! 俺達とオルカの距離はそれなりに離れていたはずなのだが、気づけばオルカは俺に肉薄していた。

 鬼人族の身体能力はずば抜けているというのは聞いていたが、ここまで凄いというのは予想外だ。

 俺達は動く事すらできず、鬼人族の身体能力をフルに活かした豪拳が俺の腹に突き刺さる。

 ボキボキと嫌な音をたてながら、俺は吹き飛ばされてしまう。


「マス……「あんたも吹っ飛びな」」

「ムクロさん! レムレスさん!」


 思わず俺の方を振り向いてしまったレムレスの隙を、オルカが見逃すはずもなく側頭蹴りが炸裂し頭を打ち砕くと、レムレスは派手に倒れ込む。

 鬼人族の蹴りがモロに頭に入ったのだ。これで生きているというのはまず有り得ない。

 シーフォは、離れた場所で青ざめた表情を浮かべながら両手で口を覆っている。

 最初のパーティだけではなく、助力を頼んだ俺達もあっさりやられてしまったのだ。

 精神的ダメージは計り知れないだろう。


「……ふん。やっぱりこいつらもダメだったか。アンタは? かたき討ちでもするかい?」

「ひ、ひいいいいいい!」


 オルカは失望に塗れた声でシーフォに話しかける。

 シーフォは、悲鳴を上げながらその場から逃げ出してしまう。

 自分に戦う能力が無いのだから、当然の行動だ。

 

「はー……こいつらも期待外れだったし、がっかりだな」

「いや、そう悲観することも無いと思うぞ?」

「そうですね。私達、まだ戦えますし」

「何っ……⁉」


 と、そこで聞こえるはずの無い声が聞こえ、オルカは初めて驚愕の表情を浮かべる。

 死んだと思っていた俺とレムレスが平然と立ち上がったのだから当然だ。

 砕けた骨はもう再生済みだ。

 核さえ無事ならば、俺はいくらでも再生できるのだ。

 まあ、核が無事じゃなくても再生……というか復活は出来るけど。

 そして、レムレスも俺が無事な限り、魔力によって再生する。

 砕けた頭蓋骨も、今は元通りになっているだろう。

 ただ、斬り落とした腕だけはそのままだが。

 欠損したパーツが現存している場合、該当箇所にくっつけないと再生が出来ないのだ。

 もし、腕が消し炭なったりしているならば新しく生えてくるのだが、残念ながらまだ地面に転がっている。


「お前達、どうして生きているんだ! 即死級のダメージだったはずだぞ!」


 オルカは、信じられないという感じで叫ぶ。

 まあ、見た目が人間だから油断していたのだろう。 

 冷静さを失っているオルカを前に、俺とレムレスは顔を見合わせてコクリと頷く。


「そりゃあ」

「私達」

「「アンデッドですから」」


 まるで打ち合わせでもしたかのように、俺達はそう言うのだった。

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