第5話
「やぁやぁ、精が出るね」
「っ! 誰だ!」
杖をつきながら、入口に立っている二人の盗賊の近くに行くと、奴らは腰に差していた剣を抜いてあからさまに警戒する。
友好的に挨拶したのに酷いな。
「ムクロ・シカバネと申します。初めまして、そしておやすみなさい」
俺が盗賊二人に手を伸ばすと、袖から漆黒の蛇がシュルリと這い出て来て盗賊に一瞬で噛みつく。
すると、盗賊達は悲鳴を上げる間もなく地面に崩れ落ちる。
当然死んではいない。よく観察すれば寝息を立てているのが見える。
『
闇より生まれし、睡眠作用のある毒を持つ蛇を召喚する魔法だ。
これに噛まれたら、丸三日は何をされても起きない。
「はー、凄いですねー。それも闇属性の魔法ですか?」
あっさり眠りに落ちた盗賊を見て、シーフォは感心しながら言う。
「まぁね。こう見えて俺は、闇属性をひたすらに鍛えたから、そこら辺の奴よりは強い自信あるよ」
他人に褒められた事で、少しばかり気分が良くなった俺は、思わず強気の発言をしてしまう。
「闇属性“しか”使えないのに何を威張ってるんですか」
「……っ、い、良いじゃんか! 闇属性だけでも勝ってきたんだから!」
後ろからぼそりと水を差してくるレムレスに対し、俺は動揺しつつも反論する。
「闇属性しか使えないんですか?」
「う……お、俺って凝り性だからさ。一個の属性を極めることに費やしたかったんだよね」
もちろん嘘だ。
闇属性がカッコいいから極めたというのは本当だが……実を言うと他の属性も覚えようとはした。
しかし、なんと俺には闇属性以外の適性が無かったのだ。
当時の俺は、これこそまさに俺にふさわしい属性だ! と、有頂天になって嬉々として闇属性を覚えていった。
が、中二病から覚めた現在の俺は、少し後悔してたりする。
「何か一つの事をやり遂げる男の人って、カッコいいと思います……!」
「そ、そう?」
シーフォの素直な賞賛の言葉を浴びて、嬉しくなった俺は思わず鼻の下が伸びる。
「チッ」
俺とシーフォのやり取りが気に入らないのか、レムレスはこれ見よがしに盛大な舌打ちをする。
「ほら、無駄話してないで、さっさと行きますよ」
俺達が何か言う前に、レムレスはさっさと砦の中に入って行ってしまう。
俺とシーフォは顔を見合わせながら、レムレスの後を追うのだった。
◆
――アタシは退屈していた。
理由は簡単だ。自分より強い奴が居なかったから。
アタシの種族は
種族の特性で、基本的に鬼人族は戦いを好む。
それもより強い奴と戦う事に喜びを見出す。
一族の中には、アタシに敵う奴が居なかったからアタシは旅に出た。
そして、腕に覚えのある奴らに挑んでは勝利した。
気づけば、アタシの周りには色んな奴らが集まってきていた。
奴らはアタシを親分と言って慕っている。
要は、アタシという後ろ盾を得たかったのだろう。
それからは、奴らは好き放題やっている。
盗賊団の真似事をしてるらしいが、アタシはそれでも構わなかった。
悪名にしろなんにしろ、有名になればそれだけ強い奴らがアタシと戦いに来るからだ。
だけど……討伐に来る奴らは、どいつもこいつも弱かった。
この国で最強と言われる武神の異名を持つ戦士長でも来るとかと思ったのだが、そう上手く行かないらしい。
強者と戦う事を期待していたのに、とんだ期待外れだった。
「はぁ……」
無意識のうちにため息が漏れる。
ああ、どこかに強い奴が居ないだろうか。
そんな事を考えていると、その願いは突然叶う事になった。
――――あいつと出会う事で。
◆
「うらああぁぁぁ!」
大声を出しながら、勢いよく振るった剣が銀閃を描きながら敵の首を掻っ切る。
人間というのは、普段は脳にリミッターが掛かっており、二割から三割くらいしか力を使えないという。
リミッターを外す方法は簡単だ。脳に危機的状況だと思わせればいい。
火事場の馬鹿力とかがそれだ。
後は、簡単な方法として大声を出すのも有効だ。
故に、攻撃をする際に大声を出すというのは、脳のリミッターを外し攻撃力を上げるという事になる。
「が……はっ!」
その為、特に何の身構えもしてない俺の首など、特に鍛錬のしていない盗賊でも容易く掻っ切る事が出来るのだ。
「は……はは! ざまあ見やがれ魔導士風情が! イケメンだからって調子に乗りやがって!」
剣を構えている盗賊は、俺がドサリと倒れるのを見ると満足そうに笑う。
どの世界でも、イケメンに対する嫉妬というのはあるらしい。
まあ、俺も元の姿は良く見積もっても下の上だから、気持ちはわかる。
「おい、女共! 死にたくなければ、大人しくしてろ! この男みたいになりたくないだろ!」
盗賊の男は、倒れている俺の頭を足蹴にしながら叫ぶ。
まったく、死体蹴りとはマナーのなってない奴だな。
これがゲームなら、某巨大掲示板に晒されてるところだぞ。
「はわわわ……」
「……」
その様子を見てシーフォは盛大に慌て、レムレスは無言のままだ。
「何遊んでるんですか、マスター。さぼってないで、さっさと起きてくださいよ」
「へ、へへ……なんだ? 男が殺されて、気でも狂ったか? 死んだ奴が起きるわけないだろ?」
「それが起きるんだよなぁ……」
「ひぃ⁉」
男の言葉に返事をしながら、俺は自分の頭を踏んでいる足首をガシッと掴む。
流石にソレは予想してなかったのか、男は情けない悲鳴を上げながら腰を抜かす。
「な、何で死なねーんだよ! 確かに俺は首……を」
男は最後まで言い切る事無く、俺の首を凝視して固まる。
確かに傷はあるが、血が出てない事に気づいたのだろう。
当然だ。
見た目は確かに人間と変わらないが、ガワの見た目を誤魔化しただけで、中身は変わらずスッカスカの骨なのだから血が出ようはずもない。
「うーらーめーしーやー……」
「ひいいいいい⁉」
日本特有のセリフで伝わるかは微妙だったが、死なない人間というのを目の当たりにして既に恐慌状態だった男には効果抜群だったらしい。
「死ね! 死ねよ! 死ね死ね死ね!」
「あがっ⁉」
男は半狂乱になりながら膝立ちになると俺を組み伏せて、背中から何度も剣を突き立てる。
「ちょ、待て待て! そんなに乱暴にしちゃイヤン!」
しかし、俺の願いも男には届かない。
涎を垂らし、目を剥きだした男はバーサク状態になっていて、俺の言葉が聞こえないようだった。
ひたすら死ねという言葉を繰り返していて怖い。
魔法で吹き飛ばしたいところだが、こう何度も刺されていては集中できそうにもない。
俺の核は頭蓋骨にある為、それを壊されない限りは
一度死ねば、こいつから逃げられるんだが……。
魔法に全振りしている俺は紙装甲、非力なので盗賊どころか下級モンスターとして有名なゴブリンにすら肉弾戦では勝てない。
「シッ……!」
「ひでぶっ⁉」
と、そこへレムレスの声が聞こえたかと思うと俺の背中への攻撃がぱたりと止む。
何事かと見れば、レムレスが変わった型を取り拳を突き出していた。
レムレスは中国拳法によく似た体術を扱う。
彼女曰く、自分の住んでた地域に伝わる武術らしい。
もしかしたら、大昔に地球からやってきた人間が伝えたのかもしれないな。
そんな訳で、レムレスの一撃により先程まで俺を攻撃していた男は、壁に叩きつけられ気絶している。
「私のマスターに攻撃して良いのは私だけです。図に乗らないでください、盗賊風情が」
助けてもらったのは有りがたいのだが、台詞が台詞だけに素直に喜べない。
「ごめん、助かったよレムレス」
とはいえ、助かったのは事実なので俺は素直に感謝する。
「まったく、マスターは私が居ないとクソ雑魚なんですから」
「だから、なんで君はそう毎回辛辣なんだよ」
たまには優しくしてほしいと思うアンデッド心。
「す、すみません。私が助けられたら良かったのですが……」
「いやいや、シーフォは謝らなくていいよ。ヒーラーなんだし、戦えなくて当然さ」
涙目になりながら謝るシーフォに、俺は手をパタパタと振りながら答える。
助けようとしてくれただけで俺は満足だ。
「さ。ここは片付いたから、早く先に……!」
行こう。そう言おうとしたところで俺は異様な気配を察知し、ほぼ無意識にレムレスとシーフォを突き飛ばす。
瞬間、どこからか飛んできた巨大な両刃斧が回転しながら地面に突き刺さる。
「……へぇ、今のを避けたのかい? 中々、やるね」
後ろから女の声が聞こえる。
新手かと思い声のした方へ振り向き、その姿を見た瞬間に俺は固まる。
デカい。それがその女の第一印象だった。
何がデカいかって?
胸もデカいが、それ以上に身長がデカかった。
身長は推定二メートル四十センチ程。
ガタイがよく、筋肉質ではあるが女性らしさを損なっていない体つき。
性格故か、ザンバラで特に手入れをしているように見えない金髪に、額から生える二本の角。
野獣と見紛うような獰猛な笑みを浮かべた鬼人族の女がそこには立っていた。
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