第4話

 シーフォの案内の元、盗賊達のねぐらに向かっていると、そういえば……と口を開く。


「ムクロさんの使ってた魔法って、もしかして闇属性ですか?」


 その質問を聞いた瞬間、俺は来た! と内心思う。

 闇属性に対する意識改革の第一歩である。


「……そうだね。世間一般では、禁忌だと言われて避けられたり嫌われたりしてるけど、それは使う人によって変わってくると思うんだ。俺は、そんな闇属性を他人の為に使いたいと思って習得したんだよ。もっとも、あんまり上手く行ってないけど」


 と、俺はさもそれっぽい事を言いながら苦笑する。


「カッコいいからって理由で覚えた癖に」


 俺の後ろで、レムレスがボソリと呟く。

 良いんだよ、嘘も方便って奴だ。


「シーフォも……やっぱり、闇属性は嫌いか?」

「あの……確かに、世間一般では闇属性は嫌われてます。ですが、私はそれに助けていただきましたし……ムクロさんの言う通り、使い方さえ間違えなければ立派な魔法だと思います」


 シーフォのその言葉に、俺は内心ガッツポーズをする。

 どうやら彼女は、柔軟な考えを持っているようだ。

 周りがダメだと言うから、そこで思考停止して賛同するのではなく、きちんと自分の目で見て判断してくれている。

 幸先の良いスタートに俺は少し気分が高揚する。

 この調子で行けば、案外闇属性の地位向上もすぐ叶うかもしれない。


「あ、という事はさっき死んだと思った時も何か魔法を使ってらしたんですか? まさか、本当に不死身って訳では無いですよね?」


 シーフォの質問に俺は一瞬、口ごもる。

 不死身なんですよーと素直に言えればいいのだが、この世界では不死身の存在は完全に畏怖の対象だ。

 まあ、それには理由があるのだが……それは機会があればまた話そう。

 そんなわけで、敵に不死身だって知らせる分には良いが、味方にまでそれを話してビビらせることも無い。


「えーと……まあ、魔法だね。死んだように見せかけて実は生きてたんだよ。戦いの時にハッタリっていうのは大事だからね!」

「なるほど! 勉強になります」


 俺の説明にシーフォはあっさりと信じる。 

 嘘ついてる自分が言うのもなんだが、少しチョロすぎやしないだろうか。

 いずれ誰かに騙されて酷い目に遭うのではないかと心配になってしまう。

 

 ……まあ、シーフォの純真さも心配だがまずは盗賊退治だな。聞けば、結構有名な盗賊団らしい。

 盗賊団のボスは表に出ない為に謎に包まれているが、盗賊団自体に結構な賞金が掛けられているようだ。

 そいつらを倒せば、名も売れるしデメリットが無い。

 命の危険なんか、元から気にしなくて良いしな。

 シーフォを守る必要はあるけど。


「あそこです……」


 シーフォは、突然物陰に隠れたかと思うと向こうを指差しながら小声で言う。

 俺達も、それに倣うように物陰に隠れて向こうを伺うと、なるほど確かにガラの悪い男が入口に二人立っていた。

 おそらくは見張りだろう。

 元からあったのか、それとも奴らが建てたのかは分からないが、丸太の柵で囲んでいる、そこそこ頑丈そうな砦が建っていた。


「盗賊団の人数は分かるか?」

「えっと……確か、全部で三十人くらいだったと思います」


 俺の問いにシーフォが思い出しながら答える。

 ふむ、それなりの規模みたいだな。

 だが何人集まろうが、所詮は俺の敵ではない。

 俺が不死身だというのもあるが、そもそもの積み重ねてきた経験が違う。

 

「……とはいえ、油断はしないようにしないとな」


 人数は分かったが、戦力は全く分からないのだ。

 世界は広い。俺より強い奴などいくらでもいる。

 あくまで俺は“負けない”だけで、絶対勝てる訳では無い。

 もしかしたら、盗賊団の中に化物クラスの奴が混ざっているかもしれないので警戒は必要だ。


「どうしますか? マスター」


 レムレスの問いに、俺は考え込む。

 あれくらいの規模の砦なら、俺の持っている魔法で一気に全滅させる事も出来る。

 だが、それではシーフォに凄さが伝わらない。

 彼女には、俺の凄さを広めてもらうという目的があるから、出来るだけ分かりやすく……そして派手に活躍する必要がある。

 もちろん、盗賊達も出来れば殺したくない。

 これは、別に俺が人を殺すのが怖いとかではなく、奴らにも生き証人になってもらうためだ。

 捕まった盗賊の末路は、処刑か奴隷か……どちらにしろ碌な人生送れはしない。

 とはいえ、生きている限り誰かと話もするだろう。

 その際に、俺の事を話してくれればという事だ。

 俺の事を広めてくれる人間は多ければ多い方が良い。

 

「……正々堂々乗り込んで、真っ向からねじ伏せよう。もちろん、殺しちゃダメだ。そっちの方が、よりこちらの実力を思い知らせられるからな」

「了解いたしました」


 俺の答えに、レムレスは素直に頷く。

 さあ行こう。という所で、俺はある事を思い出す。


「あ、そうだ。このまんまの姿じゃまずいな」


 今の俺はどっからどう見てもモンスター。

 このままでは、強いモンスターが現れたという認識しかない。

 皆が皆、シーフォみたいに素直に信じてくれる訳では無いしな。

 強いモンスターという認識で話が広まってしまえば、俺を討伐する冒険者が増えてしまうだけだ。

 それでは本末転倒も良い所である。


「……はっ」


 俺は全身に魔力を纏わせ、魔法を発動する。

 すると、そこには貧相な骸骨ではなく、年齢は十代後半から二十代前半くらい。

 オールバックにした銀色の髪に真紅の瞳のイケメンが立っていた。俺である。


「はわっ……ムクロさんが突然かっこよくなりました……!」


 突如変身した俺を見て、シーフォは両手で口を押さえながら静かに驚く。

 

「レムレス、どっかおかしい所ないか?」


 久しぶりに使う魔法なので、俺は変な所が無いかどうかをレムレスに確認する。


「ただの骨の癖に、そんな美形に変身するのがちゃんちゃらおかしいですね」

「泣くぞ、この野郎」

「冗談です。特に問題ないかと思われます」


 とても冗談だったとは思えないが、下手にツッコんで藪蛇になりたくないのでスルーする。

 俺が、今使った魔法は『人化の秘法』。

 読んで字の如く、人間に変装するための魔法だ。

 この魔法を使えば、見た目・・・だけなら人間と変わらない。

 ちなみに、この見た目は俺がこの魔法を覚えた時に設定した姿だ。

 この魔法、最初に見た目を設定したらもう変えられないんだよな。

 なんでこんな見た目にしたかって? ……俺も若かったんだよ、察してくれ。


「しっかし、この魔法。相変わらず疲れるな」


 そしてこの魔法にはもう一つ欠点がある。これが、俺があまり使わない理由でもある。

 ――疲れるのだ、この魔法は。

 分かりやすく言えば、常に腹筋に力を入れている状態だ。

 気を張っていると言っても良いだろう。なので、少しでも気を抜くとすぐに元の姿に戻ってしまう。


「はー……」

「どうかした?」


 何やらボーっとしているシーフォに俺は話しかける。


「あ、す、すみません……あまりにもカッコよかったもので……それが、ムクロさんの本来の姿ですか?」


 話しかけられたことで我に返ったシーフォが、コテンと可愛らしく小首を傾げながら尋ねてくる。


「……ソウダヨ」


 俺はごく自然に答える。

 そう。これが俺の真の姿なのだ。

 日本人離れした顔だったんだよ、俺は。うん。


「…………」


 なにやら、後ろからレムレスの突き刺さる様な視線を感じるが、きっと俺がイケメンすぎて見惚れてるのだろう。


「さ、ほらほら! 早く盗賊を退治しに行くよ!」


 俺はボロが出る前にパンパンと手を叩きながら言う。

 そして、何も無い空間に手を伸ばすと、そこに黒い渦のような物が現れる。

 遠慮なくそこに手を突っ込み、俺はゴソゴソとかき混ぜながら目当ての物探す。


「お、あったあった」


 目当ての物を見つけた俺は、その黒い渦からソレを取り出す。


「杖……ですか?」


 俺が取り出した物を見て、シーフォが尋ねてくる。

 彼女の言う通り、俺が取り出したのは杖だった。

 全長は、大体一・五メートル程。

 先端部分には、銀色の三日月型の物が取り付けられており、その中心には魔法の効果で真っ赤な拳大の宝玉が浮いている。

 そして、棒部分は金属で出来ており、赤を基調とし、黒で紋様が描かれている。

 見た目は、強力なマジック・ワンドに見えるが、実はこれは俺が趣味で作っただけのただの杖である。

 ならば、何故わざわざ取り出したか? 単に魔法使いっぽいからだ。

 生き物と言うのは、ほとんどを視覚からの情報を頼りにしている。

 こうやって、見た目をしっかりさせれば存外それっぽく見えるのだ。要はハッタリである。

 ぶっちゃけ俺は典型的な魔法使い。完全な後衛職である。

 故に肉弾戦はからっきし。

 なので、見た目だけでも強そうな魔導士を演じる必要があるのだ。

 人間、舐められたら終わりだからな。


「よし、準備は出来たし、行こうか。……当然、レムレスも来るよな?」

「当たり前じゃないですか」


 どうせ、今回も離れた所から見学だろうと思い、ダメ元で尋ねてみたが予想外の答えが返って来て、俺は内心少し驚く。


「どうしたの、急に。いつもなら、見学してるって言うのに」

「私だって、たまには一緒に戦いますよ。メイドですから」


 レムレスは、無表情ながらも憤慨したように言う。

 珍しい事もあるもんだ。明日は、槍の雨でも降るかな?

 俺がそんな事を考えていると、「それに」とレムレスは話を続ける。


「気になる事もありますし……ね」

「気になる事?」

「マスターは気にしなくて大丈夫です。私の思い違いかもしれませんので」


 レムレスはそう言うと、それっきり口をつぐんでしまう。

 ふむ、レムレスの言葉も気になるが悠長に話している時間も無いしな。

 仲間が戻ってこない事で、警戒し最悪の場合に逃げられてしまうかもしれない。

 そうならない内にさっさと片をつける必要がある。


「よし、それじゃ盗賊退治と行きますか」

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