第3話
「ムクロさんですか! この度は、本当にありがとうございました!」
俺の名前を聞いたシーフォは、再び礼を言う。
こちらも打算があって助けたので、そう素直に礼を言われると心が痛い。
ちなみに、俺達はあの場所から移動している。
流石に叫んだりしている男共の傍で世間話をするわけにも行かないからな。
「それで、助けてもらっておいて申し訳ないんですけど……ムクロさんはモンスターなんでしょうか? それとも、魔族なのでしょうか?」
その質問は、正直予想できた。
この世界には獣人や
が、全身が骨の種族などまず存在しない。
それこそ、嫌われ者の魔族くらいしか居ない。
この大陸の人間ならば、魔族の悪行を聞いて育ってきているはずだ。
この子ならば、もしかしたら正直にモンスターだと打ち明けても受け入れてくれるかもしれない。
しかし、万が一という事もある。
(さて、どうしたもんか)
「その方は人間ですよ」
俺が言い訳を考えていると、ようやく追いついてきたレムレスが代わりに答える。
「あの……貴女は?」
突然現れたレムレスの姿にシーフォは首を傾げる。
「これは失礼いたしました。私はマスター……ムクロ様に仕えるメイドでございます。以後、お見知りおきを……シーフォ様」
レムレスは、スカートを軽くつまみながら頭を下げて自己紹介をする。
「なるほど! よろしくお願いしますね! ……それで、ムクロさんが人間って言うのは本当なのですか? あの……失礼かと思うんですが、とても人間には……」
まあ、シーフォの気持ちも分かる。
どう贔屓目に見ても人間にが見えない。
俺も、レムレスがどういうつもりで人間だと言ったのか気になるところだ。
「……実はムクロ様は、数年前にとある魔族から呪いを掛けられてそのようなお姿になってしまったのです。そして、呪いを解くための旅をしているという訳です」
よくもまぁ、そんな出鱈目がホイホイ思いつくものだ。感心してしまう。
「まぁ……それは大変でしたね……。さぞ、お辛かったでしょう」
シーフォは、レムレスの大嘘にすっかり騙されてしまい同情の目をこちらへと向けてくる。
うう……こんな純粋そうな女の子を騙して良心が痛い。
かといって、素直に話す訳にもいかないので、どうにもままならない。
「流石に、この姿には慣れたけどね。そ、それよりも! 君は、どうして盗賊に追われていたんだい?」
俺は、胃が無いのにキリキリと痛む錯覚に耐えながら話題を変える。
レムレスが「うわー、わざとらしい」とか小声で言っていたが知らん!
「え……っとですね。実は、私冒険者なんですよ」
シーフォは、そう言いながら俺にギルドカードを見せてくる。
ギルドカードは、冒険者ギルドと呼ばれる場所に所属しているという証だ。
これを持っていると、冒険者として依頼を受け、達成すれば報酬を貰える。
当然、俺も人間だった時に取得して持っている。
「それで、盗賊退治の依頼を他の人と一緒に受けたんですけど……他の人は皆やられてしまって逃げて来たんです。私、まだランクが八等級で……しかもヒーラーなのでとてもじゃないですけど、勝ち目有りませんし」
ランクと言うのは、文字通り冒険者の格を表す。
最低が十等級で数字が少なくなるほどに上級者となり、最高が特級となる。
ちなみに俺は、四等級だ。そのあたりで冒険者を引退したからな。
八等級と言えば、まだ全然ド素人も良いとこだ。
しかもヒーラーは後衛職で回復専門。そんな奴が多勢相手に勝てるわけもない。
「お願いです! どうか私を助けてください! 是非、一緒に盗賊退治を手伝ってくれませんか?」
シーフォは、手を合わせ俺に懇願してくる。
ふむ……。
「レムレス、どうしよっか」
俺は小声でレムレスに尋ねる。
俺としては、受けても良いかなと思っている。俺の目的は、闇属性の地位向上。
こういう所から、コツコツと人助けなどをして評判を上げていくべきだと考えている。
「私は、あんまり気が進みません」
「どうしてまた?」
意外だ。レムレスは言葉はきついが、基本的に俺の提案には賛同してくれる。
だからこそ、文句を言いながらも俺の旅についてきてくれたわけだし。
俺の目的も知っているから、てっきり今回も賛成すると思ったのだが……。
「あの少女……なにやら嫌な感じがします。上手く言えませんが……心がざわつくと言いますか」
「なに、もしかして嫉妬してくれてるの?」
「は? 何を寝言ほざいてるんですか? あんまりふざけた事言いやがりますと、貴方の体をそこら辺の野犬に食わせますよ、くそマスター」
レムレスは、無表情のまま淡々とそう言い放つ。
……照れ隠しにしても、もうちょっと言いようがあるでしょうが。
マジでヘコむぞ、この野郎。
「まあ、マスターの戯言は聞き流すとして……嫌な感じがするというのは事実です」
「って、言ってもなぁ……あの子、嘘ついてる感じはしなかったぞ」
それに可愛いし。
男としては、やはり可愛い女の子を見捨てるわけには行かない。可愛いし。
あと可愛いし。
「……なるほど、顔ですか」
きょとんとしているシーフォの顔をチラリと見ると、レムレスはこれでもかというくらいわざとらしく盛大に溜め息を吐く。
「そ、そんなんじゃねーし。じゅ、純然たる人助けだし」
あっさりと俺の下心を看破されるも、俺は類稀なる不動の精神でごく自然に誤魔化す。
「……ま、良いです。私は、マスターに従うだけですから」
少し沈黙した後、今度は小さく溜め息を吐きながらレムレスはそう言う。
「なんだかんだで甘いそういうところ、俺は好きだぞ」
「……っ!」
何の気なしに言った一言なのだが、レムレスはまるで生足で黒い悪魔でも踏んだかのような表情を浮かべる。
普段無表情の奴が珍しい。
「どうかしたか?」
「なん……でも、ありません」
レムレスは、至極冷静を装いながらそう答える。
もっと追求したいところだが、その後の反撃が怖いので諦めることにする。
「さ、早く盗賊退治に行きますよ。ほら、シーフォさん」
「あ……は、はい」
レムレスは、俊敏な動きでシーフォの傍まで行くと急かすようにシーフォを押し出す。
と、そこで俺は一つの違和感に気づく。
「あれ? そういえば、レムレス。何で、シーフォの名前知ってるんだ?」
レムレスは、シーフォが名乗って少し経ってから現れた。
特別耳が良いわけでもないし、大声で話していたわけでもない。
「……さぁ、たまたま声が風に乗って届いたんじゃないでしょうか」
「お前……さては、俺が戦ってるところ黙って見てただろう」
「今日も良い天気ですねぇ」
「おい! 誤魔化さないで答えろよ、おい!」
俺の叫びなどどこ吹く風で、レムレスはシレッとしながらズンズンと進んでいくのだった。
あの女……いつか、絶対キャンと言わせてやる。
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