第2話

 俺達は今、森の中を歩いている。

 理由は、例の目的のためにギルドがある王都に向かう為だ。

 目的と言うのは、ずばり闇属性の地位向上。

 人道に反するからと単純に禁忌とするのではなく、もっとこう……温かい目で見て欲しい。


「マスター」


 そりゃ、死体を操ったりとかはちょっと外道かなと思ったりするが、闇属性もそういう魔法ばかりでは無い。

 極論を言ってしまえば、包丁だって料理をする為に作られた道具なのに、人殺しの道具として使われてしまう時もある。

 要は使う人次第という訳だ。


「マスター」


 だが、古くより根付いた考え方というのはそう簡単に変えられるものではない。

 とはいえ、俺は実質不死身だ。なら、それを利用してじっくりと改革していくのも良いかもしれない。

 その間は、闇魔法使いのリッチとして疎まれるだろうが、いずれ来たる未来のために臥薪嘗胆で頑張ろうではないか。

 危険だからと、そこで思考停止していてはいつまで経っても前へと進めない。


「おいこら、そこの貧相骨野郎」

「失敬だな君は。仮にも俺はマスターでしょうが」

「なら、さっさと返事してくださいよ。なんで先程から無視するんですか。私、泣いちゃいますよ」


 無礼な物言いに我慢できずに振り返れば、レムレスは無表情のまま目元に手を持っていき泣き真似をする。

 ……どうせ泣き真似するなら、せめて表情筋も動かせよ。

 それで騙せると思ったら大きな間違いだ。


「まあ、それはさておきマスター。聞きたいことがあるのですが」


 レムレスは、クオリティの低い泣き真似をやめるとそう切り出す。


「……何でしょう」

「迷いましたね?」


 ………………。

 でだ、闇魔法の事なのだが……。


「都合悪いからってモノローグに逃げないでください」

「メタい事言うなよ」

「なら、答えてください。……迷いましたね?」

「ぐぬぅ……」


 秘技・真面目な事考えて都合の悪い事をスルー作戦が潰されてしまった。

 素直に迷ってしまったと白状するのは簡単だ。

 しかし、それをしたが最後。

 虫でも見るかのような目で見られながらの罵詈雑言がレムレスから飛んでくるのは確実だ。

 その筋の者なら垂涎もののご褒美なのだが、残念ながら俺にはそんな性癖は無い。

 確実に、再起しようがないくらいポッキリと心が折られてしまうだろう。

 生身だったら、今頃全身から色んな液体をぶちまけるくらい焦っていただろう。


(くそう、何か良い言い訳は無いか?)


 この天使の見た目をした悪魔を騙すには、生半可な言い訳では通じない。


「何か言い訳をしようとしてるなら無駄ですよ。マスターには脳みそなんか無いんですから」


 全身骨だから、当然脳みそなんかあるはずが無いのだが、レムレスが言うと悪口にしか聞こえない。


(もはや、これまでか……)


 特に良い言い訳も思いつかず、諦めて素直に白状しようかと思った時、救いの手は意外な所からやってきた。


「ひ、ひゃああああ! だ、誰か助けてくださいいぃぃぃ!」


 少し離れた場所から、絹を裂くような少女の声が聞こえてくる。

 その声は切羽詰まっており、その台詞通り何か命の危険に晒されているのだろう。


「あ、ほらレムレス! 誰かが助け求めてる! しかも声からして女の子! 地位向上を目指す身としては是非助けに行かなきゃ!」


 俺は、レッツゴーと行かんばかりに声のした方を指差しながらレムレスを見る。


「…………良いでしょう。まずは人助けに行きましょうか」

「よし、なら行こうすぐ行こう!」


 レムレスの許可を得ると、俺はすぐさま声のした方へ飛んでいく。

 後ろでレムレスが「あ……」とか何か言い掛けていたが、俺は気にせずその場から離れる。

 事態は一刻を争うからね、仕方ないね!

 話してる余裕なんか無いんだよ!


「大丈夫かー!」

「びゃああああい⁉」


 俺がその場に駆けつけると、少女は奇怪な悲鳴を上げて腰を抜かす。

 可哀そうに、よっぽど怖い目にあったのだろう。

 真っ白いフード付きのマントを羽織っており、フードを目深に被っているので顔立ちはよく分からなかったが大体体格から大体十五、六歳くらいだろうとアタリを付ける。


「な、なんだてめーは! モ、モンスターか⁉」


 見れば、十人程の軽鎧を着こんだ男達が狼狽した表情でこちらを見ていた。

 どいつもこいつも片手剣を装備していて物騒だ。

 こう言っては何だが、身なりも汚いので真っ当な職の奴らではないと予想できる。


「正義の味方だ!」


 狼狽する男達に向かって、俺は胸を張りながら自信満々にキッパリと言い放つ。

 

「…………」


 瞬間、訪れるしばしの静寂。

 あれ? 俺、なんか外した?

 襲われてる女の子の元へ、颯爽と現れるなんて何かの物語に出て来そうな展開で、正義の味方って名乗るなんて完璧な流れだと思ったんだけど。


「う、嘘こけぇ!」


 たっぷり10秒程黙った後、先頭に立っている男が青筋浮かべながら叫ぶ。

 

「う、嘘じゃねーよ! 正義の味方だよ!」


 一体、何を根拠に嘘だと決めつけるのか。

 人を信じられなくなったら、人生終わりだぞ。


「てめぇ、どう見てもアンデッドモンスターだろうが! 嘘つくならもっと、マシな嘘つきやがれ!」


 ……し、しまったあああああ!

 姿変えるの忘れてたああああ!

 俺の今の姿は、全身骸骨に黒のローブ。どっからどう見てもモンスターです。本当にありがとうございました。

 評価が最底辺の現状で、こんな姿で正義の味方だと言ってもそりゃ信じられんわ。 

 あーあ、こりゃ初っ端から失敗したかなぁ。


「た、助けてください! あの人達、盗賊で私の体を狙ってるんです!」


 俺が意気消沈していると、白マントの少女が俺の後ろに回り込みながらそう叫ぶ。


「……俺が怖くないの?」


 少女の態度を不思議に思った俺は、素朴な疑問をぶつける。


「み、見た目は確かに怖いですが……助けに来たと言ってくれました。だ、だから私は貴方を信じます!」


 少女は、怯えたような表情を浮かべながらそう言い放つ。

 ……天使かな?

 俺は、この姿になってから初めて触れた人の優しさに昇天しそうになる。いや、実際にはしないけど。


「く……くははははは! 掛かってくるがいい、下郎共!」


 人に頼りにされた事で、テンションが上がった俺は盗賊共の前に立ちはだかる。

 今の俺を傷つけられる奴など誰も居ない!


「た、たかがスケルトン風情がいきがるじゃねえ!」

「あ」


 パキンと小気味良い音が辺りに響く。

 盗賊の振り下ろした剣が俺の頭蓋骨の中にあった核を砕いたのだ。

 核は、俺の命の源だ。

 つまり、それを砕かれたという事は生きてられないいう訳で……、


「……っ!」


 俺は、断末魔を上げる暇もなく全身が崩れ落ちローブだけを残してその場から消滅する。


「へ……?」


 少女は、颯爽と現れた割にあっさりとあまりにもあっさりとやられた俺を見て、ポカンとする。


「へ、へへへ。やっぱりただのスケルトンじゃねーか。ビビらせやがって……おう、てめーら! さっさと、そこのアマを捕まえろ!」


 俺を倒した男は、乾いた笑いを漏らしながら仲間に命令をする。

 他の盗賊達は、殺気立ちながら少女へと向かう。


「ひ、い、いやあああ……た、助けてくださいー……」


 少女は、後ずさりしながらもか細く助けを求める。


「ふん、観念しな。もう、誰も助けに来ねーよ。さぁ、たっぷりと……」

「残念ながら、ここに居るんだよ……」

「なにっ⁉」


 倒した筈の俺の声が聞こえると、盗賊はあからさまに動揺する。

 先程まで俺が立っていた場所に、闇が集まり始めると人型になり元の俺の姿へと戻る。


「くくく、残念ながら俺は不死身でねぇ……これくらいでは死なんのだよ」

「ば、馬鹿な……不死身だと? アンデッドって不死身っていやぁ……まさか……いや、ありえない! こんな所にアレが居るわけねぇ! 何かのトリックに決まってる!」


 俺の言葉に、盗賊達はざわめきだす。

 ふふ、どうやらカッコよく復活できたようだ。

 ぶっちゃけてしまうと、俺はかなりの紙装甲だ。

 さっきのやりとりで分かるように、びっくりするほどあっさり死んでしまう。

 そこで考えたのが、あっさりやられてもカッコよく復活すれば良いのではないかと。

 戦闘においてハッタリというのは大事だ。

 余裕綽々で復活すれば、普通の人間は倒せないと思ってビビってしまう。

 目の前の盗賊のように。


 ちなみに、下位のアンデッドは死体のモンスターではあるが不死身では無い。

 一定以上のダメージを与えれば普通に倒せる。

 不死身属性がつくのは、一部のある特殊な存在だけだ。

 ついでに言うと“普通の”リッチも上位モンスターではあるが、不死では無い。

 この世界で不死というと、それはもうびっくりする程に位が高いモンスター及び魔族となる。

 そうなると、当然俺も高位モンスターとなるのだ、敬ってもいいのだよ。


「さて、次は俺の番だな」

「ひぃ⁉」


 俺が一歩前に出ると、盗賊達は恐れ慄きながら後ずさる。

 これが、俺を討伐しに来た冒険者なら穏便に済ませるのだが、相手は悪人である盗賊だ。

 容赦する必要は無い。


「お前ら……人を殺した事はあるか? 正直に答えろ」

「あ、ある! 当然だ、俺達は盗賊だからな! 殺しをしてねー奴なんか居ねーよ! だ、だからてめー如きモンスターに今更びびんねーんだよ!」


 そんな震えた声で言われたって、説得力はまるでない。

 しかし、人を殺した事があるのか……ならば、あの魔法だな。


「そうか……なら、貴様らにはこの魔法がお似合いだ……『断罪の鎖』」


 俺が盗賊達を指差しながら魔法を唱えると、闇のように真っ黒な鎖が地面から複数伸びてきて盗賊達を捕縛する。


「な、何だこれは⁉」

「動けねぇ!」


 盗賊達は、突如自分達を縛る鎖に慌てる。


「自分の罪に潰されるがいい」

「何を……あが⁉」


 俺の言葉を合図に、盗賊達は突如苦しみだす。


「て、てめーらは! ひ……く、来るなー!」

「やめろ! 俺の腕を……いぎゃあああああ⁉」


 盗賊達は、まるで何かに襲われているかのように喚き散らす。

 しかし、実際は鎖に縛られているだけで何も起こっていない。


「な、何が起こっているんですか?」


 状況がよく分からないのか、少女は不思議そうに尋ねてくる。


「まぁ……今まで犯した罪に苦しめられてるってとこかな」

 

 細かい説明が面倒な俺は、簡潔にそう答える。


『断罪の鎖』

 闇より生まれた鎖で捕縛されたターゲットは、今まで自分の殺した人間に自分が殺した方法と同じ方法で殺されるのだ。

 催眠術の一種で、幻覚ではあるのだがターゲットに襲い掛かる感覚は本物だ。

 実際に殺されている訳では無いので死にはせず、今まで行った自分の行いが終わるまで責め苦を受け続けるのである。

 つまり、今まで殺してきた人間の数だけ地獄を味わう魔法だ。

 殺さずに無力化するのにぴったりだ。

 もっとド派手な魔法もあるのだが、こんな少女の前でそんなショッキング映像を見せるわけにも行かないので肩慣らしだ。


「あ、あの……ありがとうございました」


 いまいち事態を呑みこめないながらも、助かったという事は理解したのか少女はフードを取りながら礼を言う。

 肩より少ししたくらいまで伸びた青色の髪に金色の瞳で可愛らしい顔立ちの少女だ。


「なぁに、当然の事をしたまでだよ」


 俺は、内心鼻高々になりながらもそう言う。

 適度な謙遜は大事ね、これ。


「わ、私……シーフォ・ヴォラールって申します……あの、貴方のお名前は?」

「……ムクロ・シカバネだ」


 シーフォと名乗る少女に尋ねられ、俺はそう答えるのだった。

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