あとがき

あとがき

「あれ、茉緒じゃない?」

 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこには中学の頃の同級生がいた。

「えー! 久し振りー!」

 高校は電車が反対方向で、ついぞ会ったことがなかったから、もう三年振りになるはずだ。あたしたちは駅のホームで駆けよって、偶然の再会に顔を綻ばせた。

「スーツだ、スーツ」

「お互いね」

「今日入学式?」

「うん、茉緒も?」

「あたしも今から入学式」

 初めてのスーツ姿を見られたことを気恥ずかしく思いながらも、懐かしの彼女と話が弾まないなんてことはありえず、お互いの近況を報告し合いながら電車を待った。

 もしかして、同じ大学かなんて思ったけどまあそこまでの奇跡は起こらなくて、それでも電車の方面は一緒だったのでまた大学帰りに会ってごはんとかできるんじゃない? なんて話をした。

「茉緒、高校では何してたの?」

「文芸部。小説書いてた」

「文芸部!?」

 驚かれるのは予想済みだった。

「意外ー。茉緒はサッカー部のマネージャーとかして部員と付き合ってそう」

「何それ」

「文芸部とかオタクっぽそう。茉緒みたいな子が入ると浮きそう」

「みんな優しいからあたしみたいなアウェイにも構ってくれたよ」

 あたしは彼女の言葉を冗談と受け止めて、笑って流してみせる。

 あたしが傍から見て文芸部員っぽくないのは知ってる。文芸部の中は、髪だって巻いてないしお化粧もしないし学校帰りにゲーセンに寄ってプリクラ撮ったりしない子たちがほとんどだった。クラスでは文芸部以外の子たちと一緒に行動することが多かったのは自然な流れだった。迷ったこともあったけれど、クラスで誰と一緒にいるのが合っているかも、あたしがどの部活に入るかも、あたしが決めていいと学んだ。

 みんな案外受け入れてくれるものだし、受け入れてくれない人のことを考えてあげなければいけない筋はない。

 文芸部を辞めたり、クラスでの友達を諦めたりしなくて本当によかったと、あたしは悔いなく高校時代を振り返ることができる。

 一点を除いて。

「彼氏はいる?」

「今はいないかなー、いたことはあるけど」

 この子の、自分の話より人の話を聞く方が好きな性格は変わってないな、と思いながらあたしは答える。

「別れちゃったんだ?」

「うん、みんな、なんか違うなーって」

「今は好きな人いるの?」

 ちらりと脳裏に浮かんだ顔から、今までは目を逸らしてきた。

 でも今なら。彼の姿をしっかり認めて、彼を思い描いた自分を認めて、

「あたしの好きな人、彼女いるんだよねー」

 はじめ聞いたときはびっくりした。数回しか会ったことはないけれど、諒輔と付き合うタイプではないというか、諒輔が選ぶタイプではないというか――そんな、あたしに分かるはずもないことを自分勝手に考えた。

 でも全部負け惜しみでしかないって気付くことができた。

「大学合格おめでとうの詩書いて」

 唐突にそんなお願いをしたあたしに、諒輔は悩みながらも一篇の詩を送ってくれた。

 部誌にはじめて載った一昨年の詩でもない、ついこの間の諒輔引退直前の『迎春』に滑り込んだ最後にして二度目の詩でもない、あたしだけが知ってる、あたしだけの詩。琴花ちゃんだって知らない、あたしの詩。

 ルーズリーフ一枚なのが、風情がないというか、むしろ風情があるというか、下手に便箋と封筒に拘られるよりも可愛げがあるかな、なんて、あたしは左胸に手を当てた。

 諒輔がくれたそのルーズリーフは、小さく折りたたんでいつも傍に置いてある。

「大学での出会いに期待かな!」

 あたしはわざと明るい声を出して、ベンチから立ち上がった。

 電車が来る。

 桜名高校とは反対方面に通う日々が始まる。

 それでもあたしはあたしだし、誰が何と言おうと、あたしが決めたことがいちばんあたしらしい。

 お喋りが好きで、クラスで騒ぐのが好きで、さすがに自覚があるけれど人気がある男子に結構モテたって、文芸部で小説書いてたって、諒輔が好きだって、あたしが、あたしだ。

 あたしらしく。

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名前をよんで 森音藍斗 @shiori2B

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