page23 迎春 ―4
「俺らって結局どうなったの」
「えっ」
海原が振り返るのに合わせてスカートがふわりと舞う。
「どうって……」
「その、だから」
言葉にさせるな恥ずかしい、なんて言ってられない。海原は逃げなかった。俺が逃げたら情けない。
「付き合うの」
「てっきり付き合うものかと」
「そう」
ほっと息をつく。
文芸部をどう引き継ぐか、それだけ解決すれば万々歳、それすらもどうしようもなかったら、真澄を介して連絡が取れる城島に運営を丸投げすることすら考えていたはずだったのに。
一体いつの間に、こんな話に、と、ついさっき窓から引っ込む直前の城島の顔を思い浮かべる。
後でお礼を言っておかなければいけない。
部室に海原を置き去りにしたのも、真澄が海原にノートを渡せるように、帰る海原を引き留めたのも、どうやら城島だ。『銀木犀』さんの文章で、頭がいいのは分かっていたのだけれど、こんな形で功を奏すとは。
「そっか、ちゃんと決めてませんでしたね」
海原が笑う。
「部長、これからよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられて、こちらもお辞儀をする。
「言葉の使い方は大切にしていきましょう」
「ああ」
じゃあ、と俺は切り出した。
「ひとつ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
わたしはそこで足を止めた。
風が吹く。
「名前で、呼んでくれない――ふたりのときだけでいいから」
部長という肩書きはあと少しで使えなくなる。いや、そんな理由は副次的なものでしかない。
言葉の使い方を大切にするなら、名前というのはその最たるものだ。
「諒輔先輩」
「……下の名前になるのな」
自分で言いだした癖に堪えられないかのように諒輔先輩は口元を覆う。
「だって、真澄先輩も真澄先輩ですし。苗字の方がいいですか、諒輔くん?」
「調子乗んな」
頭を小突かれたのが、たぶん彼から彼女に触れた初めての瞬間だったと思う。
「行くぞ」
「琴花って呼んでください」
足を進めようとした諒輔先輩の、袖とか裾とかそんなもんじゃなく腕を両手で掴んで引き留める。
「名前で呼んで」
諒輔先輩が、口を開けたり閉じたりした挙句、ようやく蚊の鳴くような声で言った。
「琴花、さん」
わたしは満面の笑みを浮かべて、諒輔先輩の腕を引いてみんなの待つ部室へと駆け出した。
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