page23 迎春 ―3

「仲良くしたかっただけなんだ」

 俺だって。

 だって、桜の樹の後ろから聞こえてくる声はいつも賑やかで、楽しそうで、俺は彼女らのことが好きだった。

 それが空気を動かした。

「ごめんなさい」

 誰かが言った。たどたどしく控えめな、迷いのある声だったけれど、いちばんに声を上げたのは大きかった。

 部員が口々に、言う。

 私たちも仲良くしたかったです。

 今までごめんなさい。

 あんまり話し掛けたりできなくてすみませんでした。

 部室を居心地悪くしてて、部室に居ないようになんて気を遣わせてしまって。

 原稿提出もUSBを机に置いておくだけだったり。

「いや、俺が悪かったよ、話し掛けづらい雰囲気作って、だってお前らが新入生だったんだから」

 あまりにもみんなが自分たちを責めるので、俺がそう返し始めたところで、

「どっちも悪い!」

 俺の隣からジャッジが下った。

「……それ、なんで琴花が決めるかなー」

「何を根拠に……」

「琴花ってそこらへん雑だよねー」

 部員のみんなの言葉の向かう先が、海原に代わり、俺はほっとしたし、部員も海原の言葉に、どこかほぐれた様子だった。

 その海原の雑さが、俺はまあ、好きだったりするんだけど。

 と、よっぽど言ってやろうかと思ったけどそこまでの度胸はまだ無かった。

「ミーティングしよ、ミーティング」

 海原も海原で、そんなキャラでもないのにおどけて場を仕切る素振りをするものだから、思わず笑った。

「あっ」

 しまったと思ったときには遅かった。

 いや、しまったと思う必要なんてないんだと気付いたのは一秒後だった。

「部長の笑った顔、はじめて見たかも」

 ざわめいた部員の声のひとつを、この一年桜の樹の裏から耳を澄ますことで鍛えられた俺の聴覚がキャッチする。

 だが、俺が恥ずかしくなって俯く前に、海原が腰に手を当てた。

「今まで知らなくて残念だったな! 実は部長は笑うと可愛いんだぞ!」

「余計恥ずかしいわ」

 呆れた振りをしてさりげなく顔を隠す。

 やはりまだ慣れない。でも、これからちょっとずつ、とそう思う。

 どうせ、原稿を書いたそのあとにある、部誌を形にする仕事を彼女らに伝授しきるまでは、引退なんてできないんだ。

「じゃ、部長、部室戻りましょ」

 海原が言って、寒いから閉めるねと城島が窓から顔を引っ込めた。

 それに手を振って校舎の入り口、渡り廊下のところまで歩く海原の足取りはスキップするように軽やかで、俺はその後ろをポケットに手を突っ込んで歩く。

 気のせいか喉の痛みも引っ込んだようで、空気は冷たいけれど、寒くはなかった。

「海原」

 俺は前を行く海原に声を掛けた。

「はい」

「部室に戻る前に」

 話しておかなければいけないことがまだ終わっていない。

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