page23 迎春 ―2

「お前は作品が好きで恋にはならないって言ったけど」

「部長はなるんですね、それでいいと思います」

 海原のその言葉に、安心した。

「好きだわ」

 何の気なしに、口から言葉が零れた。

 海原は、それを聞いて頬を朱に染めて地面を見た。さっきまで、大声で恥ずかしいこと言っていた威勢は一体どこへ行ったんだ。

 そのとき、どこからかバイブ音がした。自分かと思ってポケットに手を当てるが、俺のは震えていない。でもまだ音は続いている。海原が自分のカーディガンのポケットに手を伸ばした。

「取ったら」

 俺は片手で合図した。バイブの長さからして、どうやら電話だ。

「すみません」

 海原は会釈して電話を取る。口元を手で覆って、後ろを向いて、

「もしもし? 明季、ごめんね遅くなって……え!? 聞いてた!?」

 海原の声が裏返る。何の話だ。

 電話の相手が城島だということは分かった。城島がこの桜の樹を知っているということを俺は知っている。もしかして、

「琴花おめでとうー」

 嫌な予感が当たった。

 気のない城島の声とともに、桜の樹の後ろで窓が開いた。

 頭が真っ白になる。

 反射的に桜の樹の、窓から見て後ろ、死角になるところに隠れようとしてしまった。海原がそれを阻んだ。

 俺の袖を摘まんで。

「部長だけ逃げるなんてずるいです!」

 ……ああ、そうか。

 逃げるのはやめるって決めたんだっけ。

 だからといって何か発言ができるわけでもなく、樹の陰から体を現し、海原と並んで、気まずい沈黙が訪れた。

 どうすればいいんだ、これ。誰も何も言わない。この状況を打破できるほど俺は上手くないって、ここにいる全員が知っているはずだ、俺は――

 あ、駄目だ。

 手が震えてきた、酸欠のように景色が白くなっていき、思考が止まる。気持ち悪い。何度も繰り返して、その度に逃げてきたこの感触。俺にはこの空気は変えられない。でもこの空気を作ったのは俺だ。気まずい沈黙、恐怖に縮こまった後輩たちに、俺が手を差し伸べたって余計に委縮させるだけで、俺ができる唯一のことは存在しないということだけで、でも俺がいないと、形にしないと、彼女らは尊敬すべき人たちだから、作品を多数の人に発表するという俺が絶対にできないことを易々とやってのける天才たちだから、だから俺はその努力を形にしなければならない、本を作らなければいけない、辞められない、嘘だ、辞められない理由にそんな正義感や責任感を引き合いに出すのは卑怯だ。本当は、本当は、

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