page23 迎春

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 突き放すような言い方に、少し考えて、感情的にならないように、静かに言う。

「調子乗らないでください、鯨木しんさんが好きなのは、ひととしてです」

「……分かってるよ」

 嘘。分かってなかった、期待してた癖に。

「だいたい、会ったことない鯨木さんどうやって好きになるんですか」

「俺が鯨木だよ」

「鯨木さんのことは、部長だって知る前から好きですよ!」

「どうでもいいよ鯨木のことは!」

 つられて声を荒げてしまって、俺は校舎の方を窺った。

 野球部はまだいい。文芸部の部室に、聞こえるのではないかとはらはらしている。窓は開けていないけれど、こんなに大きい声を出したら流石に外が五月蝿いと気付かれるのではないか。カーテンを開けられてしまったら、桜の樹のうしろにふたりは隠れられない。

 だが海原の勢いは止まらない。

「鯨木さんは、詩人として好きで、それは部長が鯨木さんって知る前から変わりません。つまり恋愛としての好きではありません」

 口元を結ぶ。

「でも神木諒輔さんは好きですよ」

 ……何だって?

 海原が悪戯っぽい光を目に浮かべて口角を上げた。

「もちろん鯨木さんであるということも部長の大事な要素ですけど、それだけじゃない。何も言わずにずっとわたしたちの影で働いてくれてて、わたしたちの作品あんなにしっかり読んでくれてて、本当は今の状況も嫌なのに、どうにもできなくて悩んで、わたしを帰り道に誘って、自分って怖い? なんて聞いちゃって、その上わたしのわがままに付き合ってくれて出掛けてくれて」

 それでわたしのこと好きなんて言ってくれる。

「鯨木しんが好きなわけじゃないとしたら」

 掠れた声は動揺を隠し切れていない、部長は咳払いをしてから言葉を続ける。

「たった数日前にはじめて喋ったばっかりみたいなものなのに」

「駄目ですか?」

「駄目じゃないけど、腑に落ちないというか」

「部長だって、はじめて喋って数日の私に好きとか言ってるんじゃないんですか?」

「俺は、作品から入ったから」

 顔を上げて、主張しなければいけないところはちゃんと主張する。

「単純で、決して技術に長けているわけじゃないけど、素直で、背伸びしてないみことさんの作品が」

「けなしてます?」

「褒めてる」

 ふたりは顔を見合わせて、数秒そうして、それからふっと笑った。

「そういうことにしておきましょう」

 俺は目を閉じた。さっきまで顔を伏せていたのとは完全に違う感情だ。

「言うようになったな」

 その作品が好きで、ずっと目と耳で追ってしまっていたのは事実だ。だけど、本当に彼女をよく知ったのは、この数日でだと思う。

 茉緒とも真澄とも――茉緒と真澄は彼らの方も喋れる人間だからいいとして、俺、俺のような人間と、あっという間に会話ができるようになって、怖がられていたのは間違っていないだろうに、たった数日で俺に怒ったり反論できるようになって、軽口も叩けるようになって、そして、俺は、こいつの前で、笑うことができる。

 尊敬する。

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