scribble ページ ―2
「……違うんですか」
突然何を言い出すんだろう。
「じゃあ、なんで自分だったと思うんだ」
「たまたま部室に残ってたから……」
部長が強めに息を吐く。
「読めよ」
わたしの右手を指差して部長は体を斜にした。わたしの右手、右手に握られたさっきの紙切れを、わたしはそこでようやく開いた。
「……何ですか、これ」
部長の整った字、ちょっと急いだような、それでも整った崩し文字を目で追うと、それは、
「ラブレター、ですか」
詩の形を取っているけれど、そしてそれ自体として充分素晴らしいものだったけど、それは紛れもなく、ひとりの人間に宛てたラブレターだった。
「これ、え、読んじゃってよかったんですか? あ、ひょっとして感想求められてます? すごくいいです! 詩としても綺麗だし、伝わってくるし、いやー、やっぱ好きです鯨木しんさん。自信持って渡しちゃえば――」
「もう渡したんだよ!!」
わたしははっと部長を見た。
今までに見たことがないくらい真っ赤な頬を隠すこともできずこちらを不満がましく睨む部長に、わたしも自分の頬が熱くなるのを感じた。
「え、でも、それじゃあ、だって……」
「ここまで誘っても全く意識されてないの、本当見込みなしとしか思えないよなあ!」
部長が声を荒げて、わたしは慌てた。
「野球部に聞こえますよ」
意識したのはハルさんのことだった。たしか、野球部のマネージャーと言っていた。今はマネージャーしてる女の子の姿は見えないけれど、万が一にでも聞かれたくはない。
部長と長い付き合いのハルさんを差し置いて、わたしが。
「聞こえちゃだめなのかよ」
苛立ったようなトーンが直らない部長に、
「申し訳ないです」
一層声を潜めて促すが、部長は動じない。
「誰にだよ」
「ハルさん……」
「ハル?」
部長が聞き返す。
「お前、ハルに遠慮してんの?」
「遠慮、ではないですけど」
そんな誰も喜ばない遠慮など微塵もする気はないけれど、自分との関係性は置いておいて、ハルさんが辛いことに変わりはないだろう。
そこまで鬼ではないつもりだ。
「っていうか、海原、『ハル』って知ってたっけ」
わたしは肩を縮めた。
「すみません、勝手に聞こえてしまっただけです……でも知ってしまったからには無視できないですし」
慌てて言い訳をするわたしに、
「お前、ハルが誰だか分かって言ってる?」
部長が怪訝な顔のまま言った。
「部長、話してたじゃないですか、茉緒先輩と」
「そうだっけ」
「あと……明季と部長が部室の前で話してたとき」
心当たりがあったようで、部長が声を詰まらせる。
「仲良いんですよね。別に、気を遣ってるとか後ろめたいとかじゃないんですけど……」
あれ、ハルさんが部長のこと好きなのは、部長本人は知ってたんだっけ、知らなかったんだっけ? 勝手に言っちゃいけないこと言ってしまった?
部長の難しい顔を見てわたしが内心焦って、何を言えばいいか分からなくなっていると、部長が唐突にさっきのメモ帳を開いた。
新しいページを開いて何か書き付けて、わたしに見せる。
部長の整った字で、こう書いてあった。
『春名(はるな)真澄(ますみ)』
「……どういうこと?」
「だから、真澄なんだよ。俺も茉緒も、たぶん城島もハルって呼んでる」
力が抜けた。
「……そんなの知りませんよ」
「だと思ったよ。あいつ自分の苗字嫌いでさ、最近はもう初対面の人には下の名前しか教えないんだよね」
小さいころ、茉緒に散々女の子みたいって揶揄われたから、と言いながら、部長が野球部の方を見る。
「だから俺も海原の前では真澄で通すことにしてたんだけどな」
「野球部のマネージャーって聞いてたんですけど」
「マネージャーだよ」
男子でマネージャーとは珍しい。
「女性だと思ってました……」
「って勘違いされるから苗字嫌いって言うんだけど、下の名前も大概だと思う」
部長の微笑みは優しい。ああ、真澄先輩や、茉緒先輩、大切なひとに対してする笑い方だ。
「明季と部長が話してるの聞いたとき、私まだ真澄先輩と出会ってませんでしたし……ハルさんって部長のこと好きな女性だと……」
「城島ぁ」
部長が宙を睨む。わたしはその仕草に笑って、
「真澄先輩が部長のこと大好きなのは事実ですからねえ」
と言った。
ふと部長が真顔に戻った。
「お前はどうなの」
空気が変わって、わたしはどきりとして身を固くした。
「俺としては気持ちよく振ってくれると非常にありがたいんだけど」
ゆっくりと、心を宥めるように息を吸い、吐く。
「鯨木しんが好きなのは分かった。俺は、どうなの。神木諒輔は」
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