scribble ページ(page)
scribble ページ ―1
「部長」
桜の下に座り、手元を影にして何かしていた部長は、声を掛けた瞬間、肩を跳ねさせて体勢を崩した。
そんなに驚かなくても――そんなに、怖がらなくても。
ああ、わたしが言えることじゃなかった。
「ごめんなさい」
その言葉はするりとこぼれ落ちてきた。
「今日とか昨日とかじゃなくて、今までずっと、ごめんなさい」
「海原」
「はい」
「これ」
部長は何も聞いていないかのように、わたしに見えない角度で、手にあったメモ帳からページを剥ぎ取ってこちらに突き出した。
「え」
訳が分からないまま受け取る。文字が書かれている。
「じゃあ」
そのまま桜の影から、わたしのいるのと反対の方に抜けようとする部長の袖を掴む方が、その文章を読むよりも先だった。
「待って」
昨日の別れ際をふと思い出した。あのときと同じ、また部長は、行ってしまうのかと思った。
「部長」
振り払われた。そこまでは同じだった。
だけどそのまま踏みとどまってくれるところは、昨日と違っていた。
わたしは手に紙切れを握ったまま、彼の前に回り込んだ。
「部長」
部長は何も答えず顔を伏せる。
でもわたしと部長の身長差と、今日だけは部長にマフラーが無いせいで、紅くなった顔が丸見えだった。
「部長?」
「何でもない」
部長はわたしの正面を避けて校舎の方に戻ろうとした。
「どこ行くんですか」
部長はちょっとだけ目を泳がせて、
「部室」
と言った。諦めたような口調だった。
部長が部室に戻ると決めてくれたのは嬉しいことだけれど、だけど、今は。
「先に、部長にお話があるんですけどいいですか」
そう言うと、部長は明らかに顔を顰めた。
わたしの前で、こんなにも表情を出してくれるようになったんだなあ。……嬉しくない表情だとしても、だ。
「今までのこと、全部謝りたいんです」
わたしはもう一度仕切り直して、真正面からそう言った。
「謝ったって遅いってことは分かってます。過ぎてしまったこの一年はどうにもならない。でも、わたしは謝りたいんです。ちゃんと言葉にしたいんです」
部長は黙ったままこっちを見ている。
「無理やり聞かせるのは違うかもしれません。それに、わたしの謝罪を受け入れろなんて思いません。許せなくて当たり前ですから。でも、わたしはここで、だったら謝らないなんて逃げ方をして、間違えたくはなかった」
逃げる、という言葉に部長がわずかに反応する。
「今まですごくすごく間違えました。これ以上間違えるわけにはいきません。でも部長はそんな部員のひとりであるわたしと、仲良くなろうとしてくれて、話し掛けて、誘ってくれました。本当はわたしたちからすべきぐらいなのに」
「……そうでもないだろ」
「そうでもなくないです」
わたしは手をぎゅっと握り締めて下を向く。
「わたしたちが――」
「お前さあ」
続けようとしたわたしを、部長が遮った。
「俺が、部員と仲良くなりたいだけで、お前のこと誘ったと思ってんの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます