page22 走り書き(scribble) ―2

 伏せた俺の後頭部を鷲掴みにしたハルが、その手で頭を抑え込んだまま、ゆっくりと俺の髪を掻き乱した。

「後悔しても仕方ないんだって。自分のことになるといつもそうだ」

 荒い手つきはいつも優しい。ゆっくりと心を解きほぐしていく。

「今まで一年間我慢してました、それを部員のみんなに伝えました、はい今スタート地点。これからどうすんの、それだけ考えて」

「どうって言われても」

 ハルが手を外す。俺はのろのろと顔を上げる。

「どうしようもねえよ。知ってるだろ、俺喋るの下手だし、お前も茉緒もいない世界でいい人間関係作れたためしがない。喋れないし、笑えないし」

 クラスでも、部活でも、それ以外でも。

「だから、今までの話どうでもいいって言ってんじゃん」

 ハルが大げさにため息をつく。

「お前、文芸部だろ」

 ハルが立ち上がる。俺を見下ろす。

「書けよ」

 ああ、そうか。

 俺のペンがある。

 いつでも言葉が書き留められるように、制服の胸ポケットにはペンとメモ帳が入っている。

 眠れない夜に俺を縛り付ける苦痛を吐き出す方法と、怖がられているようで実は自分が怖いだけの臆病な俺が拙い感情を誰かに伝える方法は、結局同じであり、そしてこれしかなかったはずだ。

 そんなこと前から分かってたじゃないか。

 ペンをページに置く前に、野球部に戻ろうとするハルに声を掛けた。

「いつもごめん」

 ハルは首だけこっちを見る。

「謝罪じゃなくて、感謝が欲しい」

「ありがとう、もだけど、いつも世話になってばっかで何も返せなくて」

 ハルが振り返った。笑っていた。

「こっちはこっちで勝手にお前に世話になってるよ?」

 ウインクする。

「たまにくだらない話してくれるだけでさ。諒輔のこと大好きだからね」

 そこらへんで冗談めかさないとやっていられないのが、ハルらしい。

「文芸部のみんなだって、そうだと思うよ」

 そして野球部の輪の中に走っていく。

 俺もようやく微笑んで、座り直し、小さなページに目を落とす。

 書かなければ。

 俺はもう逃げることのできない世界で、伝えなければいけない言葉をひとつたりとも逃さないため急いでペンを走らせた。

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