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 小説を、詩を、書く者としてのプライドを持った人だけがここにいる。

 それはこの一年、この部活で、自分が書いたものを本の一部として形にする活動を続けて手にしたものだった。

 わたしも例外ではなかった。明季の言葉に、目を覚まされたようだった。

「謝ろう」

「謝るべきだよ」

「どうやって?」

「部長、どこ行ったんだろう……帰ったのかな」

「鍵借りてるし鞄もコートもあるし、たぶん帰ってはないと思う」

 だから、わたしはそこでもう一度声を上げた。

「わたし、どこにいるか分かるよ」

 たぶんだけど。桜の樹のところ、だと思う。

 また部員の目がわたしに向けられて、ひとりが言った。

「本当に、琴花、部長と何かあったの?」

 わたしはちょっと考えて、部長との約束を破らないように気をつけながら、ゆっくり、言葉にする。

「……たまたま、ふたりで一緒に帰る機会があって。そのとき、聞かれた、『俺って怖い?』って」

 茉緒先輩の原稿が見つかって嬉しくて、それだけの理由で、わたしを、一年間ろくに喋ったこともなく、ふたりきりにされたって気まずいだけの部員を、駅まで送ってくれるなんてそんなことがあるものか。部長はきっと、部員と話せるチャンスを掴もうと待っていたんだ。あんな質問をするために、部長は一体どれだけの勇気を出しただろう。

「わたし、そのとき、『怖くないです』って咄嗟に答えたんだ。でも今なら分かる。社交辞令なんて求められてなかった。部長は、わたしたちと、仲良くなりたかったんだと思う」

 そこまで言って、思った。わたしがまず部長にごめんなさいって言いたい。いちばんに、今はもう怖くないって分かりますって言いたい。部員の誰より、部長の好きな誰かさんより、いちばんに。

「わたし、行ってくる」

「え、どこに」

「みんなも悪いかもしれない、でもそれとは関係なく、わたしは部長に謝るべきだし、謝りたい。だからみんなより一足先に行ってくる」

 お世話になった部長に。尊敬する鯨木しんさんに。大好きなひとに。

 鞄からノートを出す。一瞬その擦り切れた表紙を見つめて、そしてそれを丁寧に胸の前で抱き締める。

 そのままドアに向かうわたしの背中に、声が掛かった。

「気が済んだら連絡して。窓開けるから」

 明季の声だった。

「了解、ありがとう」

 わたしは振り返って、明季に向かって頷く。明季は窓の向こうの桜の樹を知っているんだ。

 不思議なことではないけれど、もっと早く、教えてくれたらよかったのにとは思う。

 でも、明季はきっと――違ったんだろう。明季は、部長の好きなひとを知っているのだろうか。明季はハルさんを応援しているから、知っていても無視しているのかもしれない。部室の雰囲気を改善して、部長の恋が実ることを避けてしまったのかもしれない。

 そういえば、はじめに明季がわたしを部室に放置して帰ってしまったところから、わたしは部長と話すようになったんだった。

 わたしはハルさんなんて知らないし、部長が幸せになるといいと思う。はじめに茉緒先輩の『木星日記』を発見したのが、部長の好きな人だったらよかったのかもしれない。わたしじゃなくて、その人だったら、部長と一緒に帰れたのも、部長と本屋さんやカフェで遊べたのも、部長が鯨木しんだって知ることができたのも――

 わたしでよかった、と、誰かも分からない敵に負け惜しみの一瞥をくれて、わたしは部室のドアを閉めた。

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