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部室はいつも以上に静まり返っていた。
「……琴花」
ひとりが声を発したのは、部長が走り去ってから数分経ったあとだった。
「昨日、何かあったでしょ」
その言い方に、違和感を覚えた。
「昨日っていうか、今までずっと、でしょ」
この人たちは、部長のことを本当に何も知らない。
「部長、そういう話してたんじゃん。ずっと、部長がわたしたちと話さなくなってからずっとだよ」
あえて強く出ると、聞いてきた子が少したじろいだ。
「なんか急に、部長の味方だね」
その口調は皮肉を帯びていた。
「まるで私たちが悪いみたいに」
「悪いでしょ」
わたしは真っ向から反発する。逃げていいときとそうでないときの判断ぐらいできる。わたしは今、自分のために戦ってるんじゃない。部長のため、文芸部のために戦ってるんだ。
「悪いのはわたしたちだし、わたしだし、全員だよ。一年間、部長がどんなに一生懸命に校正と雑務してきてくれたか、知らないでしょう。たまたま自分が部活来るころにはもう部長が部室にいなかったとか、タイミングが悪かったとか、言い訳はもう効かないんだよ。明らかに避けてるじゃん。部長がいないとき狙ってるじゃん。さすがに無理があるよ。黒に限りなく近いグレーとか、そんなこと言ってらんないよ。黒だよ」
全部員の視線がわたしに集中しているのを感じて、わたしは一瞬怯んだ。
それでも、わたしは喋り続けた。鞄の上にそっと手を添える。その中に部長の、鯨木しんさんのノートが入っている。それが力になった。
「書いた作品が本になって目の前で実体化するのを、当然のように受け取って、どうして部長は作品を出さないんだろうなんてそんなことばかり思って。そうじゃないじゃん、違うじゃん。あんなに丁寧に全員分の校正してくれてた部長が、わたしたちにあんな扱い受けて、本当に平気だったと思ってる? 何を思って部室にいないようにしてくれてたか、分かってる?」
「……そんなの知らないよ」
「今知ったからいいでしょ」
言い訳を挟もうとした部員を容赦なくぶった切る。
「そんなのずるいよ。琴花は部長と直接話したのかもしれないけどさ、知らなかった私たちに、そんなこと言われたって」
そうは言っても、この中に、わたしと明季と、少なくとももうひとり、部長と話せる人間がいるんだろう。もうひとりが、部長の好きな人が誰なのかわたしは知らないし、誰も教えてはくれないけれど。
「今までの話はもういいよ」
わたしは感情に任せてしまわないように注意しながら、言う。
「今までの話はもう遅いんだよ。これからどうするか考えようよ」
みんな黙ってしまった。
わたしは、待った。これ以上わたしから言ったら、ただの押し付けになってしまう。わたし主導になってしまう。そうじゃない、動かなければいけないのは、わたしじゃなくて、わたしたちだ。ひとりひとりであって、全員だ。
そして、わたしでもある。
「……どうする?」
ようやくわたし以外からその言葉が出てきたのは、気まずい沈黙を打破したかっただけかもしれないけれど、まあ。
「謝ったってもう遅いかな」
「でも謝らないよりは謝った方がいいんじゃないの」
その次に発言したのは、明季だった。
「言葉を使う私たちが、言葉を使い損ねていいの?」
その声で、わたしたちの間に漂っていた空気がぴんと張り詰めた。
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