page12 頼まれごと

page12 頼まれごと ―1

「あれ、琴花さんじゃない?」

 校舎を出たばかりのところで、呼び止められた。

 ああ、噂をすれば。

「真澄先輩」

 昨日の帰り道言っていたとおり、野球部のジャージを着ている。真澄先輩もちょうど校舎から出てきたところみたいで、半分履きのスニーカーを突っ掛けつつ近くまでやってきた。

「お疲れ様です」

「お疲れー、もう帰るの?」

「はい、もう原稿出しちゃったんで、やることなくて」

「急いでる?」

 いえ、

「特には」

「そう?」

 じゃあさ、と真澄先輩は言う。

「頼まれごとしてくれない?」

「頼まれごと……?」

「うん」

 そう言って、真澄先輩はどこからか一冊のファイルを取り出した。

「これ、諒輔に渡しといてくれないかな。俺もう部活行かないといけなくて。諒輔、今日もこれがないと困ると思うし」

 真澄先輩が差し出すそれを、わたしは受け取る他なかった。部長の私物に手を触れたのは、もしかして、初めてなのではないだろうか。

「あ、でも」

 わたしは慌てて時計を確認する。腕時計なんて付けてないから携帯だけれど。

「私、部長がどこにいるか知りません。たぶん、今頃もう部室出てて、」

と言いかけて、はたと気付いた。真澄先輩は、いつも部長が部室にいないことを知っているだろうか。

 もし知らなくて、普通に部活してると思い込んでて、部長が茉緒先輩と同じように真澄先輩にも今の文芸部の現状を知られたくなかったとしたら、

「ああ、諒輔の居場所なら、いつもと同じだと思うから」

 あっけらかんと真澄先輩は言った。よかった、真澄先輩は知ってる人だ。

「ほら、グラウンドとの間の芝生んところ、端っこに桜の樹が植わってるでしょ?」

 俺も野球部そっちだし、一緒に行くよ、と真澄先輩は歩き出した。わたしもついていく。

 ……同じ方向なら、ついでに真澄先輩が渡せるのでは?

「あっれー」

 わたしがその疑問を口にする前に、真澄先輩が声を上げた。

「諒輔、まだ来てないや。本当にごめん、俺、行かなきゃだからさ」

 あんまり悪いと思ってなさそうな顔をして、真澄先輩が私を片手で拝む。

「まあ、それ読んでたら暇も潰せるだろうし。お願いできないかな」

「え……読んでいいんですか、」

「さあ? 俺は初め勝手に読んでめちゃくちゃ怒られたけどね」

 なんだそれ。

「一か月ぐらい口きいてくれなかった」

 ……あの部長にそんな仕打ちされたら心にかなり深い傷がつきそうだ。

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